第三十四話 ベッキーさん
肉を頬張りつつ市場へ歩いている。食い歩きはマナー違反ではない。ここでは多く見かけるし、そこでも虎柄の髪の女の子が美味しそうに肉にかぶりついてる。
確かに筋っぽい肉だけど噛めないほどじゃないし、噛めば噛むほど肉そのものの味が出てくるので、結構うまい。コンビニゾーンの食材だけでなく市場とかで売ってる食材での料理も、面白いかもしれない。
なんて思ってた時期が俺にもありました。
市場について店を回ったらそんな気は失せた。
「大きな声じゃいえないけどさ、全体的に野菜に元気がないよね」
そう、野菜がしおしおなんだ。それでもレタスなんかは高級品で、他の野菜に比べると倍ほど高い。
もちろん、水が貴重で川の両側くらいしか畑がないのは見たから理解したつもりだ。それにしても、何日もたってしまったかのような萎れようはなんとも痛々しく映る。
芋とかトマトとかは新鮮なんだけどね。なぜか。
「おおむね賛成ですわ」
葉物大好きリーリさんも同じ意見のようだ。
「ダイゴさんのサラダを食べてしまうと、もう元の食生活に戻れません」
こちらを見るリーリさんの目が肉食獣になってる。おかしい、野菜大好きは草食なはず。
「……野菜の種とか売ってない? 家の畑で育てたほうが良いかな」
俺だって食べるのはおいしいほうが良い。売るほど栽培するつもりはないから、俺でもできるんじゃ?という皮算用もある。
「ぜ、ぜひ!」
リーリさんの食いつきが異常なんだけど。この子、こんな性格してたっけ?
そういえばオババさんも野菜を貪り食ってたな。エルフ=野菜ジャンキーって覚えちゃいそう。
「農作業用に人を雇うという手もありますわ!」
「いや、そこまではちょっと……」
会社みたいな組織とかは避けたい。俺みたいのがいいように使われちゃいそうで、嫌なんだよね。
もちろん組織の方が大がかりだしやれることも多いんだけど、どうも俺の奥底で受け入れられなくなってる。社会人には戻れないかも……まぁ、俺が関わらなきゃいいだけなんだけどさ。
でも、コンビニゾーンの野菜を表に出すのは危険だな。金持ちわがまま美食家に拉致されるかもしれないし。秘密にしないと。
野菜は、いろいろな種が買えたのと、萎れてるけど葉物とかを買った。サラダは厳しいかもだけど、スープとかソテーにできるしさ。
大豆があったのでこれも大量購入。荒地でも栽培できる種らしくって、アジレラの中はもちろん各家庭でも栽培されてる程だそう。だから俺がごっそり買っても迷惑ではない。黄な粉餅ができるんだぞ? 買わない手はないでしょ。
あとは油、小麦粉と牛乳と卵を買った。
小麦粉は割と収穫できるらしく、たくさん置いてあった。
あの川の両側で採れるんだけど、根性がある麦らしく、超密集して育つから収穫量は多いとか。そうか麦にも根性があるのか。これでパンも焼ける。
牛乳は、正確には牛の乳ではなく砂羊の乳なので羊乳なんだけど、味は牛乳と変わらなかった。砂羊は生きる上で欠かせない家畜なようだ。
調味料は酢があったので購入。他の土地からきた香辛料とかも迷惑にならない程度買い集めた。店主は犬の耳の人で、ご丁寧にメモをくれた。紙ではなくて柔らかい金属の布みたいのだった。これが紙の代わりらしい。丸められるし破けないしで、結構便利そうだ。あ、砂糖は鉱物として採れるらしく、そこまで貴重品ではなかった。砂糖が鉱物とは……。
「ダイゴさん?」
おっと、考え込んでたらリーリさんに顔を覗かれた。
「これからお時間取れますか?」
「リーリさんも買い物?」
「いえ、買い物ではなく、アジレラの水の教会を訪ねてはと思いまして」
あ、ここにも水神様の教会があるんだっけ。てか、各町にあってしかるべきだよな。
コルキュルの教会はからっぽで、本当はどんなのだか見たいってのもある。
「俺も気になるので行きたいですね」
「では行きましょう。ベッキー、抱えているお肉は買ってもいいですから、教会に行きますよ!」
「わ、待っておいてかないでよぅ!」
ベッキーさんはお腹で抱えてた大きな肉の塊をえいっと頭にのせて、慌てて清算をしている。ベッキーさんの頭よりもでかい肉なんですがそれを調理するのはおそらく俺なんですよねー。
ご相伴させていただきますが!
さて、教会はアジレラの西にあるらしい。コルキュルでも西にあったけど、どうも水の供給源である聖なる山が西にあるからなんだとか。違うところへ行けば東にあったり南になったりするらしい。
「今いた市場は西の市場になります。オババの家から一番近い市場なのですわ」
「てことは、あまり歩かなくて良いってこと?」
「だいせいかーい!」
ベッキーさんは俺の左手を握りながらぶんぶん腕を振ってくれる。
あ、俺の捕縛はベッキーさんに戻りました。大きなお肉はリーリさんの魔法鞄にインされた。
市場の喧騒から離れていくごとに人の通りも減っていく。馬車が通れる幅がある道に、行き交うのは俺たちくらいになってしまった。
通りには家もなく、畑が少しあるくらい。土地が余ってる。
「あれですわ」
俺の右隣に来たリーリさんが前方を指した。太陽に照らされた、ずいぶん薄くなってしまった青い屋根と、ふきっさらしで所々黒がはがれてしまった壁の水の教会が、ぽつんと立っていた。
教会の奥は灰色の壁が広がっていて、ここがアジレラの端っこなんだと理解できた。
「さみしいところにあるな。ん?」
教会の周りで動く複数の影がある。畑を耕しているのか、鍬のような物をもっては地面に打ち下ろしていた。
「水の教会は、孤児を預かっているのですわ」
「孤児院かー」
ってことは教会を直す余裕はないってことか。
「そう、あたしもここで育ったの!」
「ベッキーさんが!?」
「あたし、先に行ってるね!」
ベッキーさんは俺の手を放し、とてててっと走っていった。さっきの肉は、あそこの子たちに食べさせるものだったのか。
「……ベッキーはドワーフと人族のハーフです」
「それは、コルキュルで聞いたな」
「人族が我々や獣人たちを下に見るように、我々にも人族を疎む者もいるのです」
「あー、わかる。なんだかんだ自分たちが一番だって思うんだよね」
国が違うとか、風習が違うとかで線を引きたがるよな。やくざみたいなのはごめんだけど、迷惑でなければいーんじゃないのかねぇ。簡単に考えすぎか。
「ハーフということで、両方から弾き出されて、ベッキーはここで育ったのですわ。ハンターの稼ぎの大半を寄付しているのです」
リーリさんは、教会の方を漠然と見ているようだった。
そうか、ベッキーさんが服をじっと眺めていたのも、それがあったからか。親のことは聞くまい。話してくれれば聞こう。
「べっきーおねーちゃんだー」
「おねーちゃんだー!」
「はーい、おねーちゃんがきました!」
ベッキーさんは、数人の子供らと騒いでいる。子供らはやせていて、服は擦り切れてくたびれ果てている。途上国での子供たちも同じなんだろうか。考えさせられる。
「ちょっと俺ひとりで行きます」
少しひとりで考えたい。
リーリさんにそう伝え、ミニぶちこを抱えなおした。




