幕間三 ふたりのハンター
別登場人物の三人称視点です。
その大陸には、100年ほど前に開発中の魔法の暴走で滅亡した都市があった。その廃墟の名をコルキュルという。
そこには犠牲になったであろうかつての住人が、スケルトンという骨の魔物となって行き場を求めるように彷徨っていた。
ハンターという者たちが、その哀れな犠牲者が廃墟となった都市から出てこないように間引きをしていた。
ベンジャルヒキリとリャングランダリは、ハンターギルドからの定期依頼としてコルキュルを訪れていた。
「相変わらず、砂ばっかりだね!」
ベンジャルヒキリは暴れている赤い癖っ毛をかき上げ、木でできたヘルメットのような兜を押し込んだ。
背丈は子供よりは大きいくらいの、ハーフドワーフだ。ポやんとした顔立ちとぽっちゃりとした体形の18歳の女の子で、木の盾と身の丈以上の木の棍棒を持って辟易した顔をしている。
「何度来ても、良いところを探せない廃墟ですわね」
リャングランダリは顎に人差し指を当てふうとため息をついた。リャングランダリはエルフという耳が長く、長命な種族だ。ほっそりとした顔のスレンダー美人で、長い金髪を腰あたりで軽くまとめ、弓を左手に持っている。
砂が乾燥した風に舞う中、ふたりとも革製のボディーアマーをつけ、廃墟に足を踏み入れた。
「うーん、なんだかちょっと違う? いつもはもっとじゃりっとするんだけど、今日はそれが少ないね!」
「空気がそれほど乾燥していない感じですわね」
首を傾げたベンジャルヒキリにリャングランダリも同意する。
彼女らはここ廃墟に何度も足を運んでいる、ハンターのペアだ。等級は3。ハンターとしてはようやく一人前で、ここから上に上がれるかは本人の能力次第なところで足踏みをしていた。
「とにかく、いつもの巡回ルートを行きましょう」
「だね!」
違和感を感じつつもふたりはギルドで定められた廃墟の道を進む。
歩いてすぐにふたりの前方の砂が盛り上がり、地中から白い骸骨が起き上がってきた。
骸骨の魔物スケルトンだ。
「今日は、早いね!」
ベンジャルヒキリは左手の盾を前に出し、リャングランダリの前に出た。
地面から這い出たスケルトンの向こうでふたつの砂が盛り上がった。
「後方に更に2体! 奥はわたしが!」
「前のは、あたしがやるよ!」
ベンジャルヒキリは盾を前に出したまま前方の骸骨に突貫した。身の丈を超える棍棒を軽々と振り上げ、スケルトンに振り下ろした。
ゴシャという骨が砕ける音で、スケルトンの上半身が吹き飛んだ。
「風よ、あれらの足を縛って」
リャングランダリが弓に矢をつがえながら、何かを唱えた。すると、後方に出現した骸骨の両足がピタとくっつき、その場で転倒した。
「えーい!」
ベンジャルヒキリは気の抜けた雄たけびで跳躍し、振り上げた棍棒を転んだスケルトンの片方に振り下ろす。
「はっ!」
リャングランダリが放った矢が残ったスケルトンの頭蓋を貫くと、骸骨は立ち上がることなく砂に消えた。
「ふぅ、いきなり複数ってのは初めてだね」
ベンジャルヒキリは砂の上に落ちた赤い小さな石を拾った。魔石と呼ばれる石で、魔物の生命を司るもののひとつといわれているものだ。
「風がやや湿気を帯びています。なにか異変が起きた可能性もありますね」
「えー、どうしよう」
「ベッキー、それを調査して報告するものハンターの仕事ですわ」
「リーリは、真面目だー!」
ふたりは言いあいながらも、巡回ルートを進んでいく。廃墟の外側を回りつつ、螺旋を描いて中心部に向かうルートだ。
1回目の遭遇の後はまだ骸骨は出てきていない。
「どうも、西の方の空気が湿り気が強いですわね。風がそう言ってますわ」
リャングランダリが西の方角を見ている。ベンジャルヒキリには砂が舞っているだけの、いつもの廃墟にしか見えていない。
「西? じゃあそっちに行く?」
「……先に予定のルートを調べてからですわね」
「じゃあ、先を急ご!」
ベンジャルヒキリが足を踏み出した瞬間、周囲の砂が一気に盛り上がった。数は数十を超える。
「な、なにこれ!」
「多すぎますわ!」
ベンジャルヒキリとリャングランダリは武器を構えるも、顔には怯えしかない。
ふたりを取り囲むように、骸骨の群れが地中から姿を現していた。すべてのスケルトンはふたりを視界にとらえ、一歩一歩囲みを小さくしていく。ふたりの顔に絶望がのぞきだす。
「いったん退避!」
「あたしが道を作るよ! リーリはついてきて!」
ベンジャルヒキリが盾を構え、スケルトンの群れに突貫した。
「じゃまー!」
ベンジャルヒキリが木の盾で一番近い顎骨を吹き飛ばし、右手の棍棒を振り回して周囲の骸骨を粉砕してスペースを確保する。
リャングランダリは風魔法と唱えるが、転倒させられたのは数体だけで、その転んだスケルトンも、押し寄せる仲間に踏みつぶされた。
悔しそうなかのリャングランダリがベンジャルヒキリの後に続く。
「わたしの風魔法では範囲が狭すぎますわね」
スケルトンで覆いつくされた白い大地を、ベンジャルヒキリとリャングランダリが駆けるが骸骨の群れの切れ目が見当たらない。
「スケルトン、何体いるの!?」
「まさか、軍団!? これはマズいですわ!」
リャングランダリが叫んだ瞬間、ひと際巨大な砂の塊が地中から立ち上がった。
ふたりの眼前に、身長10メートルほどの巨大な骸骨が立ちはだかる。4本ある腕を広げ、暗い眼窩でふたりを見下ろしていた。
「ま、まさか王!」
「ふぇぇ、スケルトンキング!? 」
驚愕でふたりの足が止まってしまった。
「スケルトンキング……1級討伐対象がなぜコルキュルに!?」
魔物と呼ばれる存在は等級で区別されている。討伐可能なハンターの階級を元に強さで判断され、ハンターは自らの等級以上の魔物の討伐は禁止されている。ハンターの無駄死にを防ぐためだ。
ふたりは3級ハンターであり、1級討伐対象の王が相手では、なにがあっても勝ち目はないほどに強さがかけ離れていた。
スケルトンキングの眼窩が赤く染まり、虚ろな口窩から咆哮が放たれる。
「まずいですわ……」
「ッ、くる!」
スケルトンキングが腕を振り上げる、ベンジャルヒキリが左手の木の盾を引き寄せ、肩にあてる。彼の腕が盾に吸い込まれるように伸び、木の盾を貫き、ベンジャルヒキリの腹部に突き刺さった。スケルトンキングは腕にベンジャルヒキリを刺したままその腕を振った。ベンジャルヒキリが放り投げられ、スケルトンの群れに消えた。
「ベッキー!」
リャングランダリが彼女のとんだ方向に叫ぶと同時に自らも大きく飛びのいた。いまリャングランダリがいたところにスケルトンキングの腕が刺さった。そしてまた別の腕が振るわれ、彼女に迫っていた。
「ベッキー!」
リャングランダリは死を覚悟したが、口から出たのはペアを組む相方の名だった。
「わっっっっふぅぅぅぅ!」
遠くから犬の遠吠えが聞こえた、気がした。スケルトンキングの頭蓋骨がその声に向く。
ガガガガと骨を砕く音と数多の骨の破片を引きつれ、それは現れた。
白地に黒のぶち模様の巨大な犬。スケルトンキングよりは小さいものの常軌を超えたサイズのたれ耳の犬だった。
「く、王の他にも……」
リャングランダリにとって絶望が増えただけだった。
その犬はスケルトンキングを認めるとひとつ吠えた
「わふぅ!」
砂煙を上げて地面を蹴ったその巨大な犬はその勢いのままスケルトンキングに体当たりし、爆散させた。巨大な骸骨は砕け散り、骨の破片となって砂に転がった。
「スケルトンキングを体当たりで!?」
リャングランダリは身を守ることを忘れ、立ち尽くした。眼前で起きていたが、1級討伐対象のスケルトンキングがただの体当たりで砕け散ったのを信じられなかったのだ。
「わふぅ?」
巨大な犬は倒れているベンジャルヒキリに気がつき近づこうとする。
「……ベッキー!」
リャングランダリは駆けだした。転びそうになりながらも犬よりも先に倒れているベンジャルヒキリに覆いかぶさった。ベンジャルヒキリの腹からは血がとめどなく流れて砂を染めていく。
「ベッキー、起きてください! あぁ、ポーションがあればこれくらいの傷なら治るのに!」
リャングランダリの目からはぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。彼女にはベンジャルヒキリの命の灯が消えそうなのがわかってしまう。どんどん砂に消えていく赤い血。リャングランダリは砂だらけになりながらベンジャルヒキリに縋りついていた。
その様子を、巨大な犬が見ていた。
「わふ!」
犬は大きく頷くと、向きを変え駆けだした。




