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幕間四 夜の女子会(前)

 廃墟コルキュルにある水神教会。

 それは、かつての魔法大暴走で破壊の限りを尽くされ、土台を残し朽ち果てるのを待つしかなかったが、大悟のスキルで建てたばかりの様相を呈していた。

 リャングランダリとベンジャルヒキリはその真新しい水神教会を今夜の寝床としてすっかりくつろいでいた。コルキュル巡回の依頼で野宿の予定だったが大悟からの提案で教会内で泊まることにしたのだ。


「あー満腹だー! 夕食もおいしかったね!」


 ベンジャルヒキリは満ち足りたお腹をさすっていた。


「お昼だけではなく夕食まで……さらに伯母に持っていくお菓子のおすそ分けまでいただいてしまいましたね」


 リャングランダリも食べすぎたのか、少し苦しそうにしている。


「焼き菓子も美味しかったね!」

「クッキーはわかるのですが、芋があんなに甘くなるなんて……」

「パサついて食べにくいなーって印象だったお芋がね! あんなにしっとりウマウマになるなんて、知らなかったよ!」


 ベンジャルヒキリは思い出しのよだれを垂らしていた。


「あれならばオババも納得でしょう」


 明日、アジレラの薬師であるリャングランダリの伯母、通称オババを訪ねるのである。オババは武闘派で、体が細い大悟を見てなにをいい出すかわからず、そこが不安だった。

 ただ伯母にも弱点はあり、それが甘いものだった。

 調理スキルを持つ大悟なら懐柔できそうだという打算もあり、オババの元を訪ねても大丈夫だろうと考えたのだ。


「オババも甘いもの大好きだもんねー」

「甘いものを嫌いなエルフは存在しませんもの」


 リャングランダリもうっとりと芋の甘味の味を反芻していた。なんだかんだリャングランダリも甘いものには弱かった。

 大悟が作ったのはサツマイモのスイートポテトだ。

 出発したその日に到着はできず、作ってから時間が経つために生菓子は諦め、地味ではあるがしっとりとした感触がたまらないスイートポテトにしたのだ。卵液をたっぷり塗られたそれは、見た目にも美しく、調理スキルも満足の仕上がりとなっていた。

 クッキーは、芋が口に合わなかった時の保険である。


「明日も食べられるかな? かな!」

貴女ベッキーはそればかりですわね」


 ふふっと笑うリャングランダリ。もちろん彼女も期待はしている。

 彼はお人好しの様だし、と勝算は高い。


「やー、屋根があるっていいね! 星空が見えないけど、それ以上の快適さがあるし!」

「本当ですわ。砂も来ないし、結界まではってあってスケルトンも入ってこれないなんて……」

「治療も修理も調理もできて結界まで! ダイゴさん、凄すぎだよね!」


 ベンジャルヒキリは自慢の盾を手に持ち、布で拭き始めた。大悟が直した盾は買った時よりも傷が消えており、新品同様になっていた。磨き甲斐があるとベンジャルヒキリは喜んでいる。


「これ高かったんだもん、壊れたら泣いちゃうよ」


 ベンジャルヒキリは3級ハンターで、一人前とはいえ稼ぎは多くない。ハンター業に慣れただけ、ともいえるのだ。

 装備は生存確率を上げる大事な命を預ける相棒であり、だからこそ少ない稼ぎのほとんどを費やすのだ。

 強くなり、装備の痛みも少なくなってこそ本当の一人前だ。

 ふたりはまだまだ駆けだしなのだと痛感させられている。


「直ってよかったですわね」


 そう答えたリャングランダリは教会奥の、先に寝るといった大悟が消えた鉄扉を見た。あの壁の向こうには部屋らしきものが見えていた。

 試しにリャングランダリが開けようとしたが開かなかった。その後、外に出て壁の向こう、つまり裏の井戸に向かった。壁の向こうは外であり、扉の姿はない。

 ではあの扉はどこに繋がっているのか。


「……あの扉の上には、聖なる山と書かれていますわ」


 リャングランダリはつぶやいた。

 すべての水の故郷、水神様の住まう山。

 治療スキルに結界スキル。そういえば浄化スキルも使っていた。この能力を持った人物(聖女)を、リャングランダリは知識として知っていた。

 だが確証はない。そうだとしたらどうだというのか。未熟な自分たちが知ったところでなにもできない。

 違うかもしれない。彼が悪意を隠しているとしたら。


「私たちには荷が重すぎて、考えても無駄ですわね」

「そーだよねー。スケルトンキングのことは報告しなきゃだよねー」


 リャングランダリの独り言にベンジャルヒキリが応じてきた。


「え、えぇ、ギルドに報告する義務がありますが、私たちの言葉を信用してもらえるか、ですわね」

「でもリーリがスケルトンキングの魔石を確保したんでしょ? ならギルドで鑑定してもらえば大丈夫だよ!」

 ベンジャルヒキリはにぱっと笑った。

 そうだ、考え込む癖のある自分はこの能天気そうな笑顔にフォローされてきたのだと、リャングランダリは思い出した。


「それだけではありません。コルキュルに水が出たことと、水神教会が復活したことを報告しなければなりませんわ」

「あ、そっか! あれ、だとすると?」


 ベンジャルヒキリはあれれと首を傾げた。


「ダイゴさんについてなにかしら説明をしなければなりません。気が進まないのですが」

「えーっ、それはだめなんじゃない? だってダイゴさんはギルドに行きたくないって!」

「ですが、わたしたちではスケルトンキングを倒せません。それはギルドもわかることです。では誰が倒したのか。その説明ができませんわ」


 ぶちこがスケルトンキングを倒したのはまだ良いが、ではなぜふたりが襲われずに生きているのかをうまく説明できない。また1級討伐対象を倒すほどの魔物を放置もできない。

 ぶちこに触れればダイゴに辿り着くのだ。


「んーー、水神様に助けられた,は? 教会も水神様が直したことにしちゃおうよ!」

「……それもあり、ですわね。正直に報告してしまうと、ダイゴさんのような稀有なスキル持ちは、いいように使われてしまうでしょうし」

「恩を仇で返すのは絶対だめだよ! あたしは大反対!」


 ベンジャルヒキリが頬を大きく膨らませた。


『それは、困ります』 


 ふたりの目の前に、手のひらほどの青色の光が現れた。光は大きくなりながら形を変え、人型になった。

 シルエットだけだが、明らかに女性のが特徴を持っていた。


「ま,魔物?」


 ベンジャルヒキリは傍に置いてあった棍棒を手に取とり立ち上がる。くつろいではいるが、すぐに武器を取れるようにするのはハンターの嗜みだ。


「いえ、言葉を発したので魔物ではないでしょう。ですが安心もできませんね」


 リャングランダリもすでに立ち上がり、弓を携えていた。


『わたくしは、貴女がたに危害を加えるつもりはありません。楽しそうな話をしていたのでちょっと気になったのです』


 青い光の女性は静かに語りかけた。


「その言葉を簡単には信じられませんが」


 リャングランダリは油断なくその女性の人型を睨んだ。

 とはいえここは水神の教会で、かつ大悟が結界をはった場所。結界の力はベンジャルヒキリが棍棒で殴りつけることで試していた。棍棒は教会の扉の前で止められてしまったのだ。

 この結界に入れるのは、大悟の許可があるものか、大悟のスキルを上回る何かだと、リャングランダリは理解していた。


『そうですね、わたくしは、ダイゴ様からは調理スキルさんと呼ばれております、水神様のお傍に仕える精霊です。かつては名前もありましたが、捨てたものなので、調理スキルと呼んでいただければと』


 人型の女性は深々と頭を下げた。

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