幕間七 ベンジャルヒキリはかく語りき
アジレラに入ったあと、ふたりと別れたベンジャルヒキリは、西門近くのハンターギルドに足を運んでいた。スケルトンキングと教会の件を報告するためだ。
依頼先での異変はギルドへの報告義務がある。その規定には拘束力があり、破ればハンター資格の剥奪もあり得る。
「この時間は空いてるねー」
ギルドの扉のない入り口を潜ったベンジャルヒキリは閑散としたギルド内を見て、嬉しそうに呟いた。
ギルドはその日で完結する日雇い的な依頼が多く、早朝と夕方が混むのだがいまは昼過ぎで、一番暇な時間だった。
入った正面に受付などのカウンターがあり、その右手には待ち合わせや打ち合わせなどに使うスペースがある。いまは依頼を受けていないハンターたちが情報交換などをしていた。
「おい、こんな時間にハーフが来たぜ」
「半端もんは行動も半端だな」
ベンジャルヒキリを揶揄する言葉が刺さるが彼女は意に介さない。数日前ならその声に縮こまっていただろうが、まさに生まれ変わったのだ。
ベンジャルヒキリは彼らをチラ見しつつカウンターに向かう。今日の受付はシャツを着た兎獣人の男性だった。彼はベンジャルヒキリの姿を認め、軽く会釈する。
ベンジャルヒキリは、今日の受付は話ができる人で良かったと思った。彼はビレトンッグという名で、温和な性格の上にまずは話は聞くというスタンスで、初心者や駆け出しにも優しく対応してくれているのだ。
ちなみに愛称はレッグだ。荒くれ者が多いギルド内での羊的存在で、一部女性ハンターからは癒しの存在と崇められていた。
「3級ハンターのベンジャルヒキリです。コルキュルから帰って来ました!」
「無事におかえりですね。リャングランダリさんがいないようですが」
「リーリは別件でオババのところに行ってるよ!」
「なるほど。なにか問題はありましたか?」
「ちょっと報告があって」
ベンジャルヒキリは小声で話すと、腰の袋から取り出すと見せかけて、左手の腕輪からこぶし大の白い魔石を取り出した。ベンジャルヒキリの小さな手だと両手で持つとちょうどいい大きさだ。
「……かなり大きな魔石ですが」
兎獣人の職員は眉根を寄せた。
「スケルトンキングの魔石だからね」
「ッ! スケルトンキング、ですか?」
「これを含めた報告で、あまり大きな声では話せないんだ」
「個室で伺いましょう」
ビレトンッグは入り口から見て左手、打ち合わせスペースの反対側にある個室スペースに視線をやった。個室には丸テーブルが一つに椅子がいくつかあった。
ベンジャルヒキリが個室に入ると、ビレトンッグは札を1枚とりだし、入ってきた扉に張り付けた。
「これで音が漏れることはりません。まずは鑑定を」
彼は持ってきた水晶の板をベンジャルヒキリの魔石に当てれば、板に文字が浮かび上がる。魔石:スケルトンキングと表示されていた。
「……確かにスケルトンキングの魔石です。間違いありませんね」
ビレトンッグは大きく息を吐き、ベンジャルヒキリに向き合った。
「コルキュルで何がありました?」
「うんとね、まずスケルトンキングは、あたしたちが見た時はすでにやられた後で、骨がばらばらに散乱してた。で、落ちてた魔石をギルドに持ってきたの」
「疑うようで申し訳ないのですが、これは誰かの盗品ではないですよね?」
「違うよー。それができるほど強くないし」
ビレトンッグは腕を組んで目をつむった。彼女たちは3級であり、どうあがいてもスケルトンキングは倒せないし、そのスケルトンキングを倒せるようなハンターを出し抜く実力もない。
「結構です……まずスケルトンキングをだれが倒したのか、ですね」
彼はテーブルに肘をつけ、顎に手を当てた。
「ごめん、それはわからないの」
「ふむ、倒した魔物の、しかも1級討伐対象の魔石を置いていくというのは、理解に苦しみますね」
「そりゃそうだよね。スケルトンキングの魔石なんて、すっごく高いもんね」
「1級討伐対象を倒せるほどのハンターはさほどいません、絞り込むのは難しくはないのですが……」
彼が知る限り、ここ最近で1級討伐成功は聞いていない。
「えっとね、まだ報告があるの!」
「……これ以上の何があるのです?」
ビレトンッグは額に汗を感じた。
ベンジャルヒキリはさらりとスケルトンキングの名を挙げているが、その存在は、スケルトン軍団を率いる王であり、彼は常に軍を伴うのだ。街一つ滅ぼすのは至極簡単なレベルの魔物だ。
討伐できた証拠があるのが救いなだけで、これが遭遇の報告だった場合、アジレラのハンター総出で対処する事態になっていたはずだ。
コルキュルから一番近い都市がここアジレラで、スケルトンがあふれたときはこの都市が真っ先に餌食になるからだ。
だが目の前の少女は真っ先にスケルトンキングの報告を持ってきた挙句、まだあるという。嫌な予感しかしなかった。
「水の教会が復活してた!」
「教会が復活!??」
ビレトンッグは普段なら冷静に聞くところだがらしくもなく声を荒げた。
「あと、いくつかの井戸に水があった!」
「井戸に水!???」
「教会の裏の井戸は周りに草が生えてたし、近くの井戸にも水があったよ!」
「草が生えたですと!」
ビレトンッグは立ち上がってしまった。ありえないことを3度も聞けば誰しもこうなる。
コルキュルから水が失われてからすでに数10年経過している。スケルトンが跋扈し、不毛の地は覆ることはないと考えられた土地だった。
「……失礼、少々興奮してしまいました」
「わかるよー、あたしも信じられないもん。それで急いで帰ってきたんだよ!」
「……虚偽、ということは、ないですよね?」
「しないよー。そんなの、誰かがコルキュルに行って調べればわかることだもん」
「それもそうですね」
虚偽の報告をすれば、ハンターとしての信用を無くし、その町ではもう活動ができなくなる。
小さな町であればそれでも良いだろうが、アジレラは交易都市であり、国の中でも上位の都市だ。そこで活動ができなくなるのはハンターとしては致命的だ。
「この魔石はどうしますか?」
「うーんとね、リーリと考えたんだけど、売ったお金は水の教会に寄付してほしいの!」
「……なぜ水の教会に?」
「教会裏の井戸の水はすっごくきれいで冷たくっておいしかったから。あたしたちはすごい助かっちゃったもん」
「あぁ、なるほど」
この子は自身の身の丈を知って、後でやっかまれる可能性をなくしたのだ、とビレトンッグは理解した。相方のエルフの提案だろうな、とも。
「ギルドとしても強い魔物の魔石は助かります」
ビレトンッグはニコリとほほ笑んだ。
魔石はいろいろな用途に使えるのだ。強い魔物であればあるほどその効果も強い。
「ギルド長にも報告をしますが、おふたりの予定などをお聞きしてもよろしいですか? 可能ならばコルキュルの案内などをお願いしたいのですが」
逃げることはないだろうが念のためと、あとはベンジャルヒキリたちがコルキュルでの発見者であるからだ。
「数日はオババのところにいるかな……後の予定は決まってないの。依頼もしばらく受けないつもりだし」
「おや、依頼を受けていただけないので」
「ちょっと頼まれごとをしちゃって。そっちが優先なんだ」
「なるほど、そうなのですか。都合が合えばコルキュルへの同行をお願いしたいのですが」
「あ、それはたぶん大丈夫、かな。ちょっとリーリと相談だけど」
「承知しました。まだ何かありますか?」
「うーん、もうないかな!」
「では、報告は承りました」
ビレトンッグは部屋を出ていくベンジャルヒキリを眺めながら、誰を派遣すべきかを考えていた。
万が一を考えると失っても良いハンターになるが腕が落ちるのは困る。さりとて主力はつぎ込みたくない。
「不相応な魔石を持っていたのに興奮も驚いた様子もないのは気になりますね。何かありそうな予感がします」
温厚で癒しといわれるビレトンッグだが、彼はハンターギルドの職員なのだ。




