第三十二話 アジレラでお買い物(1)
今日は念願の買い物だ。
朝食後にオババさんから薬草の代金をもらった。薬草は1束10万ペーネ。俺の月のお給金の5倍だ。それが10束だから100万ペーネ。円にすると1000万だ。元居た会社の年収の倍超えてるんだが。つーかポーションてバカ高じゃね?
毒消しと病気向けの薬草は5束づつでそれぞれ20万ペーネと50万ペーネで売れた。合計170万ペーネ。俺のお給金が安いのか薬草が高いのか。
貨幣としては100、10、1ペーネ貨幣があって、それより上は薄い金属の板だった。ペーネ板というらしい。10万ペーネ板まであったよ。本当かどうかは不明だけど偽造できないような物質でつくられてるとか。
お金の半分はリーリさんに預かってもらった。なんかスリとかに会いそうでさ。
俺、リーリさん、ベッキーさんとミニぶちこを抱えて買い物に出かけたわけだ。念のためにローブを着てフードですっぽり髪を隠して、だけど。
ベッキーさんは長袖にゆったり目の長ズボン。色は擦れた青。リーリさんは長袖の羽織ものにくるぶしまでのワンピースで薄い緑。ふたりとも、武器を持ってなければ普通の女の子だ。
で、俺はいま、なぜかベッキーさんに左手を取られてアジレラをショッピングしている。取られてというか確保されて、に近いな。
「まぁ、俺が迷子になったからなんだけどね!」
30歳にもなって迷子になった言い訳をさせてもらおう。
オババさんの家を出て、俺たちは買い物のためにアジレラの商店街に向かってたんだ。朝ってこともあって、門につながる大通りの人込みはすごくて、人を搔き分けて進んでたんだ。道の真ん中に行くと竜車にはねられちゃうからさ。
ちょうど交差点に差し掛かったところで、目の前を竜車が通り過ぎてって、そこで急に止まった俺が人込みに押されて、ふたりとはぐれちゃったわけだ。
「まぁ、大人としてここは落ち着かないとさ」
近くの店先の壁に寄り掛かって周囲を意識して眺めた。3DCAD屋の時は歩いている周囲の人なんか気にもしなかったけど、ここは見てるとおもしろいんだ。
耳が長いイケメン、背が小さくてがっしりした女性、頭の上に丸い耳がある女の子、自分の尻尾を大事そうに抱えて人込みを泳いでいく男の子。
装いも色々で、武器を携えたザ戦士って人もいれば全身ローブに仮面でザ不審者ってのもいる。道行く人もあまりそれを気にしないみたいだ。暑めだけど薄着の人は少ないかな。割と長袖の比率が高い。
あと、人種?は色々いるけど人間が少ない。体感で1割にも満たない。人間の俺イズ異物。
そりゃフードかぶった方が良いっていわれるよ。
「ちょっとあんた、そこにいられると商売の邪魔だよ!」
おっと、お店のおかみさんに怒られてしまった。この人は狐っぽい耳だな。
「あ、すみません」
ペコリしてそそくさと移動する。
不思議と迷子になってしまった不安感はない。ミニぶちこを抱えてるからかもしれない。
これ幸いと店を見て歩き回ってる。服屋さん発見。中には入らず外から様子見。店の中に雑多に並べてあるのが見えた。
「白っぽい服と布が多いなぁ。染色は水がないと難しいんだろうか」
植物が原料だと栽培ができないだろうし。鉱物由来なのかなあ。
道行く人の服も色付きは単色が多い。白というか生成り色というか。模様の付いた服はほぼ見ないね。服はあまり期待できないかもしれない。
下着くらいはと思ったけど、いっそ作る方にシフトしようかな。見た目で寸法がわかる俺の特技も生きるだろうし。
――ダイゴ様、いまどちらでしょうか
お、調理スキルさんおはようございます。ただいま絶賛迷子でして。
――お困りのようなので、近くになにか目印のようなものは
そうですね、ちょうど交差点にいるんですけど、あ、角に石を売ってる店がありますね。うすぼんやり色がついた石とかを売ってますねー。
――わかりました。至急お迎えに上がります
ご迷惑をおかけします。
調理スキルさんとの会話後数分でベッキーさんが息を切らせて走ってきた。
「わぁ、やっと見つけた!」
「ふぐぅ」
赤い髪を暴れさせたベッキーさんの突進を受けた。巨大な柔らかい胸部装甲が当たるんですがそれよりも腰が締め付けられて背骨かやべーくて辞世の句を読まなくちゃならなくなりそうなんですが!
「あだだだだ!」
「ベッキー! ダイゴさんが死んでしまいますわ!」
「へ? あわわわ!」
大蛇に締め付けられるような圧力が消えた。俺の腰が折れる寸前だったよ。
「た、助かった……」
「ぱ、ふぅ」
あ、ぶちこも潰されてた。無事で何より。
「攫われてしまったのかと、心配しました!」
真顔のリーリさんに詰め寄られた。
「竜車に驚いてはぐれちゃいました。ご心配をおかけしました」
不可抗力だけど謝罪はしないとね。
「こうすれば、はぐれないね!」
ベッキーさんに左手を握られた。小さいけど、武器を持つからのマメだろうか、硬い手の平だ。これが命懸けの手の平なんだな。
「わ、それくすぐったいよ!」
無意識にむにむにしてたらしい。他意はありませんー。
しかし、30歳になって、あきらかに年が離れてる女の子に手を握られて歩くのは、リーマンだったらアウトだろうな。事案だ。
「わたしは後ろからついていきますわ」
おうふ、完全に迷子シフトされてしまった。情け無い大人で申し訳なく。
「ね、ダイゴさんが見たいお店はなに?」
「んー、食材と布の店かなー。服も見たいけど、時間足りるかなぁ」
「暗くなる前に帰れば良いですし、回りきれなければ明日も出かければ良いだけですわ」
「明日もって、ふたりだって予定はあるでしょ?」
ハンターなんだから、生活するために依頼を受けるとかさ。俺に付き合う義理はないのに。
「ハンターはね、しばらくお休みにするの!」
「そうですわ。今回のこともあり、少し今後を考えようと、ベッキーと決めたのですわ」
「だからね、ダイゴさんは気にしないで!」
俺の左手を握るベッキーさんが、屈託なく笑った。
なんか、すごい気を使われてるのがわかる。ここは大人として、遠慮しちゃダメな場面かな。
「じゃ、ふたりに案内を依頼しまーす」
俺がそう話しかけると、ふたりはキョトンとしてから声を揃えて
「「依頼されました!」」
と返答してくれた。
さて、ふたりと一匹の華に囲まれたハーレム状態?でのショッピング開始だ。




