第九十七話 謎の炎柱
今日も連星系の太陽がまぶしく輝いてる。早朝の山はちょっとひんやりしていて、アジレラやコルキュルよりも涼しくなった気がする。気のせいかもしれないけど。
女王蜂さんと配下の蜂たちが薬草畑の上をうろうろしてたり池の向こうから盛大ないびきが聞こえてきたりと、ちょっと賑やかになった。
女王蜂さんから貰った蜜はひと舐めでお肌つるっつるの上に森羅万象の病気を治しちゃった挙句5歳も若返らせちゃう禁忌の蜜だった。鑑定してくれたイケオジヤクザさんが珍しく遠い目をしてた。ご迷惑をおかけして大変申し訳ない。使い道がないので差し上げようとしたら丁重にお断りされた。どうしたものか。
そんなある日の昼下がり。屋敷のテーブルに肘をついて晩御飯は何にしようとぼけーっと考えていたらアジレラに繋がる扉から血相を変えたワッケムキンジャル先生が飛び込んできた。
「ダイゴ殿、少々よろしいですか!」
いつも穏やかな猫獣人の先生が慌てふためいて靴を脱いでるのは珍しいというか緊急事態なんだなって即理解できた。自然と腰が浮く。
「先生、何かありました?」
「アジレラの外でしょうが、かなり巨大な火柱が出現しました!」
「火柱?」
「教会からは先端の方しか見えませんが、ちょうどエーデルテ川の方向です」
「えっと、水以外は専門外なんですよね。まぁ、水も専門ではないんですけども」
なんて言ったけど、よくわからない事象は俺絡みだろうって頭があるんだろう。えぇ、心当たりがあるし。
「ともかく行ってみましょうか」
靴を履いて先生と一緒にアジレラの教会に向かう。
教会にはベッキーさんが待っていたようで俺の姿を見るなり腕を掴まれた。
「突然地面が揺れて、そしたらごぉぉぉって音がして、火柱が見えた!」
「みんなに怪我とかはない?」
安否を確認しつつベッキーさんと外にでる。子供たちはコルキュルに避難させたらしく姿はない。
教会があるのはアジレラの外れで近隣に住宅はないけどガヤガヤと騒がしい音が聞こえてくる。
「あっち!」
ベッキーさんが示す空を見ると、建物群の上に燃え盛る炎の先端が見えた。揺らめくのではなく、噴出するようにまっすぐに伸びてる感じだ。ガスバーナーに近いかも。
「……なんだあれ」
近くに行かないと何が起きてるかわからないけど、人だかりが凄いだろうってのは予想できる。
「わっふぅ!」
俺の背後にぶちこの気配が。そうだぶちこに乗せてもらうかな。空も走れたよね?
「ぶちこ、あの炎のところ近くまで連れて行ってくれる?」
「わっふわっふ!」
ぶんぶんと頭を振りながらぶちこがぺたんとお腹を地面につけた。賢いよねー。
「あたしもいく!」
ベッキーさんが革製の鞍を持ってぶちこにぴょんと飛び乗る。ささっと鞍を装着して俺に手を差し出してきた。
なんだろう、俺の立場がお姫様だ。気を取り直してベッキーさんの手を掴んで引き上げてもらう。
「わたしも行きますわ!」
ドドドっと土煙を上げてリーリさんが駆けてきて、キキーッと減速。勢いを殺してぶちこに飛び乗った。漫画か。
先頭がベッキーさん、真ん中が俺、殿はリーリさんのいつもの配置だ。
ぶちこがむくっと立ち上がると視線が前よりも高くなってる。ぶちこがさらに大きくなったんだろう。
「ちょっと見てきますね」
「よろしくお願いします」
先生に見送られながら、ぶちこが空に向かって駆け始めると離陸時の飛行機みたいな押し付けられる圧を感じながらぶちこが上昇していく。教会が小さくなってアジレラの全容が見えたとき、火柱の根元も見えた。
川のど真ん中に巨大な氷の塊があってその真ん中から火柱が立ち上がってる。火柱は、おおよそだけど200メートルくらいはありそうだ。
俺にも理解できないけど見た映像がソレなんだ。
川の両岸には人がすし詰めで歩けるような隙間がない。野次馬が多すぎるところに普通に道行く人らがガッチンコしちゃって身動きが取れてない。将棋倒しが起きたら大惨事だ。
「おっと、にいさんたちも見に来たのかい?」
空中で声をかけられて振り返れば、そこにはイケオジヤクザさんが立っていた。
片眼鏡をかけて、襟のあるシャツをはためかせて、葉巻を咥えてる。葉巻が似合うヤクザめ。俺にもその成分の1%でもあれば。と羨んでも仕方がないな。
デリアズビービュールズにいたときに宿に来るのに空を飛んできたって聞いたけどさぁ。
「……それも魔法ですか?」
「おうもちろんだ。むしろそっちのわんちゃんが空を飛べる方が理解できねえな」
ラゲツットケーニヒさんはガハハと豪快に笑う。
「おじさま、ぶちこちゃんはただのワンちゃんですわ」
「がはは、ただのか。まぁいいやな。しかし、ありゃなんだ?」
「見てわかるのは、何もわからないってことでしょうか」
「やっぱりか。俺も用事があるから見にいけねえし、誰かを寄越すか?」
といいつつイケオジヤクザさんは俺を見てくる。
まあね、いやな予感はしてるよ?
アレ、絶対に神様がらみでしょ?
火の神様が絡んでるのは間違いなくって、あの氷の原因が水だとしたら水神様も絡んでるわけでさ。
その内ローザさんも出てくるんじゃ?
「まぁ、行ってきますよ」
身分証の恩もある。きっちり返さねばアレが何倍にもなりそうでコワイ。
「あ、ハンターが飛び込んでいった!」
ベッキーさんが叫んだので視線をやると、炎の根元に隙間があるのか、そこに人影が滑り込んでいくのが見えた。その後に待っている人影もある。
「先を越されちゃうよ!」
「なにがあるのかわからないのに突撃するって、怖いのも知らずだなぁ」
「常識があればハンターなんてやっていないのですわ」
リーリさん、そんな力説しなくても。
そんなこんなでふたりに促されて炎柱の根元の氷の塊に降りた。ぶちこで降りたからどよめきとか半端なかったけど一切を無視した。もちろんフードをかぶって顔は隠したけど、ベッキーさんとリーリさんは素顔のままだ。後のことは後の俺が考えるさ!
炎柱は、ガスバーナーのように高速で噴き出していた。触れた場所が燃えるとかよりも無くなりそうな勢いだ。ただ、氷に囲まれてて触れることはできなさそうだし、さすがのハンターも触る気はないらしい。
「なんだぁ、万年3級のダメエルフじゃねえか!」
炎柱を見ていたら、背後からそんな怒声が聞こえた。声の主は、リーリさんを見て嗤っていた。
縦にも横にもデカイ、ラガーマンみたいな体躯で全身鎧の男だ。髪の毛がずぶ濡れだから川を泳いできたんだろうか。鎧で泳ぐとかすごいな。
彼の横には同じように鎧の男たちが6人いる。みな背が高くて見上げるばかりで、威圧的でコワイ。
どいつもイケメン要素は少なくてそこは親近感があるけど、口調には嘲りしか感じられなくて嫌な印象しかない
「万年3級なお前らは2級になった俺たちに道を開けな!」
「お嬢様、嫁ぎ先は見つかったか?」
「なんなら俺が引き取ってやってもいいぜ?」
男らはゲラゲラ笑ってる。非常に胸糞だ。でもリーリさんは気にした風もなく。
「やっても良いのですが後が面倒なので先に通しましょう」
リーリさんが小声でそう伝えてきたのでぶちこを小さくして右腕に抱えた。わざわざ波風を立ててもしょうがない。
「ぎゃはは、女は素直が一番だぜ!」
「そこでおとなしく震えてな!」
げらげら大笑いしながら男たちは氷の隙間に滑り込んでいった。俺を見て鼻で笑ってったなこの野郎。どうせチビだよ。
「ったく、なんだあれ」
「彼らは腕に白い紐を結んでいたので【腕白一番】というクランに属するハンターですわ」
「……腕白一番。ネーミングセンスに難があるのはわかったけど、クランねぇ」
ハンターはギルドに属するとかではないんだ。
「ギルドには属していますが、大型の魔獣を狩る時や多数の狩りを効率的にこなすためには人数が多い方が有利なので、腕利きのハンターがトップに立って複数のハンターをまとめるクランがいくつかあるのです。何とか団とかなんとか衆とかレギオンなど、名前に規定はないので色々ですわ」
「なんか会社みたいだ」
「彼らは確か、1級ハンターのマッキンドールが作ったクランだったかと。前衛の戦士系しかいないところで、最近はポーションが出回ったので怪我を承知で無理な狩りをしているらしいという噂を聞いてますわ」
「脳筋集団かー」
うーん、体育会系でブラックなイメージしか沸かない。しかもむかつく。
「あたしたちは何処にも入ってないよ!」
俺が不満そうにしてたからか、ベッキーさんが手を握ってきた。ベッキーさんは何気に俺をフォローしてくれるんだ。本当にありがたい。俺もぎゅっと握り返す。
俺には関係ないことだしと気持ちをリセット完了。顎を上げて前を向く。
「わっふぅ!」
俺が一歩を踏み出す前に小さなぶちこが腕から逃げて隙間に突進して行った。うん、普通のワンコだよね。




