第三十八話 あれこれありすぎた
扉をくぐった3人は三和土で立ち止まってる。
「壁も天井も木ですわ」
「……ガラスがこんなに使われてるとはねぇ」
「わ、広い! あたしが泊まってた宿の部屋の何倍も大きい!」
3人はキョロキョロと様子を伺ってたけど、経験の差だろうか、オババさんの行動が速かった。
「お、こっちの扉がコルキュルかい。なら、こっちのガラスの扉が表だね」
ガラッと開けたオババさんは、そのまま固まってしまった。
「なんだいここは! 植物が、池が、あ、あの薬草が群生してるじゃないか!」
オババさんがひゃっはーと叫びながら駆けて出て行った。
「なんてことですの、草むらがありますわ!」
リーリさんも外に駆けて行ってしまった。追いかけていくしかないな。
「ベッキーさん、表に行きますよ。中は後で案内しますから」
「わ、わかった!」
中を見たくて名残惜しそうなベッキーさんを連れて、外の光の中へ。
「……嘘でしょ?」
荒地だった地面はくるぶし丈の草でみっしり埋め尽くされ、所々低木すらも生えていた。薬草の畑は池の周り全てに広がってて、大繁殖な上に全ての薬草がキラキラ輝いてた。
まぁそれはいいさ。良くはないけど、それよりもだ、池の向こう側に、天まで届きそうな大木がいらっしゃるのはなんでなの? 数日前には影も苗もなかったよ?
数日いなかっただけなのに、だいぶ変わってしまっていた。
「わ、リーリがいけない顔してる!」
「うふふふふ」
草むらの中で寝転ぶリーリさんは、乙女がしてはいけない、酷くだらしない顔をしていた。
「あはははははは、これだけの薬草でポーションを作ったら、どれだけ売れるんだい!」
オババさん薬草たちを眺めながら悪い笑顔を浮かべている。緑はエルフを狂わせるナニカを持っているのだろうか。
「わ、キレイな景色! 草原が奥まで続いてる!」
ベッキーさんが荒地の方角を見て、目を輝かせてた。
草原とまではいかないけど、裾野に広がる荒地にポツポツと緑が点在してる。あっちは地平線まで荒野だったはず。植物さん、逞しすぎない?
「アジレラとは別世界で、すごくてすごいね!」
大興奮のベッキーさんの語彙が残念だけど、それほどの衝撃なんだろう。荒地しかないとこから見れば別世界だよなぁ。
「わふわふわふふー!」
ぶちこが喜んで走り回ってる声がするけど、姿がない。山頂の敷地を端から端まで見やるけどいない。どこを走ってるんだ?
「わっふう!」
頭上から声が聞こえたので仰ぎ見てみれば、大きさの戻ったぶちこが、空を走り回っていた。
「な、なんで空にいるの? なんで走れるの?」
「わ、ぶちこちゃんすごい!」
「わっふう!」
ぶちこが俺の前に降りてきた。小さくなってお座りして、俺をじっと見てくる。褒めて褒めてといわんばかりに目がが輝いてる。
「いや、あー、うん、ぶちこはすごいな、空も走れるのか」
わしわしと頭を撫でれば、しっぽをびったんばったんさせた。
あー、ちょっとみなを落ち着くまでまってよう。収拾がつかない。
「うふふ、こんなにはしゃいだのは何十年ぶりかしら」
「むははは、とってもとっても薬草が減らぬわい」
草の汁まみれのリーリさんと薬草を両手に抱えて悪徳商人の顔したオババさんふぁ我に返るのを待った。ふたりは清掃スキルで綺麗にした
「あー、一服して頭を冷やしたい」
水神様、珈琲をください! ビールでも可です!
まぁ落ち着こう。3人に説明をしなくちゃ。
「家の中でちょっと落ち着きたいんですが」
「わ、家の中も見たい!」
「不思議な建築方法だねぇ。あの屋根はなにでてきとるんただい?」
「木をこれだけふんだんに……いえ、豊かな水があれば可能ですわね」
興味が尽きない3人を連れて玄関に入る。
「この家は土足禁止なので、下駄箱に靴なりを入れてください。これを破る人は家には入れられません」
三和土の端にある下駄箱を示して説明する。土禁はマストだ。
割とはっきり言ったからか、3人は神妙な面持ちで下駄箱に向かった。
「あ、足の裏の感触が、冷たくて気持ちいいね!」
ベッキーさんがペタペタ歩く。みな裸足だ。靴下を履くのは金持ちだけらしい。そんなもんなのか。
「床の木も、ツルツルで艶々ですね……」
「随分と金がかかってるねえ」
「水神様が用意した家なので、そこまではわからないですねえ」
「「「水神様!」」」
3人の声がはもった。
「まあ、その辺含めて説明させて欲しいんですよねー。あ、そこのテーブルでお話しましょう」
俺はコンビニゾーンでオヤツでも探そう。
「お、種類が増えてる。おかしに野菜が増えてて、魚もある! やったぜ炭酸水が出てきた! 水神様ありがとうございます!」
アルコールもビールとウイスキーと焼酎がある。サワーを作りたいだけつくれるじゃん!
魚があればおかずも増えるよ! 刺身は無理だろうけど!
「わ、なにそれ! ガラスの向こうに食べ物がたくさん並んでるよ!」
「やや野菜がたたたくさんありますわ!!」
「おや、これはずいぶん冷たいねぇ。魔法でもかかってるのかい?」
テーブルで待っててって言ったはずの3人が俺の横でコンビニゾーンにかぶりつきなんですが。
期待を込めた目を俺を見ないで欲しいんだけどなぁ。何か出さないと収まらないなこれ。
「……気になるものをひとつだけとって良いですよ」
「わ、良いの? あたしはこれ!」
「わたしは、レタスを」
「これは、飲み物だね?」
ベッキーさんはノーマル板チョコを、リーリさんはレタス丸ごと、オババさんは缶ビールを取り出した。説明もなしにジャストな物を選びおった。オババさんにはコップを用意した。
「どうやったら取れるの?」
ベッキーさんがチョコの箱の開け方がわらからなくて泣きそうになってる。
「これは、この点々のところが弱くなってて、強く押すと開くようになってます」
「わ、本当だ! 今度は銀色のなにかになったよ!」
「それは破ってください。力を入れすぎるとチョコが割れちゃうから優しく」
説明してる最中にバキって割れてしまった。
「わ、割れちゃったよう……」
「泣かなくて良いです、これは割れても食べられるので。甘いですよ」
割れたところから銀紙を剥がして、始めてみるだろう板チョコをまじまじと見るベッキーさん。クンクン匂いを嗅いで、パクリ。口をぐにゅぐにゅして、目を大きく開いた。
「あまい!」
ベッキーさんは銀紙をめくってはパクリして蕩けた顔になる。
「そんなに甘いのですか?」
レタスの葉をシャクシャク食べ続けてるリーリさんも気になる様子。
「これはどうやって開けるんだい?」
プルタブに苦戦するオババさん。知らなきゃ開けられないよな。
「ここに指を引っ掛けてぐいっと引き上げるんです」
「お、こうだね?」
プシュっと炭酸が抜ける音に3人の動きが止まった。
「オババさんのはビールです。酒の一種ですよ」
「ほうほう、この香りは、エールだね?」
オババさんはコップにビールを注ぎながら目を細めるている。
「泡がすごいねえ。どれどれ」
コップに口をつけてゴクリとひとくち。一瞬目を開いた後は、ゴクゴク飲んでる。
「っかー、効くねえ。なんだいこのエールは! 冷えてりゃ美味いのはわかるけど、エールよりも断然濃いじゃないか!」
オババさんはビールの残りをコップに注ぎ、一息で飲み干してしまった。
「あー、旨いねえ! アンタ、これも売っておくれよ」
「え、いやこれはちょっと……オババさんが飲むのなら良いですけど、誰かに売るのは、水神様に聞いてみないとなんとも」
コンビニゾーンの物を売るのはなんか違う気がするんだ。薬草はまあ育てた?けど、これは俺も買ってるんだし、売れるのは確実だけど、取り合いで諍いの元になっても嫌だな。
「水神様の許しがいるんじゃ、やめておこうかね。あたしもすぐには死にたくはないからねえ。でもあたしが飲む分には良いんだろ?」
「そうですねえ、ここで飲むなら良いと思いますよ」
ここで飲むなら空き缶もここに残るし。それならいいでしょ。
「この甘いの、教会に持っていきたかったなあ」
ベッキーさんが寂しそうにこぼした。
ぐう、ベッキーさんのそれは俺に効く。
「……教会の中で食べるのなら……」
「わ、良いの? ありがとう!」
「ごぶぁ」
ベッキーさんの突撃を受けて押し倒された。柔らかいはずの胸かのしかかってくる! 抱きつかないで! まじで息ができない!
「た、たすけ……」
「ちょっと、ベッキー!」
「は、ご,ごめんなさい」
ベッキーさんが離れていった。
解放された、助かった……なんか少し前にもこんなのあったな。ベッキーさんは抱きつき癖でもあるのか?
「嬉しいのはわかるので、その、抱きつきは命に関わりそうなので控えめにお願いしたく」
「はわわ、気をつけるね!」
「女に抱きつかれて死ぬなんて、男なら本望じゃないのかい?」
「いやー、まだ,死にたくないです」
せめて還暦までは生きたいです。




