第三十三話 アジレラでお買い物(2)
まずは布関係から。なんでも揃う雑貨屋が並ぶ通りにきた。
竜車が通るには狭い道の両側に店が立ち並んでる。店はみなコンクリートの壁で、一階は広い間口がある。作りは全て同じに見える。外に並べてあるのはごく僅かで、たぶんサンプルなんだ。
「この店が、布の問屋ですわ」
リーリさんが並ぶ店の中から、あそこですと指差した。
表に布の切れ端なんかをごちゃっと並べてある店だ。あの切れ端の大きいのが中に売ってるんだろうな。
「じゃ早速行こうかな」
まずは布の吟味から。肌触りは綿っぼい。ゴワゴワしてるのが多いのは、技術的な問題からか。下着にすると痛そう。
「んー、この柔らかめの布がいいかな」
灰色っぽい布はなかなか滑らかで、これなら下着にもできそう。あとは青の生地と茶色の生地がゴワつきも少なかったからこれにしよう。
布の切れ端を持って店の中へ。
「いらっしゃい。おやリーちゃんとべーちゃんじゃないか。ふたりとも珍しく化粧までして」
挨拶をしてきたのは、エルフのおじさんだった。
「え、化粧?」
さっとふたりの顔を見た。いわれてみれば薄ら口紅が塗られてるような。
「た、たまにはお化粧をしないと、やりかたを忘れてしまうのですわ」
「えへー、久しぶりにお化粧しちやった!」
やっちまった。モテる男はこんな時には気遣いスキルを発動するんだろうけど俺にはそんな高機能はない。
「そ、そっか、気がつかなくてごめん」
お店のおっちゃんは俺とベッキーさんが繋がれてる手を見て「まあ頑張れ」と呟いてた。
なんか勘違いされちゃって申し訳ない。迷子な俺が悪いんです。あとで謝っておこう。
「この布が欲しいんですけど、在庫ってどれくらいあります?」
「在庫か? どれくらい欲しいんだ?」
「量によりますけど、あるもの全部」
買える時に買わないと。次に買えるのがいつかわからないからね。
「全部? 20単位はあるぞ?」
おっちゃんが驚いてる。単位てどれくらいの大きさなの?
「1単位は2メートル四方で、ワンピースが1着作れる大きさですわ」
リーリさんが耳打ちしてくれた。
「なるほど、じゃ全部でお願いします。いくらになります?」
「本当かよ。それだけ買ってくれるなら少しおまけしといてやるよ。おーい誰か来てくれ!」
おっちゃんが裏に向かって叫ぶと、エルフのおばさんが出てきた。夫婦かな。
「あらあらリーリちゃんおめかししてまぁ。いつ見ても綺麗ねえ」
エルフのおばちゃんはうっとりとリーリさんを見てる。
「おい、ダベる前に精算してくれ」
「あんたねえ、女の子はまず褒めるもんだよ。まったく男はデリカシーが足りないねえ」
おばちゃんはプンスコだ。
あ、俺もデリカシーが足りない男です、すみません。
「おや、こんなに買うのかい? 灰色のはグレイラビットの布だから高いよ?」
おばちゃんが目を見開いてる。まあ、布をたくさん買う人はそんなにいないよね。
「ええ、ちょっと入り用で」
服を作ることはいわない。藪蛇になりそうだし。
「灰色が10万で青が6万に茶が8万だね。割り引いて20でいいよ。お金はあるのかい?」
おばちゃんはリーリさんを見てる。
「あ、買うのは俺なんで」
背負い鞄から10万ペーネを2枚とりだしておばちゃんに渡す。うん、財布も作ろう。不便だ。
「あらま、あっさり出せるのねえ」
だって必要なんだもん。
「あ、あと紐もあれば」
ゴムがないから紐で縛らないとパンツがずり落ちちゃう。
「どのくらいの太さだい?」
「細くて丈夫なのがあれば」
「砂羊の毛から編んだのは柔らかい割に丈夫さ。それで良いかい?」
「砂羊?」
「おや知らないかい。砂を食べる羊さ。毛が丈夫で良い糸になるのさ」
砂を食べる!? なんだそれ。
「毛は糸に、乳はチーズやバターに,肉は食料にと、余すところがない家畜ですわ」
「ほえー。じゃ、その砂羊の紐も買います。在庫全部」
「これも全部かい?」
おばちゃんは呆れ顔でリーリさんを見た。いや、買うのは俺だし、正気ですよ。
「次に買い物ができるのがいつかわからないので買いためておきたいんですよ」
「行商するようには見えないけどねぇ。まぁ買ってくれるなら細かい話は聞かないさ」
ご配慮助かります。
「紐を合わせて21万だね」
いわれた額の金を渡す。裏からさっきのおっちゃんが布の山を抱えてきた。
「おう、コレはどうすんだ」
「わたしが保管しますわ」
リーリさんがおっちゃんから布の山を受け取って魔法鞄にしまい込んだ。
「あの鞄が欲しいんだけど、売ってないかな」
「魔法鞄かい? 売ってることは売ってるけど」
「お高いんですよね?」
「この額をさらっと払えるアンタじゃ高くはないだろうけど」
「おばさま、荷物はわたしが預かることになっているので大丈夫ですわ」
リーリさんがすすっと横入りしてきた。
「ふーん、そうかい」
というおばちゃんの視線は俺の左手に注がれている。
ちなみにベッキーさんは俺の左手を確保しながら売り物の服を見ている。お金を出すときは俺の左腕をがっちりホールドだ。もう絶対に離さないという覚悟を感じる。
そこまでして守ってもらう俺が情けなくなるけど彼女たちはハンターであり、俺なんか小指の先でペペっとできてしまうわけだ。やむなし。
おばちゃんがリーリさんに何か話をしているようだ。顔見知りのようだし、なにか情報交換でもあるんでしょ。
「ベッキーさん、さっきから服を見てるけど、欲しい服でもあるの?」
「え、や、アタシには似合わないから!」
といいつつも、青いワンピースをじっと見ていたでしょ。欲しいんだろうなぁ。
そうだ、買った布で作ればいいじゃん。俺の着替え以上の量を買ったし。
「買うもの買ったら、次に行こ!」
ベッキーさんにぐいっと引っ張られた。引きずられてくー。
「どうもでしたーーー」
挨拶だけして店を出た。
「次はどこに行くー?」
笑顔のベッキーさんが俺を見てくる。誤魔化しの笑顔、ではなさそう。
ま、俺が人の機敏とか苦手でわからんだけかも。
「食料品と調味料を見たいね」
「食べ物なら、市場だね!」
ベッキーさんはズンズン進んでいく。ついていくのが大変だ。
狭い道から大通りに戻ってきた。屋台が並んでて、肉やら謎の食べ物の匂いが漂ってる。
「我慢我慢! 我慢ったら我慢!」
ベッキーさんは念じるように呟いてる。食べたそうだ。
「ちょっと小腹が空いたから、何が食べようか。あ、あの肉ってなに?」
適当な屋台を指さしてベッキーさんに振る。
「あの肉はね。砂クジラの肉だよ! ちょっと堅いけど、嚙んでると肉汁がどばっと出てきておいしいんだよ!」
砂クジラか。やたら砂がつく名前が多いのは、まぁ、わかる。
「へぇ、食べ甲斐がありそうだね。あれにしようか!」
ベッキーさんがいいの?って顔をしてくる。腹ペ娘はたーんとお食べ、と俺の中のお母んが叫んでるから、良いんです。
「ぶちこの分もね」
といいながらベッキーさんを連れて屋台に。屋台は金属の箱で、なんかキッチンカーみたい。
メニューらしき文字が書いてあるけど俺には読めない。会話はできるんだけどね。
「おぅ、ベンジャルヒキリじゃねえか。なんだ今日は男連れか?」
店主は威勢の良いスキンヘッドのおっちゃんだ。人族だ珍しい。顔に傷があり、ちょっと怖い。
「いまね、アジレラを案内してるんだ! 10本ちょうだい!」
串の長さは20センチほど。その串の長さと同じくらいの肉が刺してある。俺的には1本で十分だ。
まぁベッキーさんならペロリでしょ。
「あんちゃん、いいのかい?」
店主が俺を見てくるからサムズアップで返答した。
「お、にいちゃんわかってるねぇ」
おっちゃんは嬉しそうに肉を温めだした。文字はわからんけどね。
「できたぞ、ほら、ベンジャルヒキリ持て!」
「わ、持つ、持つよ!」
俺の左手が解放された。ちょっと汗ばんでて、ローブで拭いた。決してベッキーさんの手がどうこうというわけではないことはここに誓っておく。
ベッキーさんがにこやかに両手に串焼きの花を咲かせている傍ら、俺の左手はリーリさんに捕獲された。解放時間わずか5秒。
「ベッキー。ご自分の役目を忘れては困りますわ」
「え、あ、ごめーーん!」
ベッキーさんが絶望な顔になってる。
「あー、あんちゃんも大変だな」
店のおっちゃんに同情された。




