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第二十二話 いざ出発

 薬草を植えた畑は無法地帯と化していた。

 いつの間にか池の周りにまで侵食してた。確かに俺も畑の拡張はしてたけどさ、そこまではやってないんだわ。

 薬草たちはその分増殖してて、でもきっちり住み分けしている賢さもある。薬草に賢さとか知らんけど。

 ただ薬草たちの周囲がきらきら輝いてるように見えて、神々しさを感じる。


「えっと、とりあえず各種持っていくか。どれが一番需要があるのかわかればなー」


――青い種の薬草がポーションの原料になります


「へぇ、じゃあ菖蒲みたいな草を多めに持っていけばいいか」


――とげが生えている草が、病気の時用の薬の原料になります


「調理スキルさん、ついでに全部教えてほしいなぁ」


――紫色の花は毒消しになります


「これもそれなりに需要はありそうだ。残りのチューリップみたいな花は何だろう」


――エリクサーの原料になります


「……さらっと言われちゃったけど、聞いたことがある単語だ。これ以上はやめておこう。嫌な予感がする」


 ポーション用の薬草を10束と、毒消しと病気用の葉5束ずつにしておこう。今回はお試しみたいなもんだし、大量に持ち込まれても困るでしょ。一応、倉庫にあった布にくるんでおく。

 さて時間がない。水神様にパンと肉とサラダをお供えして家の中に戻る。

「夜用は、米と肉と野菜と卵を詰め込んでおけばいいでしょ。調味料は全部持っていこう。大は小を兼ねるんだよ。あと水袋だ」

 おっとスイーツを忘れちゃいけない。明日会う予定のリーリさん叔母さんは甘いものに弱いっていうからくっきーとスイートポテトを作ったんだった。昨晩ふたりにあげたら絶賛されたから、大丈夫でしょ。

 大鍋に食材を詰め込んで教会に運ぶ。


「お待たせしましたー」


 ふたりはすでに装備品を身に着けてた。胸部を覆う茶色のプロテクター姿は共通だけどベッキーさんは大きな丸い木の盾と俺の身長くらいのこん棒を持ってた。今日はヘルメットはしてないみたいで赤い髪がちょっと暴れてる。

 リーリさんは背中に弓と腰に矢筒だけの軽装だ。遠距離担当だからだろうね。

 ぶちこは、お座りして待ってる。

 ちゃちゃっと食器をきれいにしてリーリさんに託す。


「あ、薬草を入れる鞄がない……」

「わたしが保管しますわ」


 布にくるまれた薬草たちを渡す。やっぱり魔法鞄がないとリーリさんに頼まないといけないから不便だ。いつまでも一緒にいてくれるはずもないし、どうにかせねば。


「薬草ヨシ、食材ヨシ、水袋ヨシ、戸締りして出発しましょう」


 すでに陽が高くなりつつある中での出発なので、アジレラに到着するのは夕方になってちゃうらしく。準備に時間がかかってしまって申し訳ない。

 教会を出て東の方に向かう。アジレラはここ(コルキュル)から見て東の方角にあるらしい。

 遺跡のような通りを歩いていく。道の近くにある井戸には水があるようで、付近に草が生えてきていた。


「あそこの井戸にも草が生えてますわ。都市全体に地下水が戻ってきているのかもしれません」

「ギルドに報告だね!」

「わたしたちの報告が信用されるかはわかりませんが、誰かが見に来れば一目瞭然です」


 俺たちは砂を踏みしめながら進んでいく。

 教会を出てから30分ほどでコルキュルの外壁であったろう残骸が見えた。


「昔は5メートルほどの壁で囲われていたらしいです」

「へぇ、城塞都市みたいだ」

「魔法研究は機密でもありましたので、警備は厳重だったと伝え聞いていますわ」


 研究機関ともなれば、セキュリティも強化されて当然だな。スキルで直したら、スケルトンが溢れるのも阻止できるかも?

 廃墟を出てからは、見渡す限りの荒野だ。空気は乾ききっていて、肌がピシピシいうのが感じられる。風も強く、砂煙が舞ってる。

 道らしきものは、なんとなく踏み固められた跡でしかない。

 日本の荒野って、草くらいはあるんだけど、ここは本当に茶色しかない。

 快晴のブルーと地平のブラウン。二色で塗られたキャンバスだ。


「コルキュル巡回依頼はアジレラからだけだからね! ここをまっすぐ行けばつくんだよ!」


 ベッキーさんが棍棒で地平線をさしてる。本当にあの先に街があるんだろうか。知らなければ断念してたろうなぁ。


「ところでリーリさんの叔母さんてどんな方なんです? 甘いものが好きなのは聞きましたけど」


 荒野を歩くのは退屈なので何かしらの会話をしないと無言になってしまう。


「オババは、ちょっと気難しいかな!」


 ベッキーさんは眉を八の字にした。朗らかなベッキーさんをこの顔にするとは、なかなかの曲者っぽい。


「長く生きているので、色々アドバイスもいいたいのですわ」

「長くって、どれくらい生きてるんです?」

「200歳は超えているはずです。廃墟になる前のコルキュルを知っていましたわ」

「それはすごいなぁ。俺の6倍以上生きてるんじゃん……」

「エルフの寿命はおおよそ250年といわれております」

「ながっ! それでオババなわけか」

「元1級ハンターなので怒らせると怖いですわ。怪我で引退をしていなければ、いまでも第一線でハンターをしていたと思いますわ」

「……生涯現役か」


 なんか会うのが不安になってきたな。俺なんか小指の先でちょいちぃじゃん。


「薬師としても優秀ですので、薬草の実物を見れば話も早いと思いますわ」


 フォローなのかな。ありがたい。


「わふっ!」


 ぶちこがひと吠えして前方に駆けていった。歩くのに飽きたのかな。


「ロックワームですわ」


 リーリーさんの一言でベッキーさんの空気がピリッと変わった。盾を構えて俺の前に立った。


「あたしがダイゴさんを守るから、安心してね!」


 ベッキーさんの小さな背中が頼もしい。


「あ」


 前方でドカーンって大きな音と砂煙が立った。


「ぶちこちゃんですわね。ロックワームを一撃で倒すとは、さすがですわ」

「え、そうなの? 俺には見えないけど」

「エルフは目が良いんですわ」


 知らない情報が多い。


「その、ロックワームって、なに?」

「土の中を移動して獲物を狩る、岩のように固い大きな芋虫ですわ」

「水が嫌いで、少しでも湿気があるところには出てこないんだよ!」

「へぇ。乾燥しきってる荒地は格好の狩場ってことかー」


 俺なんかいい餌だな。


「単独行動が多いので、あの個体だけだとは思いますが」


 そういいつつもリーリさんは周囲に目を配っている。まだいるってこと?


「……もしかして、水をばらまいたら寄ってこない?」

「え、ダイゴさん、そんなことができるの?」

「この水袋の中には大量の水が入っててさ、湖くらいの水は入っちゃうんだって」

「そ、そんなアイテムを持っていたのですか?」

「家にあったんだよねー」


 物は試しだ。腰から水袋を外して口ひもを緩める。足元にダバダバ水をこぼし、土に浸み込ませていく。


「ピギュアー」


 結構離れた場所で悲鳴にも似た叫びと共に、土煙があがった。反応が早すぎる。


「ロックワーム!」


 リーリさんが叫んだ。3階建てのビルくらいの茶色い何かだ。


「デッ! デカすぎでしょ!」


 ベッキーさんがダッシュで駆け寄った。あっという間に土煙の場所に辿り着き棍棒を振り回した。


「えーい!」


 気の抜けるような叫びだったけどフルスイングの棍棒が茶色いビルを粉砕した。ばらばらとロックワームだったものが地面に落ちていく。


「……すっげ……ハンターすっげ……」

「わ、一撃で倒しちゃった!? え、なんで!?」


 倒した本人が驚いているのは何故?

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