閑話二十九 ぶちこのけじめ
少し短めですー
遺跡探索を終えた大悟らが宴会で酔いつぶれた夜更け。床で丸まっていたぶちこは静かに立った上がった。耳を澄まし、皆が寝ていることを確認すると、拠点の戸のノブに前足をかけ、器用に引き開けた。
「わふ」
行ってきますと言わんばかりに小さく吠え、ぶちこは夜の大森林に消えていく。
月明りすらも差さない闇の森の中、ぶちこは疾走する。音をたてないように大木をよけ、大森林の奥へ奥へとひた走る。途中でエンカウントした魔獣は跳ね飛ばされ爆散した。当たったことを気にする様子もなく、ぶちこは走る。
ぶちこは昼間に探索した遺跡を通り越し、さらに大森林深奥へ走る。遺跡を通り越して数分、ぶちこは周囲に群がる気配を感知していた。覚えのある、悪意に満ちた気配だ。
距離もとれたしそろそろいいかとぶちこは足に力を籠め、さらに加速した。空気を置いていく速度で加速し続けるぶちこに、周囲の気配はついていけないようで、だんだん遠くなっていく。そして正面に強大な気配を感じたあたりで足を緩めた。
周囲は大木が林立しているが、そこだけは木が生えておらず、月明かりが差し込んでいた。
正面には身の丈5メートルを超える白銀のフェンリル。周りには白い狼が固めている。ぶちこは彼らを前にお尻を地につけ「わふっ」と鳴いた。
『何をしに来たのだ、混ざりもの』
フェンリルから嘲りの言葉が吐き出される。ぶちこの半分はこのフェンリルの血が入っているのだが、そのような親しみは微塵も感じられない。
「……わふ」
ぶちこがお尻をあげると巨大化し、急発進でフェンリルに突撃した。
『やれ』
フェンリルの合図で周囲の白い狼が襲い掛かるもぶちこは難なく跳ね飛ばす。飛ばされた狼たちは大木の幹に叩きつけられ動かなくなった。
『なに!?』
フェンリルが驚愕の声を上げた瞬間、ぶちこはすでに彼の眼前まで迫っていた。
『チィ!』
ぶちこの頭突きが届く直前、白銀の姿が宙を舞う。なんとか逃げたフェンリルだったが通り過ぎるはずのぶちこが空中を走り宙返りの要領で反転、上下逆さまのまま向かってくるのを見た。
「わっふぅ!」
『ばかな!』
フェンリルは空中では身動き取れないようでぶちこの体当たりをまともにくらい、空高く跳ね飛ばされる。
『ふん、これしき』
体当たりで吹き飛ばされたフェンリルだが、頭を巡らせ、ぶちこの姿を正面に捉えた。
『消えろ』
フェンリルは咢を開くと蒼白の凍てつくブレスを吐いた。それは一直線にぶちこへと照射される。
「わふっ!」
対するぶちこも口を開き、巨大な火球を吐き出す。空中で衝突した白と赤は打ち消しあうように音もなく消滅した。
『クッ』
フェンリルは音もなく大木の枝に降り立ち、ぶちこに厳しい視線を送っている。一方ぶちこは「わふっ」っと軽く吠え、意に介さない様子だ。そのしぐさにフェンリルは忌々しげに吐き捨てる。
『昨日暴れていた人間どもに飼われているにしては強いな』
「わっふ」
ぶちこが馬鹿にするようにぺろっと舌を出すとフェンリルの毛が逆立つ。
『森に閉じ込められてる狼なんて怖くない、だと?』
「わっふっふっふ」
ぶちこはせき込むように笑う。フェンリルは全身の毛を逆立て怒りを表すがぶちこはあくびをひとつで返事をする。
事実、フェンリルはこのドゥロウギ大森林から出ることができない。荒地と乾燥の大地では、彼らは生きて行けなかった。
自分は解放されたのだ、と。フェンリルの眷族にもてあそばれた怪我で朦朧としていた時、助けてくれたものがいた。ダイゴというニンゲンだ。
ニンゲンという種族は知識として知っていたが、怪我を回復させる力を持っているとは知らなかった。近くの池の水は美味しくて飲むと力があふれてきた。もらえる食事は美味しくて食べると元気が出た。
不思議な山にいたはずが廃墟にいたりニンゲンが沢山いる場所に行ったり、地下の穴にもぐったり、すごく寒いところに行ったりと、森にいたら知ることがなかった世界を見ることができた。
尊き血筋なのかもしれないが、フェンリルの血などちっぽけなものだと気がついた。檻の中で偉そうにしている狼など省みる価値もなかったが、けじめはつけるべきだ。ぶちこはそのためにわざわざ来たのだ。
フェンリルの力はすでに見切れた。治療してくれたダイゴにくっついてる雌にも及ばないだろう。
もっと遊んでてもいいが夜が明ければニンゲンが起きてしまう。
「わふ」
ぶちこはくるっと向きを変え尻尾を振る。
世話になった、という決別の挨拶だ。フェンリルは動かない。周囲にいた狼たちは倒れたままだ。手加減はしたので意識を失っているだけなはず。はずだ。
「わふわふ」
朝の食事は何かなぁ、と既に別なことを考え始めたぶちこは、拠点に向かって駆け始めた。




