第二十八話 世紀末おばあちゃん
リーリさんに先導されて、日中の東京駅くらいの人混みを歩く。脇の店を見たいけど、はぐれると生きて帰れそうにないから必死だ。
「アジレラは中心から東西南北に大通りがあり、また内側から3つに区切られています。オババの店はその中の真ん中の第2エリアにありますわ」
「結構遠い?」
「10分ほど歩きますわ」
「頑張ってはぐれないようにします」
アジレラは、中央が貴族とかのエリア、その外が一般の人のエリア、その外が貧民街らしい。門の周りは人の往来があるから栄えてるけど裏道に入ると危険なので行かないように言われてしまった。
ちなみにギルドは門の近くにあって、複数あるんだとか。近寄らないでおこう。
「あ、布が売ってる、あとで買いに来たい」
「布、ですか?」
「裁縫スキルをゲットしたので、着替えを作りたいんですよねー」
「スキルが増えたのですか?」
「ちょうど、リーリさんらと会った後に増えてましたねー」
「普通は簡単に増えないのですけど、まあダイゴさんですし」
なんかひどいいわれようだ。
「結構切実でね、下着の替えもないんだよねー。スキルで綺麗にできるとはいえ履き替えるくらいはしたい」
「今日は難しいかもしれません。泊まるところも考えないといけませんし」
「あ、そんなことは微塵も考えなかった!」
まあ、最悪はその辺で寝るか。
「ぶちこちゃんもいますし、何か考えますわ」
話しているうちに高い壁をくぐった。これがエリアを区切っている壁だろうか。
壁の向こうは、店の数は減り、その代わり明らかにアパートってのが増えた。ベランダがないのは、防犯からか建築技術の都合か。洗濯物が乾かせないじゃん。
「そろそろ着きますわ」
リーリさんが路地に入った。コンクリートは大通りだけなのか、路地は踏み固められた土だ。
両脇の建物は少々くたびれた感じになっていた。ひび割れも目立ってて、見た目もよろしくない。
さらに狭い路地に入っていく。ぶちこならまだ大丈夫だ。
空が狭くなり心細くなり始める。リーリさんは、実は俺を騙そうとか、ないよね?
「ここですわ」
リーリさんが止まったのは、こじんまりとした灰色の壁の3階建て。上階に窓があるけど入り口はない。脇には裏に行くための通路がある。ぶちこもなんとか通れる幅だ。
通路の先にある鉄の扉には、植物らしきデザインの彫り物がしてあって、読めない文字で何か書いてある。
ぶちこは、入れそうにないな。
リーリさんが扉をノックした。
「オババ、わたしです、リャングランダリですわ」
待つこと数秒、鉄の扉は音もなく開いた。
「ぶちこはここで待ってて」
「わふう!」
ぶちこはお尻をつけて座りした。よしよしいい子だ。腕の付け根をわしわし撫でてあげる。
「おやおや、いつもの相方はいつのまにか男になったんだい?」
中から嗄れた声がした。結構なお歳なんだろうか。伯母と言っていたからおばあちゃんか。でオババなのか。
「ベッキーはギルドに報告をしに行ってますわ」
おっと出遅れた。
「おじゃまします」
失礼しますの方がよかったか?
「おや、礼儀くらいは弁えているようだねえ」
俺を見下ろしてきたのは、身の丈2メートル近い、長袖のワンピースなお婆さんだ。お団子にまとめた金髪から長い耳が覗いてる。ワンピースは深い緑だ。エルフは植物が好きなんだろうなあ。
えらくマッチョなお婆さんで、熊くらいならドロップキックで仕留めそうな雰囲気だ。
とりあえず逆らったらやばい人リストには追加した。今のところ会った人全員だけど。
「ふーん……」
頭のてっぺんからつま先までサーチされた。俺はどこにでもいる日本人ですよ。
「佐藤大悟といいます。えっと」
「コルキュルでわたしとベッキーが助けていただきましたの」
「コルキュルで? 助けてもらった?」
おばあさんの視線が痛い。あからさまに怪しまれてる。悪いことはしてない、たぶん。
ちょっと居心地悪いのでリーリさんを見た。なるほど、リーリさんをお婆さんにしたらこうなるのか、って感じで似てるね。
お婆さんは皺がそれほど多くなく、おばさんあたりで通るんじゃ?
「人の顔をじろじろ見るのは感心しないねぇ」
「あ、すみません、ついリーリさんに似てるなーって」
「リーリ?」
お婆さんがギギギっとリーリさんを向いた。
あれ、それも地雷?
「お前さんはこいつに愛称呼びを許してるのかい?」
「……それって、戦ってるときにな「えぇそうですわ。わたしもベッキーも」
おぅふ、かぶせられた。ここは貝になったほうが良さそうだ。
「やっとこさ男を連れてきたと思ったら、よりにもよって黒い髪の人族かい。これじゃ妹に顔向けができやしない」
「エルフにも問題児がいるように、人族にも理解ある方はいるのですわ」
「そいつがそうだと言い切れる根拠は何だい?」
うひー、指差して睨まないでほしい。
「治癒、浄化、結界」
「……なんだって?」
「後ほど詳しく説明いたしますわ。それよりも、オババは来客に名乗りもしないのですか?」
「ほー、言うじゃないか。アタシは嬉しいよ」
最後が不穏な気がしたんだけど、会話は終わったらしい。ふたり同時に俺を見てきた。
「アタシはヴェーデナヌリア。リャングランダリの伯母にあたる、元ハンターさね」
たくましい胸筋を盛り上げるように腰に手を当てた、えっとヴェ……お婆さん。
「あ、俺は、とある場所の管理をしています、再びですが佐藤大悟です」
ペコリと一礼。
「外にいるのが、ぶちこちゃんですわ」
「あの獣魔には名前があるのかい?」
「あ、俺が名付けました」
「お前が、かい?」
目を眇められてしまった。迫力がパナイ。どこかの世紀末お婆ちゃんだ。
回れ右して逃げたいけどぶちこの食い扶持のためだ。がんばるよ!
「話すと長くなりますが、ぶちこの怪我を治したら懐かれまして」
「治した??」
うん、嘘も誇張もないよ。
「そうですわ。ダイゴさんには、スケルトンキングに腹を切り裂かれて瀕死だったベッキーを助けていただきました」
「スケルトンキング!??」
「そのスケルトンキングを一撃で粉砕したのがぶちこちゃんです」
「…………ちょっと、情報が多すぎるね。頭の整理には時間が必要さ。リーリが連れてきた客に茶のいっぱいも出さないのはエルフの名折れだ。そこに座って待てっておくれ」
おばあさんが部屋の真ん中にあるテーブルをさした。こじんまりとした丸テーブルに猫足で華奢な椅子が4つ。複数の来客は日常的にある様子。
お茶といえばお茶請け。甘いものは必須である。
このために用意した甘味で、俺の印象を少しでも良くせねば!
「あ、リーリさん、アレを」
黙って頷くリーリさん。預けてあったスイートポテトとクッキーを取り出した。作ったのは2日前だけど魔法鞄に入れておいたし、大丈夫でしょ。
あ、一応は清掃スキルをかけておこう。
ささっとテーブルに配膳する。たくさん作ったけどベッキーさんに食われてしまって半分の10個しかない。まぁ,賄賂だからオババさんに食べてもらおう。
黄金色の賄賂の威力をみよ!




