第十六話 ぶちこは強いらしい
「ダイゴさんはハンターをご存じありませんの?」
リーリさんは幽霊でも見るような目で俺を見てくる。え、そんな一般常識的な職業なの?
「何かを狩る人たちだってのは何となーく」
ちょっとリーリさん、そんな可哀そうなものを見る視線はやめて!
「……では、歩きながらでも説明いたしますわ。その前にベッキーを乗せませんと」
リーリさんはベッキーさんの肩と足裏に腕をさし組むと一気に持ち上げてしまった。
あら、俺よりも力がありませんこと?
「ぶちこちゃん、失礼いたしますね」
リーリさんは、ややぽちゃりなベッキーさんを軽々と運び、伏せているぶちこの背に乗せてしまった。仰向けはさすがに、ということでうつ伏せに寝かせる。
「念のため、ひもで縛っておきましょうか。ぶちこちゃんは揺らさないと思いますが」
リーリさんが腰の魔法鞄からひもを取り出してベッキーさんの背中にひもを回した時、ぶちこが少し立ち上がった。おかげでひもがすんなり通せたようだ。
「ふふ、ありがとうございます。ぶちこちゃんは本当に賢いのですね」
リーリさんがぶちこの背中を撫でてる。
ぶちこは、犬とは思えない賢さっぷりだ。賢さのパラメーターがあったらすごいことになってるんじゃ。
「はい、これでベッキーも落ちないでしょう」
「ふひゅひゅ、食べほうだーいひょひょひょ」
ぶちこの背に乗せられているベッキーさんが寝言をこぼした。この子は腹ペ娘属性だな。間違いない。起きたらお腹すいたーって叫びそう。
「あらあら、ベッキーは素敵な夢を見ているようですわね」
きゅっきゅっとひもを縛ったリーリさんは「ふぅ」と額を手の甲で拭った。その顔は安堵からか、うっすら微笑んでもいる。
「さて、そろそろ俺の膝のガクブルも回復してるは……ずはなかった」
俺の体さんが貧弱で泣きそうです。女の子のリーリさんにも力では勝てそうにないのに。
ハンターって職業だからなんかな。俺みたいに何かスキルがあるのかもしれない。その辺も聞きたいなぁ。
ってか、ようやく人と話ができるってんだから色々情報を得ないとさ。
さしあたっては薬草を売るとこはないかを聞きたいな。おぜぜを稼がないとぶちこのご飯代が無くなってしまう。
あの畑での育ち方からすると、かなりの量を栽培できそうだし、安くてもなんとかなるかな。
情報の対価は……うーん、お金はないしなぁ。どうしよう、先立つものがないや。
まぁ、後で考えよう!
「さて、俺が立てないと話にならないんだけど……おろ?」
いまだ役に立たない俺の膝を見限ったのか、ぶちこが静かに立ち上がって俺の前でぐぁーっと口を開けた。
あ、また咥えられちゃうんだ、ごめんね役に立たなくって。
ぶちこにパクっと甘噛みされて持ち上げられた。
「なんだろう、またも咥えられてると尊厳とか考えちゃうな」
「……先ほどはその姿勢でここまで来られたのですか? あいえ、助けていただいたことには大変感謝しておりますわ」
「はははは……」
この廃墟よりも乾いた笑いしか出ないや。
「まぁ、のんびり行きましょうか」
3人と1匹は廃墟を歩き出した。教会の場所は、ぶちこが知ってるでしょ!
この廃墟コルキュルの大通りと思われる、比較的幅の広い道を歩いている。見通しが良いはずなのに教会が見えない。どれだけ離れてたんだろう。
「ちょっと聞きたかったんですけど、この廃墟にはなぜ来てるんです? 何にもないと思いますけどって、俺もなぜかいるんですけどね!」
「実は突然スケルトンキングに襲われて、ベッキーが大怪我で倒れてもう助からないと絶望したときに、ぶちこちゃんに助けていただきまして」
「ぶちこが助けた? スケルトンキング?」
いやいや、ぶちこは大きいけどワンコだよ?ってスケルトンてなんなのよ。
「ええ、ぶちこちゃんの体当たりでスケルトンキングは砕けてしまいましたスケルトンキングは大量のスケルトンを統率できる凶悪な個体で、1級討伐対象のモンスターなのです。本来なら複数の1級ハンターで相対すべきなのですが、ぶちこちゃんはとても強いのですわ」
いやいやいや。情報が多い。よくわからない。
「あの、俺はそもそもスケルトンがいることがよく理解できないんですよ。知らないことだらけですみません」
「そうなのですね」
リーリさんはそういって右手の人差し指をあごにあてた。
「何からご説明いたしましょう」
「全部でお願いします!」
この際聞けるだけ聞いてしまえ。
「この廃墟は、もともとは魔法使いが集う都市だったのです。多くの魔法使いが新しい魔法の開発を競い合っていたらしいのです」
「最先端都市!」
「ええ、人口も当時で2万を超えていたと記録には残っているようです」
そんな都市が廃墟になるっていうと。まあ予想はつく。
「およそ100年前、開発していた魔法が暴走し、1日でコルキュルは滅亡したと、伝えられています」
「100年前かー。この廃墟っぷりもわかるなぁ」
風化もすごいし。砂漠に埋もれた、忘れられた都市って感じだもんな。
「ええ、ですので、風が凌げる場所と聞いて疑問に思ってしまいました」
「いやいや、俺も理解できました。そんな前に都市がダメになってたら建物なんか残ってないはずだ」
「それに、わたしとベッキーは定期的にここを巡回して湧き出てくるスケルトンを駆逐する依頼を受けてまして、隅々まで知っていましたの」
「え、スケルトンが湧き出るって、そのスケルトンは……」
「えぇ、コルキュルに住んでいた人々ですわ」
うわぁ、やっぱり。日本ならお化けか幽霊ってとこだろうね。
しかし、定期的に巡回する依頼か。もちろんお金が貰えるんだろうけど俺じゃ無理だな。
「放置しているとスケルトンが都市の外に出て、街道を行く人たちを襲ったりするので、領主が依頼主でギルドから依頼がでるんです」
む、またもちょっと情報が多いな。
領主?
ギルド?
俺の知らない世界だ。まあ物理法則先生が殴り倒されてるから然もありなんか。
「あ、でも何日か前からここでぶちこを自由に走らせてたんだけど、スケルトン?なんか見なかったですね」
「ぶちこちゃんはとても強いので、走り回っているうちに倒していたのでは? わたしが助けてもらった時も、私たちを囲むスケルトンの軍団を蹴散らしながら来てくれましたので」
「うーん、ぶちこそうなの?って、頷かれると俺が振り回されるのでやめてーーーわかったからぁぁぁ」
グワングワン揺すられて俺のボディが絶叫してる。ぶちこに話を振るのはやめておこう。俺が死ぬ。
スケルトンがうろうろしてるんじゃここにくるのも危険かなぁ。でも、あそこにしかいれないと、そのうち飽きてきちゃうだろうし。
「あら……な、なんで……」
リーリさんが立ち止まった。廃墟の中の何かをじっと見てる。
「なぜ、井戸に水が!」
そう叫んだリーリさんが走り出した。少し先に崩れた井戸の跡があり、リーリさんはそこで止まり井戸を覗き込んでいる。
「水が、水が戻ってきてる! 数十年前に枯れてしまっていたのに」
リーリさんは井戸に手を入れ水を掬って興奮気味だ。ばっしゃーんて水を空に放り投げて自分で浴びてる。
「そういや教会の裏の井戸も水が湧いてたっけ」
地下水が復活したってことなのかな。よく知らないけど。




