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第二十九話 賄賂はステキ

 湯が沸くまでは時間があるらしい。では気になったことを聞くか。


「リーリさん、茶葉って、売ってるの?」

「……売ってはないね、これは秘蔵のだよ」


 おっと、部屋の隅にあるミニキッチンでお湯を沸かしているお婆さんから返事が来た、良いお耳をお持ちだ。


「ダイゴさんはお茶も欲しいのですか?」

「俺がいたところでは緑茶が普通で、ほかにも紅茶とか、お茶ではないけど珈琲とかを飲む習慣があってさ、一息つきたい時に飲んだりするんだ」

「……珈琲?というのは知りませんが、茶葉は貴重なのですわ」

「マジかー。やっぱり水が貴重なのと関係ある感じで?」

「アジレラに来る際に見た通り、川の両岸でしか畑にすることができません。茶葉よりも野菜などの栽培が優先されるのですわ」

「そりゃそうだ。まずは食料の確保だよね」


 嗜好品は後回しか余裕のある階級のもの。茶葉があるなら、これもそうなんだろう。カカオみたいに違法労働で作られてるとか、当たり前にありそうだ。


「学はあるようだねえ」


 茶漉しみたいな金物とポット的な陶器を持ったオババさんが迫ってきてた。足が悪いのか、左足を引きずってる。


「飲みなれないと苦いからね」


 オババさんが手ずからお茶を入れてくれる。湯呑のような陶器もある。磁器?かもしれないけど俺にそんな知識はない。

 どうやらオババさんは、それなりの階級の方らしい。リーリさんのお嬢様喋りと関係ありそうな予感。


「……この黄色い、いや、黄金色のモノは、なんだい? なんだか甘い匂いもするねえ」


 オババさんが食いついた。目はすでにハンターになっている。


「茶請けにと思って作った甘味です。スイートポテトといって、芋の焼き菓子です」

「ほう、お前さんが作ったのか」


 オババさんが顎をさすってる。

 お、「お前」に「さん」がついたよ! 一歩前進だ。


「ダイゴさんは調理スキルもお持ちなのですわ」

「……少し詳しく聞きたいねえ」


 左足を少し伸ばしながら、オババさんは席についた。先手必勝だ。


「アポ無しで訪問してすみません」

「アポ?」

「約束も無しにってことです」

「あぁ、約束を取り付けにくるならその時に用事を済ませた方がいいじゃないか」

「俺の住んでたとこの風習みたいなもんです」

「ふーん、聞いたこともないねえ。お前さんはベルギスの人族じゃないのかい?」

「リーリさんにも聞かれましたけど、俺の住んでる国はそんな名前じゃないですよ」

「えぇ、いままでの言動などから、嘘はないと思いますわ」

「……その髪の色でベルギスの奴じゃないのは、初めて見たね」


 前もそのベルギスって言葉を気にしてたけど、何かあるのかな。


「ベルギスってのがなんだか気になるんですけど、スイートポテトを食べませんか?」


 横のリーリさんを見ると、会話を聞きながらもスイートポテトに視線は釘付けなのがバレバレだ。俺の視線に気がついたのか、リーリさんの頬がほんのり赤くなった。美人さんのそれは、破壊力が違う。


「毒味を兼ねてわたしから」


 誤魔化すためか、言うが早いかリーリさんがパクパクと食べ始めた。


「んーーー、美味しいですわ!!」


 周囲に花を咲かせているリーリさんを見たオババさんもスイートポテトに手を伸ばした。


「そんなにかい? むぐ…………」


 一口食べて目を大きく開いたオババさんは、もぐもぐしてるのに次のスイートポテトを掴んでいた。


「オババ、はしたないですわ」

「いまはマナーのことは忘れる時間だよ」

「ではわたしも」


 そこからは無言だ。俺もひとつ食べた。あとはふたりが平らげた。


「……芋なのに筋がない滑らかな舌触り。もちろん甘さも素晴らしい。なにより、茶にあう」


 湯呑みに口をつけてこくりと飲み込んだオババが満足げに呟いた。


「筋がないのは漉してるからですね」

「茶漉しのようにかい?」

「布で濾す感じです」

「布でかい。ならこの滑らかさも納得さ」


 オババさんが嘆息した。いい感触だ。


「あの、さっきのベルギスについてなんですけど、それなんです?」

「お前さんは国の名前も知らないのかい?」


 オババさんが呆れてる。

 だって国の名前なのか知らないもん。


「正直にいいますが、知らないんですよ。知っといた方が良いですか?」

「お前さんの言葉を信じるなら、だが、その髪の色で知らないのは不審がられるだろうねぇ」


 え、そんなに?


「ベルギス王国は、聖なる山の南に位置する国で、人族中心の国なのですわ」

「そこに黒髪が多いってこと?」

「ベルギスの南端に住んでるのが黒い髪の民族で、人族の中でもより閉鎖的かつ人族優越主義なのです」

「おおう、ずいぶん尖がった民族だなぁ」


 なんとか原理主義とか、そんな感じか。


「わたしやベッキーみたいな人族でない人種を避けたり迫害したりと、わたしたちとしても近づきたくはないのです」

「俺も近寄りたくない。怖い」

「ここからだとかなり遠いからまず見かけることはないし、奴らはそもそもデリーリアには来ないさ」


 オババさんさフンと鼻を鳴らした。

 なるほど。リーリさんとベッキーさんと初めて会った時の俺の疑われようは、それか。


「命を助けていただいたのに、あの時は疑って申し訳ありませんでした」

「いやー、警戒するのは当然でしょー。俺なら怖くて逃げてるかも」

「逃げるのはさすがに……」

「まぁそうだけどさ」

「……ここに来たのはそれを聞くためかい?」


 オババさんはテーブルに肘をついて手の甲に顎を乗せ、呆れ顔で俺を見ていた。


「あ、すみません、お話はこれではなくてですね」


 リーリさんに薬草を包んだ布を出してもらう。


「なんだい、それは」

「薬草です」

「薬草?」


 オババさんの声が裏返った。


「えっと、これを見てください」


 テーブルの上に広げた布には、薬草と毒消しと病気用の3種類の植物が並べられた。

 まだキラキラは残ってて、葉も瑞々しい。魔法鞄には保存機能も付いているのかも。


「な、なんだいこの薬草は!」


 オババさんが血相を変えてしまった。ありゃ、良くない品質だったのか?


「ポーションの原料の薬草が10束と、毒消しになる薬草が5束、病気に効くってやつが5束です」

「それは見ればわかる。これを摘んだのはいつなんだい?」

「えっと、出発寸前に採ったので、2日前ですかね」

「2日もたってるのに採ったばかりのようだし、この高品質は……ちょっとお待ち。リーリ、あんたはコルキュルに行ってたはずだね?」


 オババがギロリとリーリさんを睨んだ。


「えぇ、ダイゴさんに助けられたのもコルキュルですわ」

「廃墟に薬草なんてあるはずないだろう」

「うーん、この薬草は俺が管理している土地に作った畑で栽培してるやつなんで」

「畑で栽培!??」

「薬草の種と、よくわからない苗とかあったので。土地もあったし植えてみよっかなーって」

「種だって!?」


 オババさんがこめかみに指をあててる。うーん、おかしなことを言った覚えはないんだけど。


「大昔はどうだったか知らないけど、薬草は今じゃドゥロウギ大森林でしか採取できないんだ。アタシだってハンターになってから100年は大森林に潜ってきたけど種なんて見たことがない。畑で栽培? どこでどうやって?」


 オババさんが身を乗り出してきた。世紀末おばあちゃんのドアップは怖い。


「ちょ、ヒートアップしないでください。少なくとも嘘は言ってません。ただ、ちょっと言えないこともありますが」


 オババさんは唸りながらこめかみをぐりぐり揉んでる。大きく息を吐くとリーリさんを向いた。


「リーリ、後で詳しく聞かせな」

「もちろんですわ」

「で、この薬草をどうしろってんだい?」


 オババさんの目が俺に向く。


「買ってほしいんです」


 俺の言葉に、オババさんは難しい顔をした。

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