第十九話 知らない世界
野菜スープは大変おいしかった。たまねぎが溶けかけててそれがスープを甘くしてて、そん中でじゃがいもがほろほろ崩れていくことのハーモニーたるや!
おかわりをしてしまったくらいだ。
大鍋のスープの大半はベッキーさんのお腹に消えた。何杯食べたのかは俺も数えてなかったけど、売り切れは嬉しいね。
「ごちそうさまでした」
調理スキルさんに感謝だ。
「美味しかったですわ」
「おいしかったー、まんぷくー」
ふたりも椅子に寄りかかって、満足の様子。ぶちこも満足げにしっぽを振っている。残念ながらお茶はないから水だけど。どこかに茶葉とか珈琲は売ってないかな。水神様に頼み込んだらコンビニゾーンに入れてくれるかも?
おっと考え事に没頭しすぎた。
さてデザートといきたいところだけど、ここが俺からのお願いというか相談だ。なにも腹が減ったから一緒に飯を食ったわけじゃない。ぶちこのご飯代を稼ぐ方法を模索したいんだよ。
「さて、改めて自己紹介します。俺は佐藤大吾といいます。性が佐藤で名が大吾。気軽に佐藤と呼んでください。いろいろあって、とある土地の管理をする仕事をしています。あ、ここではないところで、えっと、どこだか知りません……あと家事スキルってのを使えるみたいです。他人事のようですけど、貰い物なのですみません」
「なるほど、よくわからなかったけど、とにかくダイゴさんなんだね。えっと、人族なの?」
ベッキーさんや、よくわからないのは仕方がないけど俺は佐藤と呼んでほしいといったばかりなのですが?
ここの人は名前で呼ぶのがデフォルトなの?
それに人族?
リーリさんの耳を見ればなんとなく察せた。少なくとも俺の会社に耳が長い人はいなかった。いままで会ったことのうる人を合わせてもいないな。やっぱりそういうことなんだろう。
「人間というくくりは間違いないです」
「へー、髪が黒いし、やっぱりベルギス王国の人なの?」
ベッキーさんがぐいぐい来る。リーリさんの目も真剣だ。何か問題があるの?
「ベルギス? 王国? ではないですね」
初耳なのは本当だもの。アフリカあたりならありそうだけど。
「ほ、よかった」
ベッキーさんもリーリさんも何やら安堵の息を吐いてる。気にはなるけど聞いたら沼りそうだ。ここはスルーしておこう。
「この子がぶちこ。白黒の牛柄だからぶちこと名付けました。普通の犬の大きさだったんですよ、最初は。家の前で怪我をしてて、俺が治したり池の水を飲んだりしたら大きくなっちゃった。で懐かれたって感じで」
「わ、ぶちこちゃんも助けられた側なんだ。あたしと同じだね!」
「池! ダイゴさんの家には池がありますの?」
ベッキーさんはぶちこと同じだと嬉しそうにしているけど、リーリさんは前のめりで聞いたきた。
さっきから食いつきがいいんだけど、なにか怪しまれてるのかな。
リーリさんは最初から警戒心が強かったし。まぁ、そういう環境なんだと思えば納得ではある。
水が貴重っぽいし、それもあるのかも。うかつに話すとまずいか。
「山にある小さい池なんですけどね」
「山。山というと、どのような山なんです?」
「えっと、三方を山に囲まれてる?」
「……山に囲まれている……」
リーリさんが考え込んでしまった。
「もー、細かいことはいーじゃーん。リーリだって助けてもらったんだしー」
「そ、そうですわね。失礼しましたわ」
リーリさんが取り繕うように微笑んだ。うん、これ以上はなんかやばそうだから助かった。空気を読んでくれたのかも。
「あ、あたしはハーフドワーフで主に近接戦闘を担当する3級ハンター! お母さんが人族でお父さんがドワーフなの。力なら負けないよ!」
ベッキーさんが腕を曲げて筋肉をもりっとしてるけど、そんなに筋肉がないように見える。
ドワーフってのは、ゲームとか漫画とかに出てくるアレだろうね。それのハーフねー。
だからこその体型か。
「あ、重たい棍棒と盾を持てるのはスキルのおかげなんだけどね、ってあ! あたしの盾が壊れちゃったんだった! どうしよう、新しい盾を買うお金はないよぅ……」
明るかったベッキーさんがしょんぼりさんになってしまった。
「あの盾なら俺が直してましたよ。リーリさんが保管してます」
「えぇぇあれって、堅鋼木でできてて、砕けぬ!折れぬ!!朽ちぬ!!!って木なんだよ?」
なにその木。そんな木をどうやって加工したのよ……
「えーと、家事スキルには繕いスキルってのもありまして……」
「わ、すごい! スキルを複数持ってる人は少ないんだよ!」
ベッキーさんの目がキラキラしてる。でもこれは頂き物だからね。自慢するものじゃないのよね。
「スキルは、持ってない人の方が多くて、でもたまにはえてくるんだよ!」
「生えてくるて、そんな雑草みたいに」
訓練してるとスキルがもらえるとか努力が実る形なら、いいんだけど。どうなんだろう。
「治癒に修理に調理に、先ほどは清浄まで……」
「もー、リーリは疑いすぎー」
「わ、わたしは疑っているのではなく、その、お持ちのスキルに統一性を感じただけですわ」
「さあさあ、あたしは終わったんだからリーリの番だよ!」
ベッキーさんに指摘されてしまったという顔のリーリさん。
長めの金髪に綺麗な顔の長身スレンダーさん。モデルさんみたいだ。神はいくつのものを与えたのだ。
「先ほども申しましたが3級ハンターのリーリですわ。見ての通りエルフです。弓を使いますわ。あと少々の魔法を。歳は聞かないでくださいまし」
リーリさん、笑顔だけど圧がある。特に『歳』の言葉のあたり、語気が強かったし。
あとやはりエルフさんだった。俺よりも背が高いのは羨ましい。
「魔法が使えるんですね、良いなあ」
「風の魔法だけですが」
苦笑いでリーリさんは椅子に腰掛けた。
「さて、実はここらからが俺のお願いというか相談がありまして、ちょっと話を聞いてほしいんですよ。あいや、ふたりを襲おうとかありません、俺がボコボコにされるだけなので!」
デスクワーカーが腕力で勝てるわけがない。
デザートのりんごとみかんを調理スキルさんに割ってもらう。りんごは種も切り取られた。さすが調理スキルさん、気が回る。
「わ、りんごが勝手に切れたよ!」
「これがダイゴさんの調理スキルなのですわ」
「すごーい!!」
ベッキーさんに拍手をされた。スキルを褒められても……そうか、褒められたら調理スキルさんに感謝すれば罪悪感も減るかな。お供えも増やそう。
「それで相談なのですが……」
「あたしたちで聞けるものなら、なんでも!」
「ベッキー、安請け合いはダメだといつも言っていますわ!」
うん、ベッキーさんはそーゆー性格よね。予想通りだ。
「俺があまりにも知らないことだらけで、とりあえずこの辺りのこととか聞きたいのと、あと、ぶちこの食事代を稼がなきゃならなくて。で、薬草くらいならあるのでどこか売れる店でもあれば教えてほしくて」
りんごとみかんを皿に乗せ、ふたりの前に置く。所謂、賄賂である。
あとぶちこ、そんなにショックを受けなくていいから。お金はなんとかするから。しっぽがしんなりしちゃってるから。
「薬草くらい、ですか……」
あら、リーリさんの眉間にしわが。




