第百七話 防寒着を作る
ボス羊の毛を刈り終わったのは明け方近くだった。村の人たちは眠気と疲労でフラフラだったけどやり切った清々しい顔をしてその場で倒れていった。おやすみなさい。
「さすがに時間がかかったのぅ」
村長さんは頑張って起きていたようで、寝ないように自分のお尻をつねりながら俺に話しかけてきた。普通サイズの砂羊なら一頭当たり30分だそうだ。まぁデカすぎだし、時間がかかるのは仕方がないでしょ。
「刈った羊毛がだいぶ余りそうなんですが」
「ありがたい話じゃが、あの毛はモフモフすぎて毛布生地には向いてなんだな」
「あ、毛布用の羊毛なんですね」
「お貴族様から平民まで、色々な毛布にここの羊毛は使われておってな」
村長さんは、眠そうだけど自慢げに語る。おらが村の自慢は言いたくなるよね。それはわかる。
お貴族様はどうでもいいけど平民用も網羅しているのは嬉しい。
「……北にいたボス羊と関係が持てたことは大きい。礼をいうのじゃ」
村長にそう言われてしまった。毛を刈った代金はこれで十分なんだとか。砂羊を正当に扱ってくれるなら俺は何も言わない。自分たちと共存している存在なんだから杞憂か。
ということで、村から少し離れてリーリさんが出した部屋で仮眠をとった。俺も限界だ。
コッコオンドリャボケーという声を聴いた気がする。
パッと目を覚ませば左腕はベッキーさんに右腕はリーリさんに抱きかかえられて動けない俺がいる。ちなみにぶちこは小さくなって俺のお腹の上だ。俺の腹時計が正午お知らせする。ポーン。
起きて昼の用意をしてればふたりと1匹は起きてくる。さっと作った昼食を食べれば防寒着製作のお時間だ。
「これから防寒具を作りまーす」
ふたりはポカーンと俺を見てる。俺だけテンションが高いんだわ。
まずは防寒着からだ。試すのは俺の服。魔法鞄から取り出したのはエルフのおっちゃんのお店で買った、しっかり目に織られてて丈夫な生地。色は黒。
こちらに来てから服のサイズは変わってないから記憶にある型紙で作れるけど、防寒着で厚みが増える分を勘案しないといけない。
「ここら辺を増して腕回りもふかして、あ、ズボンも作らないと」
「ダイゴさん、今日はひとりごとが多いね!」
「考え事が口に出てしまうのですわ」
むぅ、そう言われると、そうなんだろうなと。
キモって言われてないからセーフ。
「さて、防寒着だけど要点は、風の侵入の防止と保温と丈夫なこと。屋外活動がメインだからね」
早い話、羊毛を丈夫な生地でサンドイッチして作る。もちろんインナーも作るつもり。身体に貼りつくストッキングモドキだ。
「化繊がないと衣類って大変なんだな」
コットンとウールだけだった大昔は衣類は高級品だったんだよな、そういえば。化学技術ってのはすごい発明なんだなって。あ、シルクはそもそも高いから除外で。
俺のはさくさくっと作った。見た感じ羊毛の詰まったジャージだ。中の羊毛が偏らない様に関節部に仕切りを作った。ファスナーはないから前合わせで重なる部分を多めにダッフルコート式のトグルでとめる。ゴムがないから裾と袖は羊毛多めにして容積で塞ぐことにした。
「黒一色だと味気ないから胸に名前を刺しゅうを入れよう。あ、帽子と手袋も必要だ。耳当てもあった方が良いかも。厚手の靴下も必要かー」
あれもこれも必要だ。材料はたくさんあるから問題ないけど。ということでサクサク作っていく。
「完成ェェェ!」
俺の目の前にはダッフルコートみたいなジャージとニット帽と手袋マフラー靴下。そして肌着としてのピチピチインナー。みんな黒。
ジャージは裏地に羊毛素地でふわふわにしてみた。
「いつも着ている服と似ていますが、ちょっと違うのですね」
「もこもこ可愛い!」
リーリさんはデザインが気になる様子。ベッキーさんはマフラーと手袋を触って嬉しそう。女の子なんだなーって反応。
「ダイゴさん着てみて!」
ベッキーさんが目をキラキラさせてる。まぁ着るけどさ。
とりあえず今着てる服の上から羽織ってみる。伸びない生地だから若干動きにくくなるけど問題じゃない。ニット帽も靴下もミラクルフィットして俺にぴったりだ。さすが俺、じゃなくて裁縫スキルだとほめてあげたい。
問題は。
「クッソ暑い……」
北限の極寒仕様だから常夏のここじゃ暑すぎる。体の熱が逃げなくて汗が止まらない。やばい、くらくらしてきた。
「ダイゴさん、汗が凄いよ!」
「えっと、水、水ですわ!」
渡された水を飲む。めっちゃうまい。生き返る。
「暑いからもう脱ぐ!」
汗でべっしょりだから清掃スキルだけかけておく。
「うまくできたとしておこう」
「着るのは現地に着いてからでしょうか」
リーリさんはちょっと思案顔だ。目の前で苦しんでるのを見たら、そりゃそうだね。
「空の上の方で試しはできるけど、たぶんそこよりも寒いはず」
「それほど寒いのですか?」
「空気の温度を示す気温て概念がないからわからないだろうけど-30℃以下だと思う」
北極の最低気温はー70℃にまでいくとか。まさかそこまでは、とは思いたい。
「空気の温度? ですか?」
「いっつも暑いから、考えたことないよ!」
ふたりの反応からすると必要ないから考えもしないってことがわかる。常夏だから南国気質なんだよね。北限に行く人はいるんだろうから温度計自体はあると思うんだけど。
「発明は必要の母って言葉もあるし、なくて困らなければなくてもいいんだ。気にしないで」
俺とここの常識は違う。どっちが正解ってのもない。どっちが適してるかってだけの問題さ。
「さーてベッキーさんとリーリさんの分も作ったら夕食にして、明日の朝から北に向かおうかね」
「わ、嬉しいな!」
「ふふ、新しい服ですわ」
「着ると暑くて普段着にはできないからね?」
「それでもいーもん!」
「えぇ、持つだけでも嬉しいものですわ」
ふたりからすごいプレッシャーが。
念のためふたりの採寸をした。先日ベッキーさんの胸周りきつくなってたからね。
「ベッキーさんは、背がちょっと伸びてるね」
「やった、まだ大きくなれるよ!」
「リーリさんは、ちょっとふくよかになってより女性らしくなった感じ」
「いい方向、なのですよね? ね?」
ふたりとも、少なくと個人的には好ましい方向だけどニッコリ笑顔でとどめておく。煮え切らないと言われても、煮え切れる立場じゃないので、俺。
いわゆる雇われ社長的で「あ、もういいから」と言われれば首なわけよ。そしたら俺はまたワンルーム生活になるんじゃない? こことはおさらばしてさ。
このペンダントは貰っちゃったけどね。そーゆー意味では、ふたりの好意は受け取るつもりだけど先が不透明過ぎで。せめてこっちにずっといられるのか事が済めば強制帰還なのかが分かれば身の振りようもあるんだけど。
いまは自分のやれることをやって誤魔化してるんだよ。
てなことで悩んでも腹は減る。夕食は、頑張ったぶちこの好きなからあげを作った。大量に作ったが争奪戦になった。足りぬと皆が吠える。なぜだ。
翌朝、防寒着の試運転も含めてぶちこに空高く上がってもらった。イゴール村がゴマ粒以下になったあたりで普段着では限界なので防寒着を羽織り帽子をかぶり手袋をはめる。俺とベッキーさんはニット帽に耳が隠れるけどリーリさんは長耳だから専用カバーを追加してある。抜かりはない。
「わ、あったかい!」
「寒くないですわ、顔以外は!」
「うっひょー、顔が寒い!」
「わーっふー!」
俺たちが騒いでるからかぶちこも遠吠えだ。
防寒着だ大成功だ。裏地に羊毛そのものを縫い込んだから肌触りも抜群。冷たい空気も完全シャットアウトで体はポカポカだ。
顔以外はな!
「やばい、顔がヤバい、凍る! マフラーだ」
「このまふらーをすれば、風が入ってこないので耐えられそうですわ」
「顔に巻いたら前が見えないよー!」
「ベッキー、目を隠してはダメですわ」
ベッキーさんがもぞもぞとマフラーを下げる。
「あ、よく見えた! あ、あそこ!」
ベッキーさんが指さす先に、定規でまっすぐに線を引いたかのように、ある線から先が真っ白な世界が地平まで続いている。たぶんあれ、雪か氷だ。
「あれが、北限?」
マジで極寒世界じゃん。




