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第三十六話 みなで調理は楽し

 ここには子供が4人。たぶんこれが全員じゃないのかな。


「ベッキー、大丈夫なのかい?」

「全然平気! 先生は心配しすぎだよ!」


 先生と呼ばれたおじいさんが俺を見てきた。俺が何かしたわけじゃないし、ベッキーさんが自分で買ったのなら問題はないんだろう。軽く頷いておいた。


「んー、じゃあ昼を作ろうかね」

「あ、ダイゴさん、あたしも作る!」


 ベッキーさんがハイハイと手を挙げた。お姉ちゃんとして背中を見せたいのかな。

 調理スキルさんもいるし、何とかなるでしょ。


「じゃ一緒に作りましょっかね」


 ベッキーさんは花丸の笑顔で「やった!」といった。

 この水の教会の孤児は4人。上の子は13歳のィヤナースで狼獣人とのこと。10歳の妹もいてオーリヒェィという名だ。ナースとオーリと呼び合ってるようだ。

 テバサルという10歳のハーフドワーフの男の子とトランダルという8歳の猫獣人の女の子の4人だ。

 みな両親を亡くし、水の教会に身を寄せているとのことだ。

 おじいさんこと先生のワッケムキンジャルさんは猫獣人で、50歳の時に先代から教会を引き継いで、もう15年間先生としてここにいるらしい。


「ベッキーおねーちゃん、何の肉なの?」

「ジャイアント砂ウサギの大きな肉が売ってたから、それにしたんだ!」

「わー、砂ウサギ大好き―!」


 ベッキーさんの両脇にはテバサル君とトランダルちゃんがくっついてる。

 テバサル君は普段は捻くれているけどベッキーさんは特別なんだとか。ハーフドワーフ故にベッキーさんに何かを見ているんだろうとワッケムキンジャル先生が教えてくれた。

 トランダルちゃんも同じく、孤児だったがハンターになったベッキーさんを見て、何かを考えているんだろうと。

 小学生の年齢でそんなことまで考えなきゃいけないのはツライ。俺なんかただのバカなガキだった。


「ダイゴさん、なにを作るの?」

「そうだなー、肉は薄く切って食べやすくしてから焼いた方がいいかな。パンと茹で野菜にでもしようかな」

「わ、やることが多そうだね!」

「まぁ、調理スキルさんがいるから、それほど時間はかからないよ。ベッキーさんとふたりは、そうだね、パン生地をこねてもらおうかな」

「では、テーブルを出しますわ」


 気を利かせたリーリさんがテーブルを出してくれた。おおお!とどよめく子供たち。驚くよね。

 俺は3人の手を清掃スキルで綺麗にしておく。腹痛とか可哀想だし。

 テーブルに買った小麦粉を広げ牛乳とイースト菌を混ぜる。


「手にくっつくかどうかくらいまでこねてね」

「はーい。わかったー! じゃあふたりもやろっか!」


 テバサル君とトランダルちゃんはテーブルに届くために椅子に腰かけながらこねこねぺったんと生地をこね始めた。俺は茹でる用意かな。おっと、小さい鍋で卵を茹でておくか。


「俺たちがやれることは、ある?」


 ィヤナース君が俺のところにやってきた。真剣な瞳で見てくる。この子は成人が近いとかで、身のふりを考えて悩んでる姿をよく見かけると先生がいっていた。成人は15歳らしい。早い成人だ。


「そうだねー、じゃあ野菜を切ってもらおうかな。リーリさん鞄を貸してー」

「出すのはわたしがやりますわ」

「じゃあ芋、キャベツ、にんじんをィヤナース君に渡してもらえます?」

「はい、じゃあふたりともこっちに来てくださいね」

「食べやすい大きさに切ってもらえればいいので。出てこい鍋!っと、この鍋の水で野菜を洗ってください」


 ええええと悲鳴が教会に響く。


「不思議なもんで、どこからともなく鍋が出てくるんですよ、この調理スキルは」


 ありえないという顔の子供と先生。そうなんだから説明のしようもない。


「ほら、こねてる手が止まってるよ!」

「野菜はわたしの持っているナイフで切りましょう」


 ベッキーさんとリーリさんが子供たちを現実に戻してくれた。助かる。

 わいわい騒がしく調理が進んでいく。


「おやおや楽しそうですなぁ。さて、私はどうしましょうかね」

「先生はそこで子供らを見ていてください」


 手持無沙汰な先生が腰を浮かせるも、彼には子供らの楽しそうな様子を見ていてほしい。


「パン生地こねたぜ!」

「こねた!」


 ベッキーさんチームがこね終えたようだ。


「じゃあ、食べたいサイズよりも、ちょっと小さいくしてください。あ、形は好きな形でいいけど、細いと焼いたときにちぎれちゃうかも」

「剣とか、だめ?」


 テバサル君が細く伸ばした生地を見せてくる。


「そうだね、太い立派な剣とかなら、いーんじゃないかな」

「大きなパンはダメなの?」


 トランダルちゃんがおずおずと大きな生地の塊を差しだしてきた。


「ダメじゃないけど、食べきれないかも」

「明日も食べたい……」


 んおおおお、切なくなることいわないで!


「教会には引き継がれてきた魔法鞄がありますわ」


 なんと、教会にも魔法鞄が。それは教会の素敵な財産だな。

「じゃあ明日用のパンも焼いちゃおうか。いくらでも焼けるから」


 今日買った小麦はいっそ使い切ってしまえ。また買えばいいんだ。

 そこからは大生地こね大会だ。

 形を作った生地は調理スキルさんで熟成してもらい、すぐに焼く。5分もあれば焼けるから、そうしたら皿に分けて教会の机に置いていく。

 パンの焼けるいい匂いが教会にあふれてる。俺も腹減った。


「大鍋に野菜を入れましたわ」

「じゃあ水を入れ替えて、茹でます」


 下駄蓋をだして蓋をする。俺式圧力鍋で短時間茹調理法だ。大丈夫おいしくできる。

 酢とオリーブオイルと塩で簡単なドレッシングを作っておく。


「火は使わないけど鍋が熱くなるから触らないでね」

「ですって。だから触れてはだめですよ?」

「わかった」「はーい!」


 ありえなことだろうに、リーリさんの注意にも素直だ。いい子たちだなぁ。


「よし、最後に、肉だ!」


 パン生地こねチームも手が空いてて、肉と聞いて目の光が鋭くなってる。

 肉は調理スキルさんに薄ーく切ってもらう。嚙み切りやすい方が良いでしょ。


「調理スキルさん、肉を焼くのに大きな鉄板が欲しいんですけど」


――はい、こちらでよろしいでしょうか。


 テーブルの上に1メートル四方の熱い鉄板が現れた。もう何でもありだな。子供たちは「すごい!」「まほうだ」と大騒ぎだ。

 念のため鉄板には清掃をかけて油をひいて、ばっちおっけー。


「さ、肉を焼くよ!」


 着火と念じ、突然現れた鉄板に唖然としている子供たちに声をかける。すぐに油が爆ぜ始めた。

 どっさり肉を鉄板にのせ、素早くバラしていく。薄いからすぐに焼けちゃうんだよ。

 塩コショウでの味付けは忘れない。


「すぐに焼けるから、配膳よろしくー。あ、だれかゆで卵の殻をむいて!」

「わ、あたしがむくよ!」

「あたしもやるー」


 焼けた肉を皿に移動させ空いたスペースに新しく肉を投入。焼けた肉の分配はリーリさんが担当。良い感じで分けてくれるはず。

 ベッキーさんが買ってきた肉の大半を焼いて、皆がテーブルにつき、準備完了!

 ぶちこの肉は俺の在庫からだ。かわいいぶちこにぬかりはない。

 ちなみにだが、ぶちこは小さくても食べる量は変わらなかった。物理法則先生はまたも大敗北を喫したわけだ。

 さて昼食だ。

 大量の焼き立てパンと肉にホカホカの温野菜。大剣やら家の形やら、色々な形のパンが並ぶ。飲み物は、俺の水袋から出した水だ。お茶がないから仕方がない。

 もう我慢ならない匂いで教会がいっぱいだ。子供たちもぎらついた目で料理を見てる。


「……素晴らしい料理です。ありがとうベッキー」


 ワッケムキンジャル先生が優しく微笑む。


「ふふ、一生懸命働くとね、こんな食事もできるようになるんだよ!」


 ベッキーさんが子供たちを見ていう。色々、あったんだろうな。俺なんかが意見できることじゃない。


「じゃ、いただきましょうか」

「「「水神様の恵みに感謝いたします」」」

「神の恵みに感謝を」

「わふふわふ!」


 俺は静かに水神様に感謝をささげた。つもりだ。


「よし食うぞ!」

「わふっ!」


 ぶちこのひと吠えが合図だった。


「お肉がおいひい!」

「このドレッシングは、茹で野菜にとてもあいます。手が止まらないですねムグ」

「パン、おいしい!」

「にくうめぇぇぇぇ!!」

「おにいちゃんその肉あたしのー!」


 騒がしい食卓になっちゃったけど、ワッケムキンジャル先生はニコニコして子供たちを眺めている。

 普段を知らない俺だけど、その行動が意味することくらいは推測できる。

 衣食住。そのどれかが欠けても、心は安定しない。まあ、俺みたいに働かされるとその例外になっちゃうんだけどさ。

 井戸からあふれるくらいの水で豊になったこの土地は、畑を作るのに適した土になるだろう。ってことは、この子たちが育てている野菜は、市場にあるものよりも良いものになるんじゃないかな。何かの足しになれば、良いなあ。

 あ、水が出たから変な奴が来ても困るな。やっぱり教会は直して、ついでに結界もはってしまえ。

 水神様には脅すようなことをいっちゃったから、埋め合わせの甘いものでも作るかなぁ。

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