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第十七話 水のつながり

 ひとしきり騒いだリーリさんが戻ってきた。


「申し訳ありません、水が戻っていたことが嬉しくてついはしゃいでしまいましたわ」


 リーリさんは頬を赤くしてちょっと恥ずかしそうだ。派手にキャーキャー騒いでたからねぇ。


「ギルドに行ったら水のことを報告しなくては。これは大事件ですわ」


 リーリさんが両手をぎゅっと握っている。よほどのことだった様子。

 気を取り直して歩き始めた。俺はぶちこに運ばれてるけどね。


「そういえば、直した教会の裏にあった井戸も水が出るようになってたなー」

「そうなのですか!? こちらの方向だと、行く先はコルキュルの西にある教会でしょうか」

「あ、方角とか全然なんでわからないんですけどね」


 西に向かってるんだ。土地勘というか方角がさっぱりだ。


「わたしも詳しくはないのですけど、西のはずれにある教会というと、水神様を祀る教会ですわ」


 あ、調理スキルさんも水神様を祀ってあるっていってたな。


「神様はたくさんおられますが、どの神様を信奉するかは自由ですわ。わたしは風神様を信奉しておりますの」


 リーリさんが胸のプロテクターの下に隠れていたペンダントを取り出した。丸の中に何か文字が刻まれているメダルのようなものだ。なんて書いてあるかはわからないけど風にまつわる言葉なんだろうか。


「確かに建物の姿が見えます!」

「あー、結構遠くから見えるんだなあ」


 俺とリーリさんはほぼ同時に言葉を発した。遠くに青い屋根が見えたんだけど、あれは目立つな。


「緑が、草が生えてますわ!」


 リーリさんが叫びながら駆け出した。まぁ確かに教会の周りには草も木も生えてるし、何なら畑もあるけど。


「すごいすごいすごい!」


 リーリさんが雄たけびを上げながら草の上でゴロゴロ転がってる。

 ちょっと俺氏ドン引きです。

 水で興奮した次は草で大興奮だ。教会の周囲のりんごの木とか見たらどうなっちゃうんだろう。


「……落ち着くまで待とうか」


 待つこと5分。リーリさんが正気に戻った。


「またも我を見失ってしまい、謝罪の言葉もありません」


 しょんぼりしちゃってるリーリさんに「まぁまぁ、落ち着いたようでよかったですよ」と声をかけるのが精いっぱいだった。

 そこからすぐ教会に到着した。


「……アジレラにある水の教会と同じですわ! しかも真新しくてピカピカです!」


 リーリさんが目を丸くして教会を眺めている。何もなかったはずの場所に真新しい建物があればね。しかも疑ってたろうし。

 なんにせよ俺の疑いも少しは晴れたでしょ。


「直したばっかりですからねー」

「しかも、木まで生えて! あそこは畑ですか! すごいすごい!」


 リーリさんが教会の周囲を見て目をキラキラさせてる。そんなに植物が好きなんだろうか。

 それとも珍しいのか。なんとなく、両方な気がする。


 正面扉を開いてぶちこに咥えられつつ中に入る。ステンドグラス越しに差し込む陽はあるけどひんやりしてて汗がすっと引いていく感じだ。教会の奥の、俺が作ったテーブル近くまで来た。


「ぶちこ、そろそろ降ろしてくれる?」


 ここからならハイハイでもいいでしょ。情けないけど。

 そっと降ろしてもらう。う、パーカーがよだれでべとべとだ。清掃スキルでキレイにしておこう。


「お、立てるぞ」


 膝が仕事をしてくれてる。背を反らしてうーんと伸ばすとメキメキと腰が悲鳴を。まだ30歳なんだけどな。運動不足ってやつか。


「すみません、水知らせの草が生えていたので、つい見に行ってしまいました」


 ちょっと興奮気味のリーリさんが入ってきた。躊躇なく入ってきたあたり、警戒は二の次になったんだろうか。その方が俺としては話を聞きやすくっていいんだけど。


「水知らせの草ってなんです?」

「ほんの少しの湿り気でも育つ草で、その草が生えている地下には水がある可能性が高いのです。井戸を設置可能な目安になっているのですわ」


 よく見れば彼女の手には何かの草がある。もぎっちゃったか。


「……つい嬉しくて、取ってしまいました」


 ちょっと恥ずかしそうなリーリさん。バッチグーです可愛いです。食いしん坊なベッキーさんとはいいペアなのかも。


「井戸があって草も木も生えてて畑すらあって、しかも教会の中は空気が澄んでいて綺麗で、素敵です! ステンドグラスもしっかりついてますわ」


 リーリさんが絶賛してくれてる。スキルが直したんですけどね。


「中の椅子とかまでは直せないので、テーブルだけ作りました。えっとベッキーさんを降ろしたいのですが。俺が触れるのはマズいでしょう」

「あら、ダイゴさんは紳士なのですね」

「身の程をわきまえてるだけですー」


 セクハラとか御免ですよ。あと俺がベッキーさんを持ち上げられない可能性が高いので。ひ弱ですみません。

 リーリさんが紐をほどいてベッキーさんを解放する。テーブルから少し離れたところに寝かせてもらった。床に直接だけど汚れてないし、いいよね。


「ここは静謐で、なんだか神聖な感じがしますわ。アジレラの風神教会は、こうではありませんでした。風神様が気まぐれなのはありますけど」


 ベッキーさんを寝かせ、壁から屋根から眺めていたリーリさんの視線が、奥の鉄扉脇の神棚に固定された。


「……小さな家、ですか?」

「神棚っていう、水神様を祀るための社です」

「水神様の教会の中にお社ですか?」

「直しはしましたけどご神体もないので、じゃあ代わりにってことで。あとお供えのために」

「お供え、ですか?」

「えぇ、家事スキルの中にある調理スキルさんと管理地にある水神様のお社には食事をお供えしてるんですよ。備えた食事が知らぬ間に消えてるんですよね」


――ゴゴゴゴゴ。


 唸るような重低音が教会に響いた。音が聞こえたほうを見ると、そこにはぶちこが静かにお座りしていた。


「……もしかして、お腹すいた?」

「わふわふわふ」


 ぶちこが激しくヘドバンしている。


「そろそろ昼だったか。ぶちこの肉を用意と、あぁっとリーリさんも食べます、よね?」

「わたしもよろしいのですか?」

「俺の昼食も用意するので一緒に作っちゃいます。それとベッキーさんって、結構食べますよね?」

「ふふ、ベッキーはそれはもうたくさん食べますわ。食事の匂いで起きてくるような気がします」


 リーリさんがにっこり笑った。

 あぁ、やっぱりベッキーさんは腹ペ娘だった。予想は当たりだ。


「ってことは、かなり多めに作らないと、あ、椅子に座っててください。水しかありませんが持ってきますねー。ぶちこはそこでステイね」


 俺しか使わないから椅子が1個しかない。あとふたつ持ってこないと。いそいそと鉄扉をくぐって家に戻る。


「えっと何がいいかな。腹持ちがいいのがよさそうだから米は確定。具沢山スープにしようか」


 コンビニゾーンからばばばっと食材を取り出すと大きな鍋が出てきた。鍋に食材をどんどん入れ込んでいく。ぶちこの肉も忘れずに!

 あぁ、魔法鞄がほしい。水袋はあるけど水しか入れられないし。

 先に鍋と食材を教会に持ち込んでテーブルに載せる。大きな鍋を持っていたのでリーリさんが驚いてる。


「な、なんで鍋を?」

「調理スキルで作っていくのでここで調理します」

「調理スキル?」


 ぶちこ用肉を炒めるのにフライパンが出てくる。最近だと2キロは食べるからデカイフライパンだ。フライパンに油と肉を投入して着火と念じる。

 鍋から食材を取り出していればジュージュー肉が焼けてきた。レアくらいでひっくり返す。


「ななななんでどこからともなくフライパンが出てくるのですか? どうして火もないのに肉が焼けるのですか??」


 リーリさんがテーブルをバンと叩いて立ち上がった。

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