第三十七話 増えた扉
「そろそろ一回家に戻らないとなー」
じゃがいもを植えた畑をほったらかしにしてるし、いちごの芽が出たのかとか気になるし。
もう収穫できるまでにはなってないと思いたい。
そんなことを考えながら水神様にお供えするドーナッツの生地をこねこねしてる。気が付いたらアジレラのオババの家にお世話になって数日たってた。
あ、裁縫は試したんだ。まずは俺の下着で。
糸はどうすんだと思ってたら、縫いたいところを指でなぞるだけで希望の色の糸で縫えてた。ありえない。
ゴムが無いから紐だけど、さらさら布を使ったから肌触りは心地よい。今履いてるトランクスより上だ。
なんて悦に浸ってたらリーリさんとベッキーさんから自分たちのも欲しいといわれた。作るのは良いんだけど現物を持ってこれと同じ物をと迫られて非常に困った。
うら若き乙女の下着よ?
見ただけで寸法がわかる俺の特技をフル活用したよ。
布は多くあるからそれぞれ5枚づつ渡した。速攻で着替えに行くのは勘弁願いたかった。オババにも強請られたし。
あと、ベッキーさんに青い布でワンピースを作った。ぽっちゃり体型だから、胸元で絞る可愛い感じのワンピースにした。泣いて抱きつかれて死にそうになった。喜んでもらえて何よりだ。リーリさんの機嫌が悪くなったので急いで緑の布を買ってきてワンピースをつくりました。はい、片方だけに何かをするのは良く無い。覚えました。
孤児の子たちにも服を作った。無病息災を願いながら作ったよ。持って行ったら先生に拝まれてしまった。拝むのは水神様でお願いします。
そんな数日間だった。
「コルキュルに戻るのですか?」
テーブルの向かいではリーリさんが小さな石臼で炒った大豆をゴリゴリ砕いてきな粉にしてる。
「帰るにはあそこの教会に行かないとだめでねー」
生地を転がしながら親指くらいの太さに丸める。穴あきドーナツではなくきな粉棒みたいな感じにするつもりだ。
「じゃあ、あたしが護衛につくよ!」
元気に挙手したベッキーさんはミニぶちこと遊んでいる。おかげでぶちこの運動不足はない。
「もちろんわたしもですわ」
石臼の回転を止め、できましたと続けるリーリさん。
「ありがたいんだけどさ、ふたりともハンターの仕事は良いの?」
稼がないとお金が無くなっちゃうよ。まぁボディガードとして雇うって手もあるんだけど、それで良いのかなぁって思っちゃうのよ。やりたいことだってあるだろうに。
「ダイゴさんといるとおいしい食事が食べられる!」
「即答早すぎぃぃ!」
「わたしも同じ理由ですわ」
「食べ物最強かよ……」
花より団子女子だ。
でも、誰かに守ってもらわないとあそこまで行きつけないしなー。
「薬草の追加があると嬉しいねえ」
ドーナツの完成を待つオババさんから追撃が。
「作ったポーションはみな売れちまって、次の入荷はいつだって催促が来てるのさ」
「そんなに需要が?」
「いままであまり流れてなかったからねえ。ハンターどもがこぞって買ってるらしいのさ」
クククと悪役ムーブのオババさん。そんなもんなのか。
まあ足りないならもっと流しても大丈夫そうだな。
「ついでなんだけどねえ、水も譲って貰えないかね。もちろん買取でさ」
「ちょっとオババ!」
「別に損はさせないよ。この通りアジレラでも水は貴重でね、ポーションを作るのに必要なのさ」
オババさんにバチコンとウインクされてしまった。
「あたしが100も若かったらねえ、手取り足取りでこさえたんだけどねえ」
「オ・バ・バ!」
「カッカッカッカッ!」
仲が良いもんだ。
「水かー」
裏の井戸で足りない、でも水袋は渡せないし、どうしたもんかな。おっと、生地も作り終えたし、揚げるか。
「リーリさん、そのきな粉を砂糖とまぜまぜしてもらえますか?」
「砂糖はいかほどでしょう」
「きな粉に対して1割ほどでー」
「わかりましたわ」
リーリさんに任せているうちにドーナツを揚げる。すでに油は温まってるから、ドーナツ揚げマシーンになるだけだ。
じゅわわわわわわっと沈んでいくドーナツ。浮かんできたら食べ頃だ。
「揚げたてで絡める!」
大量のきな粉の海に揚げたてドーナツを放り込んでいく。
「ごろごろがコツなのですよね?」
リーリさんはフォークを器用に操りながらドーナツにきな粉を付けている。
「幼い時の土遊びを思い出します」
「あんたはお転婆だったたからねえ、よく泥だらけになって帰ってきてたねえ」
「子供なのですから、良いではないですか」
「末の娘は甘やかされてるねえ」
オババさんは呵呵と笑う。リーリさんは末娘なんだ。てか兄弟がいたのね。
ふたりのことはよく知らないんだよな。込み入った事情とかあるだろうしこっちからは聞けないし。まぁ、悪い子らじゃないのは確か。
おっとドーナツはすべて揚げ終わってた。リーリさんもきな粉をつけ終わったみたいで、すでにテーブルについて待ってる。ベッキーさんはいうまでもなく。
「小麦粉に羊乳を混ぜて油で揚げて大豆を粉にしたものに砂糖を混ぜてまぶすって、手のかかるお菓子だねぇ」
オババさんもスタンバイ状態だ。この家にはスイーツ女子しかいない。
「きな粉ドーナツってお菓子です」
嘘はいってない。
「水神様にもお供えしないと」
神棚もどきにドーナツを3つ載せる。
「……何度見ても不思議だねぇ」
オババさんがジト目で見ている。クレームは水神様にお願いしますと手を合わせて祈った。
と思った瞬間、ミニキッチンの方がまばゆく光って、視界が真っ白になった。
「まぶしい!」
「な、なにごとですの」
「なんだいこの光は!」
数秒間目がちかちかしてたけど、少しづつ慣れていった。
「……扉ができてる」
激しく光ったミニキッチンの壁の端っこに、見覚えのある鉄の扉が見えた。
「何が起きたんだい?」
「わ、コルキュルの扉と似てるよ!」
「……」
3人とも、俺を見るのはやめてくださる?
「俺だってわからないよ」
とりあえずドーナツをひとつ口に放り込んで、扉に向かって歩いた。ただまぁ、なんとなく予測はついてる。
たぶん、あの家に繋がったんだ。俺がここにずっといちゃまずいんだろうなぁ。
扉の上には、見慣れた文字が掘られてる。
「俺には読めないんだよなぁ」
まいいさ。ぐっと扉を押せばあっけなく開く。扉の先には、三和土と、その奥のリビングが見えた。見覚えがありすぎる部屋だ。
「わっふぅぅぅぅ!!」
「あーぶちこちょっと!」
ぶちこは扉の隙間からするっと向こうへ行ってしまった。わふわふわふっと外に出たみたいだ。
「そこが、ダイゴさんの住んでいる家なのですか?」
「わ、すごいきれい!」
「ほう、一段上がった床ということは、ブーツを脱がねばならぬ家かい?」
俺の後ろから声がするのですがあなた方はドーナツを手にそこにいるのですね?




