第九十六話 アジレラ散歩とベッキーさんとリーリさんの出会い
今日も夏の日差しを感じつつ、連星の太陽を仰ぎ見る。燦燦と降り注ぐ日差しが恨めしい。暑いんじゃー。
「毎日が良い天気だけに冬が恋しくなる」
常夏のアジレラに冬はない。リーリさんに聞いたら逆に「冬ってナニ」と返された。雪原とか見たら驚くだろうなぁ。
そんな常夏のアジレラで、今日はベッキーさんとお買い物だ。リーリさんは商会に用事があって不在。ぶちこはコルキュルで爆走してるはず。
俺の護衛もベッキーさんで大丈夫、というか今日はベッキーさんの日という理由らしい。
「おいしい屋台があるんだ!」
ベッキーさんから満面の笑みで誘われればふたつ返事でついていくわけで。俺が作った青いワンピース姿のベッキーさんの胸元にはあのペンダントが光ってる。いつものごとく左手を確保されながら、水の教会からお出かけだ。
ちなみにいま、ベッキーさんとリーリさんは屋敷で暮らしてる。オババさんの不在が割と多くて、勝手に住むのも気が引けるらしい。あとは俺の護衛が理由だ。
だからといって屋敷内での甚平は目の毒だ。家の中だからか肌着を着てないとか、無防備すぎて背後腕組みお父さんの気持ちでため息をついてしまう。俺の理性は無限じゃない。
そんな俺のもやもやも気がつかず、ベッキーさんはにっこにこだ。
「新しい屋台でね、お肉を油で揚げてて、アツアツをハフハフ食べると、すごくおいしいんだよ!」
「からあげ、もしくは竜田揚げかな。油で揚げてるって聞いただけで美味しいのがわかっちゃうな」
「前にも作ってくれたもんね! あれもおいしかった!」
食べ物の話をしていたら屋台が集う広場に着いた。野球の内野くらいのスペースだけど屋台がきれいに一列に並んでる。昼には早い時間だからか屋台も準備中が多いし、行き交う人も忙しそうだ。
ニート万歳!
大きな声では言えないけど、絶賛無職な俺。水神様からのお給金があるから働いてるってことになってるのかな?
料理と旅行と、仕事らしい仕事をしていない気もするけど。
今日のベッキーさんとのお出かけは仕事ではない。遊びだ。
「あ、まだ準備中だー」
ベッキーさんがそっと指さした先にある屋台は、主だろう獣人の男性がねじり鉢巻きで揚げ物と格闘していた。肉だだけじゃなく野菜も揚げてるっぽい。素揚げかな。割とヘルシーな屋台で、女性にも人気かもしれない。
「おっとごめんよ!」
背後から何かがぶつかってきた。振り向けば、みすぼらしい服の子供が小さな袋を手に、駆けていくとところだった。
「あれ、もしかしてスリ?」
今日の俺は腰袋を腰ではなくお腹の内側に入れてる。服も甚平ではなくTシャツみたいに頭からかぶるタイプで、盗まれないようにしてた。
「あの子はいつもの子だね。よかった、まだ生きてる」
ベッキーさんは、その子が逃げたほうをじっと見てつぶやいた。
「あれがベッキーさんの財布だったら取り返しに行かないと」
「盗まれていい財布だから、問題ないんだ!」
ベッキーさんはちょっと寂しそうな笑みを浮かべた。
小銭を入れてある、盗まれるための財布。中身は100ペーネしか入っていないらしい。
「そのくらいなら大人も奪わないし、でも何か食べられるし」
ベッキーさんが静かに語り始めた。俺はベッキーさんの手を引いて、広場の隅に連れていく。ベンチなんかないから立ち話だ。申し訳ない。
「アジレラもね、あの子とかギィちゃんみたいな子が多いんだ。でも、水だけでなくって他の教会もすべての子供を受け入れきれないから」
「まぁ、いまだって裕福には見えないし、先生は顔に出さないけど結構ぎりぎりなんだろうなってのはわかる」
「あたしも寄付はしてるけど、少ないし……」
ベッキーさんがしょぼんとしてしまった。
確かにワッケムキンジャル先生も歳だし、後継者は本部から派遣されてくるって話を聞いた。もし先生に何かあって代わりが来てもこのままでいられるのかわからないから孤児も増やせない。
今いる子たちでさえ、先はわからない。だからこそ、先生はなんとか働けるための技術をつけさせようとしてるように感じる。
「えへへ、こんなことしてるから、ギルドではのろまとか言われちゃってるんだけど」
ベッキーさんはドワーフとのハーフでぽっちゃり体形の上にわざとすられていたせいでのろまと言われていたらしい。このようなことをハンターになってからずっと続けているんだとか。
教会に寄付して慈善で金を配ってるようなものだ。これじゃいつもお金がなかったろうに。
「リーリさんは知ってるの?」
「うん、知ってる。これでリーリと知り合ったんだもん」
「そうなんだ」
「あたしから財布を奪った子供をリーリが捕まえたのが、初めて会った時」
「で、理由を話したって流れ?」
ベッキーさんは黙って頷いた。真面目なリーリさんらしい行動だ。ふたりが出会うのは運命だったんだろうな。
「当時はね、リーリも悩んでたんだ。一族のみなは人外的に強いのに、なんで自分はこんなに弱いんだろうって。今と違って、ずーんて暗かったんだよ」
「……オババさんとかイケオジヤクザさんとかを見てるとそうなっちゃうのか」
ハンターになって10年以上たつのに全然強くならなくて、周りは歳を取っていなくなったり死んでしまったりでギルドでもひとりだったらしい。
俺じゃ引けない弓を簡単に引いてたのに、あれでも弱いと。
「亡くなっちゃったリーリのお父さんとお母さんもオババさんと一緒に大森林に行くくらい強かったんだって。だから余計に気にしてるみたい」
「……リーリさんも色々抱えてるんだね」
親族である商会に関わらないようにしてるのはそれもあるのかな。
オババさんとか皆は気にしてないみたいだけど、リーリさん的にはその気遣いもプレッシャーになってたのかもしれない。
「ふたりで頑張ろうねって、一緒に依頼を受けるようになったんだ!」
ベッキーさんがにぱっと笑う。そこに悲壮感は感じられない。今は前を向いて充実しているんだろうか。
俺の護衛とかしてていいんだろうか?
もっとやりたいことがあるんじゃないだろうか?
俺がこっちに来て、色々あったけどベッキーさんの笑顔には癒されてる。俺ができることは何か。
「あ、屋台の準備ができたみたい!」
例の屋台には人が集まり始めてた。美味しいだけあって人気があるようだ。
ベッキーさんが嬉しそうに俺を見上げてくる。うん、この笑顔だ。
「あ、そうか、ベッキーさんが笑顔になれるようにすればいいのか」
「え? 笑顔?」
「ベッキーさんの笑顔には癒されてるんだ、俺はね」
「そうなの? あたし、役に立ってる?」
「凄い役に立ってる。モチベーションを維持できてるのはベッキーさんの笑顔もあるからね」
「じゃあ、いつも笑顔でいるね!」
ベッキーさんがにこっと笑う。
いや、そうじゃない。無理して笑顔を作る必要はないんだ。
「いつもじゃなくて、ベッキーさんが自然に笑顔だったらいいんだ。まぁ、いつもベッキーさんが笑顔でいられるように頑張るよ」
うん、俺も頑張ればいいんだ。
さて屋台に行くかとベッキーさんの腕を引っ張ったら、むぎゅっと抱きしめられた。
「わーい、ダイゴさん、大好き!」
「ちょ、力入れす、イテテテ!」
俺の言葉が耳に届かなかったのか、怪力ハグされたされたまま、その場でぐるぐる回された。
でもベッキーさんの笑顔は、今までで見てきた笑顔の中でも1番のものだった。




