幕間十 ギルドの暗躍
アジレラ西のハンターギルドで、ビレトンッグは報告書を携え、ギルド長であるアルケルフェルトに報告すべく、ギルド長の部屋を訪れていた。ギルドの建物は5階建であり、その最上階の一番奥の部屋だった。
本棚に囲まれた部屋には大きな執務机と打ち合わせ用のローテーブルとソファのみ。その執務机に、アルケルフェルトはいた。
癖のある栗色の髪と髭と性格の、小さな男。ビレトンッグのもっている印象はこうだった。だが、魔法こそパワーを自認しているアルケルフェルトはその身の丈からは想像できない魔法の使い手った。
「んで、コルキュルの水の件は、どうだったんだ?」
アルケルフェルトは執務机から離れ、ビレトンッグの対面に腰を下ろした。
「コルキュルには3級ハンターのマルドレックエヤとトルゲブガルエの2名を派遣しました。結果からですが、西部にある水の教会は確かにあったそうです。ただ、不可視の壁があり、扉も開かず中には入れなかったとのことです。試しに魔法で攻撃したようですが、まったくの無傷だったと聞いています」
「……そいつらが嘘をついていない可能性は?」
「なくはありません。ふたりはベンジャルヒキリとリャングランダリ両名とは交友もあります。念の為飛竜を飛ばして空から確認は取りました」
「飛竜を飛ばすならふたりをやる必要はなかったんじゃねえの?」
あん?とアルケルフェルトが凄む。アルケルフェルトは、無駄なことが好きではない。
最小の労力で成果を求める。ビレトンッグはこのことくらいは理解している。
「スケルトン討伐を兼ねての依頼としました。スケルトンキングが討伐されたのであれば、スケルトンはでなくなると予測はしておりますが、念の為」
「で、そっちはどうだった?」
「2日間滞在させましたが、遭遇ゼロと報告を受けています」
「まあ、2日もあれば骨の1体も会うからな。骨が出なくなったのは僥倖だな」
アルケルフェルトはフンと鼻を鳴らした。
ベッキーとリーリが受けていた依頼は、道中の移動含めて5日間のものだ。往復に3日かかるので、コルキュルでの巡回は2日間であり、必ずといって良いほどスケルトンとは遭遇していた。
「井戸はどうだ」
「は。教会裏を含め、4箇所の井戸で水が確認されました。教会の周囲では草が生えているとの報告があります。これは飛竜からも確認できています」
「4箇所か。たまたまって線は消えたな」
「コルキュルへの休憩場である村跡にある井戸にも水が出たとも聞きました」
「……どういう事だ?」
アルケルフェルトの眉間に皺がよる。
「わかりません」
ビレトンッグは首を横に振った。
「……スケルトンキングは存在が確認できてないが、魔石とスケルトンが出なくなったことを考えれば、虚偽では無さそうだが」
アルケルフェルトは背もたれに寄りかかり、唸った。
事実だとの確認は取れたが、取れただけで原因は不明だ。対策の打ちようもない。
「結局、わからずじまいです。申し訳ありません」
まあいいさ、とアルケルフェルトは手を振った。
「話は変わるが、ここの水の教会の話は聞いたか?」
「虹がでた、という話ですね」
「それだけじゃねえ。井戸の水が溢れて土を湿らせて、草が生えたらしい。細々やってた畑には野菜がひしめいてるってさ。ありがたいことに、民に水を賜ってるらしいぜ」
アルケルフェルトはまたも鼻を鳴らした。アルケルフェルトは土の神を崇拝しているからか、神話にある大陸形成に関する水神との諍いもあり、水神を嫌っていた。
「あそこの神職は、たしかデリーリア本部の神官でしたか」
「祖父がコルキュル生まれで、一番近いここの教会に来たジジイだろ? なんつったか」
「ワッケムキンジャルですね。そういえばベンジャルヒキリはあそこの出でしたね」
「ほう。コルキュルの話もそいつからだな。呼べるか?」
「ここ数日はギルドに来てないですが、来たら通しましょうか」
「あぁ」
何かに使えるかも知らないからな、とアルケルフェルトはほくそ笑む。
「そういえば、出来損ないのポーションが出回ってるらしいな」
「数日前から、闇市場で回り始めたようですね。うちのハンターの多くも購入しているようです」
「出来損ないでもか」
「ポーションそのものが高いですし、どうもその出来損ないは安価なようです。ポーションほどの効果はないが価格以上の効果があるようです」
うちの売り上げが落ちるじゃねえか、とアルケルフェルトがバンとテーブルを叩くとビレトンッグはウサギ耳をビクッと揺らした。
「売り出される出来損ないの数が多いのも、こぞって買う理由のひとつになっているようです。ギルドでも購入して、鑑定チームに調べさせてます」
「原料の薬草は大森林でしかとれないだろ。ポーションを安価にかつ大量に作れると思うか?」
薬草はこの付近では大森林でしか採取できず、またそれをポーションにする薬師も限られている。
薬草はハンターの依頼の中でも報酬が高い物で、ギルドにとっても大事な資金源となっている。大量生産するにはこのネックを解消する必要があった。また、その販路もだ。
「闇市場に流されているのは確実です。該当しそうな商会の目星もありますが、証拠がありません」
「でっちあげはできないのか?」
「リスクが高いですね。彼らの抱える用心棒は我がギルドの1級ハンターに匹敵するものが多いですから」
ビレトンッグの指摘にアルケルフェルトは舌打ちをした。やりあえば所属している上位ハンターの多くを失いかねない。摘発するために払う代償が割に合わないものだ。
領主を巻き込むことも考えたがその見返りに何を要求されるかわからない。かえって損を増やす結果にもなりかねない。様子見しかねえなと、歯噛みをした。
「そういえは」
とビレトンッグは思い出した。
「リャングランダリの叔母が引退したあとに薬師になっていましたね」
100年は昔のことですが、とビレトンッグは続ける。
「『鎧通し』の姪か……そいつは、スケルトンキングの報告に来た片割れだな。臭うな。そいつらを早いとこ連れてこい」
「わかりました」
ビレトンッグは礼をしてギルド長の部屋を辞する。扉を背に、大きく息を吐いた。
ビレトンッグには、ギルド長に報告をしていない件がひとつあった。
ベンジャルヒキリとリャングランダリがフードを被った男を守るように寄り添い水の教会を訪れていたことを、黙っていた。
明らかに関係しているだろう人物だが、ビレトンッグの本能が、彼には触れてはいけないと告げていたのだ。
首を突っ込むと碌なことにはならない。
ビレトンッグは、どうやってフェイドアウトするかを考えていた。




