第二十五話 トンカツ定食の威力
――ダイゴ様、すみません。
いや調理スキルさんは悪くないし。お供えのことをすっかり忘れてた俺の落ち度だし。
はぁぁぁぁぁ、ため息しか出ないや。
「ちょっと夕食は気合を入れて作ろうかな……」
作るしかねえじゃぁぁぁぁん!
「ごめん、今から夕食の仕込みをするんで、先に周辺に水を撒いてきます!」
水袋を持って10メートルくらい離れて、テーブルを中心に円を描いて水を撒いていく。三人で息をひそめて付近をうかがう。
「……出てこないね!」
「ぶちこちゃんが狩りつくしたのかもしれません」
「……まぁ、好都合と思っておこうかな」
ついでだ、戸締りスキルでこの円の中を立ち入り禁止にしてしまおう。ぶちこは入れるから問題ないし。
「リーリさんすみません、食材を取りたいのですが」
「あ、はい、えっと、魔法鞄を渡します」
「えぇぇ、どう使うのこれ」
「中に入っているものが頭に浮かぶので、その中の取り出したいものを念じます」
なるほど。俺のスキルにも似てるな。
どれどれ……米と豚肉と各種根菜類にキャベツに卵だな。醤油と日本酒もか。どんどんテーブルに載せていく。
あとは……う、替えの下着とか、見なかったことにしておこう。そうか、ゴムがないからか。いや、俺は知らない。知らないったら知らない。
まずは米をといで水につけて炊いてしまおう。ドーンと現れた鉄釜に米を入れてあとはほぼ全自動だ。蓋を載せて準備だけしておく。
豚肉ふた口サイズくらいに切って、叩くんだけど棒がないな。ベッキーさんの棍棒はデカすぎて重すぎる。うん、ベッキーさん?
「ベッキーさん、ちょっと手伝いをお願いしていいです?」
「え、なになに! なにするの?」
「この豚肉を叩いて柔らかくしてほしいんです。叩くとおいしくなる大事な作業なんです」
「わ、それは大事な作業だ」
肉をテーブルに広げていく。切られた肉が、40個以上あるな。何とかなるでしょ。
ベッキーさんがべしべしと手のひらで肉を叩いている脇で鍋を用意する。
にんじん、じゃがいも、大根を皮をむいて、ごぼうは洗浄のスキルでキレイにしてザクザク刻む。里芋があればよかったんだけどコンビニゾーンはなかったんだ。これがあるとおいしい食事ができるんですがーって水神様にいえば追加されるかも。
大鍋にごま油を引いて全部ぶち込んでっさっと炒める。で醤油と日本酒と水を入れてふつふつ煮込む。灰汁取りも忘れずに。おっと、日本酒はカップに注いで取っておこう。水神様へのお詫びだ。
「ダイゴさん、叩くのってこれくらいでいいの?」
「ありがとうございます!」
豚肉に塩コショウふって、小麦粉をつけとき卵とパン粉で衣をつくる。パン粉は、丸パンを作ったときに削っといたんだ。揚げ物を食いたかったから!
中くらいの鍋に油をドンドコ入れていく。加熱して適温まで待つ。とその間に鉄釜に着火して炊飯開始だ。
「ん、油も温まったな。お肉投入!」
油の海に豚肉を入れていく。ジュワワワワって景気のいい音がする。ベッキーさんとリーリさんがビクってしたのが見えた。
「ううう、いい匂いで我慢できないよう」
「我慢すればもっとおいしくなるからね!」
ベッキーーさんステイです。
カツを揚げては皿に移しを繰り返していけば米が炊けた。カツも揚げ終わった。キャベツの千切りは調理スキルさんに任せたらキャベツの形のまま千切りが終わってた。指でつつくとふぁさって崩れていくのなんて初めて見たよ。
ぶちこにもちょっとカツを分けようかな。足りない分は炙った鶏肉にしようか。
山盛りキャベツに載せるトンカツは各自3つづつ。残りは大皿でお好きに形式。汁はけんちん汁もどき(豆腐がない)で、これも大盛でよそう。ご飯は普通盛にしておく。
「ひと口トンカツ定食のできあがりぃぃ!」
忘れないうちにお供えしとこ。
「わっふううううう!」
ぶちこが飛んで帰ってきた。匂いでわかったのか。
「お待ちどうさまでした!」
ふたりと一匹が席につく。
「さっきからよだれが止まらないの!」
「新鮮なキャベツがこんなに沢山……」
「肉を油で揚げたトンカツはそのままで。キャベツにはオイルをかけてくださいね。あとは食べてのお楽しみでー」
ソースが欲しいな。作れってことなんだろうけど。
俺は手を合わせ、ふたりは祈る様に、ぶちこはびしっと待ちの体勢で。
「ではいただきましょう!」
まずはトンカツだ。
噛むとサクッと揚げたての感触。ベッキーさんが叩いた豚肉は柔らかく、あまり抵抗なく噛み切れてしまった。
「むぐ、肉汁が、だめだ、ご飯だ!」
肉が残る口に米を投入!
ああ、米とトンカツが相撲を取ってがっぷりよつだ。
ああああああうめぇぇぇぇぇ!!
「わふわふわふわふ」
ぶちこが俺のトンカツ見て騒いでる。
「欲しいの?」
「わふわふわふわふ!!」
かつてない勢いのヘドバンだ。
「油っぽいのはあまりよくはないんだろうけど、今日だけな」
皿から一枚取ってぶちこの前に出すと、俺の手ごとパクついた。俺の手は噛まれず、すぐ開放された。
「そこまで慌てなくても」
「わふ!」
ぶちこが大皿を見てる。
「……あれ、トンカツがないんだけど」
ベッキーさんが最後の一枚をフォークに刺して泣きそうな顔をしてる。
「もう、もうないの? 誰が、誰が食べたの?」
ベッキーさんが震えてる。
いや俺まだ2枚しか食ってないんだけど。
「キャベツは、キャベツはもうないのですか?」
こっちもかよ!
おかしい、リーリさんに腹ペ娘属性はないと思ったのに。
「わひう……」
お前もか……
やべえ、食費が足りないとかのレベルじゃなくなりそうだ。
「これ以上は作りませんよ? 果物で我慢してください」
アジレラで食材を買わないと帰りの分が足りないかもしれない。真面目に薬草を売らないと詰むなこれ。
トンカツ定食は狂乱に終わった。今度は倍作るよ。泣きながら。
片付けを終え、みんなに洗浄をかけさっぱりした俺は、ぶちこのもふもふに埋もれている。ごろ寝してるぶちこに寄りかかりながら星を見てる。
明かりがないからか星が多すぎて星座とかまったくわからない。そもそも俺が知ってる星座なんてものは無いのかも。
「夜になると少し冷えるけどここに天然素材で極上の毛布がある」
今日は歩き疲れた。手当は疲労までは取ってくれないらしい。あくまで怪我が対象なんだな。
「私たちが見張るので、安心して寝てくださいませ」
「まっかせて!」
リラックスしつつも手の届く場所に弓と矢を置いたリーリさんと、盾と棍棒を振り回わすベッキーさん。ふたりともご機嫌だ。
「星が綺麗だ……」
星に吸い込まれそうだって言葉があるけど、本当に吸い込まれそうだ。
のんびり空を見るなんてなかったな。
あぁ、気持ちのいい風だ。今夜はよく寝れそうな予感がするよ。




