幕間五 夜の女子会(後)
「え、スキルって会話ができるの?」
「調理スキル……ダイゴさんがそう呼んでいると?」
ふたりは同時に叫んだ。
『ええ、ダイゴ様はスキルを使ったことがなく、使い方がわからない様子でしたのでご助言差し上げたところ、その、わたくしを調理スキルとして認識されたようで……』
人型の女性ははにかんだ。
「そういえばダイゴさんは、調理スキルさんの社を作ったと、いっていたような」
「え、そんな話をしてたの? あたし知らないよー。リーリずるいー」
「ベッキーはまだ起きてない時の話の中で聞いたことですわ」
『ふふ、ベッキー様はぶちこちゃんの背中に寝かされていましたね』
「「ぶちこちゃん!?」」
ふたりの声が揃った。
『ぶちこちゃん、賢くて可愛らしいですよね』
「わかる!」
「わかりますわ」
『おふたりはもふもふできて、わたくしは羨ましく眺めておりました』
人型の女性はがっくり肩を落とした。しゃがみこんで床をいじいじしていたが立ち直ったのかすくっと起き上がった。
『申し訳ありません、お見苦しいところをお見せしてしまいました』
「え、えぇ、貴女が悪意をお持ちでないのはよくわかりましたわ」
「ぶちこちゃんのよさをわかる人に悪い人はいない!」
ふたりは目の前の存在が自分たちに害をなすことはないと理解した。
『ありがとうございます』
「えと、それで調理スキルさんは、なんの用事でここに?」
ベンジャルヒキリは棍棒を床に置きながら尋ねる。
『ダイゴ様についてなのですが、あの方はここにくる前に属していた組織で酷い扱いをされてており、もうその様な境遇にはなりたくないと考えておられます。ですので、ハンターギルドへはお連れになられない様お願い申し上げに参りました』
そう語りながら、人型の女性は懐から袋を取り出した。その袋から皿を取り出し、テーブルに載せた。
『わたくしに頂いたお供えを複製したものですが』
「あ、あの美味しいお芋!」
「あの芋の焼き菓子、スイートポテトという名前でしたか」
『お話をするには賄賂があるとスムーズに進むとお聞きしましたので』
「精霊様の賄賂……」
リャングランダリはごくりと唾を飲んだ。緊張か食欲か。本人にしかわからない。
『オマエモワルヨノゥ、と言伝るのがしきたりと、ダイゴ様の記憶から知りました。お受け取りくださいませ』
ふたりと調理スキルは席についた。各自の手にはスイートポテトが。賄賂は正しい手順で使われたのだ。
「なるほど、精霊様はダイゴさんの代弁という感じなのですね」
『水神様の事情でもありまして、ダイゴ様にはゆるりと過ごして頂きたいのです』
水神の名前がでた瞬間、リャングランダリは何か納得した様な顔をした。
「水神様は、直接手を下すことはされないのですか?」
『それを話すことは禁忌にあたるので、この場では発言できません』
「難しいことはわからないけど、もぐもぐ、ダイゴさんはギルドには連れて行かないってことなのかな?」
ベンジャルヒキリはすでに3つ目を食べていた。まだまだ手は止まらない。
『ええ、全ては水神様の所業としていただきたく。これは水神様も知っておられますので、問題は御座いません』
「それならば、スケルトンキングを倒したのも水神様の教会を復活させるのに邪魔だった、で勝手に話は進みそうですわね」
『そう流れてもらえると、ダイゴ様の存在を隠せますので大変助かります』
人型の女性はまたぺこりと頭を下げた。
『おふたりにはお願いも御座いまして……ダイゴ様は、いわゆる一般的な常識を持ち合わせておりません。お持ちなのは特殊な環境下での知識です。たとえばこのスイートポテトなどですが』
人型の女性はスイートポテトをつまんでひと口かじった。
『わたくしはこのようなお菓子を見たことは御座いませんでした。ダイゴ様はこのような知識をお持ちなのです』
「わたしも初めて食べましたね。大変おいしくって手が止まらないですわ」
「ね、いくらでも食べられちゃうね!」
ふたりはパクパクさんと化していた。
『そんなダイゴ様ですが、あの方がやりたいことに対して適切に案内できる補助がいないのです。わたくしは調理スキルとして認識されておりますし、なにより精霊体であるために実体があるわけではないのです』
実体がなくても食べられるのだがそこには触れない。
「じゃあ、あたしが一緒にいるよ!」
「ベッキー、安請け合いはダメだと!」
「えー、だってー、ダイゴさんと一緒にいるとおいしいものが食べられるよ!」
ベンジャルヒキリの目がランランと輝いている。
「それはそうですが……わたしたちは3級ハンターでしかないのですよ?」
精霊の求める案内とはおそらく護衛も含んでいるのだ。護衛ならぶちこがいるのだがあくまで犬扱いであり、巨躯のために入れる場所も限られる。望まれるのは人型だ。
『僭越ながら、お受けしていただけるならわたくしの加護をお付けいたします。水神様の加護には程遠いものでしかありませんが。また金銭等の配慮も可能です』
人型の女性はプッシュを強めた。ここが踏ん張りどころとの判断だ。
「ダイゴさんはぶちこちゃんの食事代を稼がなければと焦っておられますが、水神様の配慮はないのですか?」
『そこは水神様の真意も御座いまして、直接金銭をお渡しすることはできないのです』
人型の女性は申し訳なさげにそういった。実際には水神のミスなのだがそこは上司を立てねばならない。
「なるほど、だから薬草なのですね」
『えぇ、そうなのです。水神様が用意したものが高価すぎてどうしたものかと苦慮しておりまして……例えば世界樹の苗および木板、各種薬草類とその種、万能の霊薬に蘇生薬、無限水袋、水神様の鱗、古代禁呪の書、竜殺しの美酒、未来視の水晶、傾国の指輪……』
人型の女性がポンポンと羅列していったものを聞くふたりの顔色が悪くなっていく。あるとはされているがほぼ言い伝えにしか出てこないものばかりだった。
「世界樹の木板はまだ許容できるとしても……さすがに万能の霊薬や蘇生薬は、戦争につながってしまいそうですわね」
「うわー、伝説でしかないと思ってた!」
ふたりはダイゴが作ったテーブルを見ていた。いま自分たちがスイーツを食べているこのテーブルだ。
これも世界樹の木板で作られている伝説級のテーブルだった。特殊効果は、テーブルの上にのせたものは劣化しない、というものだ。テーブルに乗っていれば不老不死になれる。値付けなど不可能だ。
そんなことは二人はもちろん、ダイゴも知らない。
「確かに、売るには危険すぎますわね。オババのところに持っていく薬草が可愛く感じられますわ」
リャングランダリは深く、それは深くため息をついた。
「このままだとダイゴさんは苦労しかしませんわね」
「わー、大変そー」
『ですので、ダイゴ様をお助け頂きたいのです。そのための助力は惜しみません』
人型の女性はふたりを交互に見た。お願いすると同時に圧もかけていた。
「選択肢の余地はないようですわね」
「やったね、ダイゴさんと一緒だ!」
リャングランダリは諦めに天を仰ぎ、ベンジャルヒキリは万歳をした。
『よろしくお願いいたします。ささやかですがわたくしからは加護をお渡しいたします』
人型の女性の言葉とともに、ベンジャルヒキリとリーリの左手首が輝いた。
「わっ、腕輪が現れたよ!」
ベンジャルヒキリが青く透明な腕輪がはまった左腕を掲げている。
『精霊の腕輪です。身を守る力がかかっておりますのと、かなりの量の収納ができるようになっております。必要なものを教えていただければ、そこに用意いたします。差し当たっては、貨幣を入れておきました』
加護としては対物理衝撃半減、絶対耐火、精神防御に合わせて腕輪としては無限収納とあきれてしまうほどの性能だ。当座の路銀として30万ペーネが入っていた。
リャングランダリはすっかり遠い目をしている。
『腕輪を通してわたくしとダイゴ様の会話も聞くことが可能になって御座います。他愛のない会話が多いのですが、ダイゴ様が何を考えているのかの参考になれば、と』
「加護に収納に念話までですか……左腕が伝説級の高価なものになってしまいそうですわ」
「わ、すっごい、これであたしも、自分の装備を保管できるね! いつもリーリに預かってもらってって悪いなーって思ってたんだ!」
ベンジャルヒキリは嬉しそうに盾と棍棒を入れたり出したりを繰り返している。
「気にすることなんてありませんのに」
「えー、気にしちゃうよー!」
そんなふたりの掛け合いに人型の女性は、憧れの眼差しを向けていた。
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「ことろで、ダイゴさんっていくつなんだろ? あたしよりは年上っぽいよね!」
「そうですね、見た感じ成年はしているようですが」
『30歳であると聞いております』
「やっぱり年上だ! でも30歳よりは若く見えるね!」
「……わたしに歳のことは聞かないでください」
『あら、わたくしはすでに千年以上は存在しておりますよ。種族によって寿命は異なりますし、リーリ様が心配する必要はないかと存じますが』
「「千年……」」
『生きていたころの矜持ですが、女は度胸、です。あと、退かぬ!!媚びぬ!!省みぬ!!も御座いましたね。悔いのないように楽しむのが一番です』
「調理スキルさんもいろいろあったんだねー」
『ふふ、もう昔のことですけどね』
女子会の夜は更けていく。




