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幕間二十三 いまだ麓(前)

 まだ日が昇って間もない空は紺色からオレンジに上書きされようとしていた。

 そんな空の元、ワンダールスワンダーは二足歩行の大トカゲに騎乗して街道を東に、レリフ村を目指して進んでいた。彼の背後には同じく大トカゲにまたがったドワーフがふたり。背負った大斧とマッチョな体躯。バーバリーズとガーガリーズの双子でバーバリーズが男でガーガリーズが女だ。ワンダールスワンダーとは砂クジラの件で共闘した仲だ。ドワーフ3人が3頭の大トカゲにまたがり街道を驀進(ばくしん)していた。

 ふいにバーバリーズが速度を上げ、ワンダールスワンダーに並んで声をかけた。


「おーいルス! そんなに急がなくっても間に合うぞ!」

「あぁ? 早く終わらせれば次の依頼に取り掛かれるだろ?」

「次って、決めてもいねえじゃねえか」

「ともかくだ、強くなるには依頼をこなしていかねえといけねんだよ!」


 ワンダールスワンダーが右手に持った杖を振り回すと彼の頭ほどの大きさの火球が生まれ、街道をそれた荒れ地に飛んでいく。

 ちょうと地を割って飛び出してきたロックワームに命中し、炎上崩壊させた。堕ちてゆくロックワームを視界にとらえつつワンダールスワンダーは叫ぶ。

 

「あのババアに追いつくには、まっとうじゃダメなんだよ!」

「あんだよ、まだ未練たらたらかよ」


 脇を走るバーバリーズがため息をつく。


「ルスさぁ、弟子にしてくれって頼んだら盛大に振られたんだろ?」


 後ろに陣取っていたガーガリーズがワンダールスワンダーのすぐそばまで寄せてきていた。


「あれは、俺に強さがないからだ。俺が強くなれば!」


 彼女を睨みつけたワンダールスワンダーは杖を握りしめる。

 彼は少し前に、砂クジラの狩りにしくじり、死ぬ寸前で()()()()に助けられた。その老婆に弟子入りを懇願したが「アタシはもうロートルさ。弟子なんてとらない」とあっさり門前払いされたのだ。ワンダールスワンダーはそれを、自身の弱さ故と解釈した。だから強さを求めてハンターギルドの依頼を精力的にこなしていた。


「ならとっととレリフ村に向かおうぜ」

「あぁ、あと少しでつく」


 ワンダールスワンダーは大トカゲに急ぐよう、手綱を捌いた。

 竜車であれば1日を要する距離を大トカゲで半日に短縮した3人は昼過ぎにレリフ村に着いた。門で依頼の件を話せばすぐに村長の元に案内された。簡素だが大き目な石造りの家では、ねじれば悲鳴を上げそうな筋肉を誇る初老のノームが出迎えた。


「ようこそレリフ村に。わしが村長をしておるベレッタールだ。マッチョドワーフに見られがちだが、違うぞ?」


 村長ベレッタールは強い口調で主張した。ハンターを依頼したらドワーフが来たからだろう。ワンダールスワンダーとしてはどうでもよいことだった。


「少し前から岩猿が村に入り込んでは畑を荒らしておる。それがここ数日でその数が増えた。このままだと村の畑が荒らされ切って野菜が育てられなくなってしまう」

「ギルドからはそう聞いている。そいつらを狩ればいいのか?」

「どうやら近場に巣があるのか、ひっきりなしに来る。巣ごと叩いてほしい」


 ワンダールスワンダーは村長の言葉に顔をしかめた。

 岩猿は、岩場に生息する、ひとより一回り小さな猿だ。猿の中では大型種で、茶色のごつごつした体で岩に擬態し天敵である空を飛ぶ魔物から身を隠す習性を持っている。

 畑を豊かにする大モグラが好物で、そのためだけに土を掘り返して畑を荒らす。また岩猿は野菜には興味がなく、レリフ村からすればただ畑を荒らすだけの害しかない魔物だ。

 通常ならば数頭で行動をするが巣であればそれなりの数がいることが予想できた。

 今回の依頼内容では巣には触れていなかったので数頭を相手するだけの人数でしかない。契約違反と叫びたいところだがこのまま戻るのも(しゃく)だった。


「話が違うと言いたいが仕方がない。受けよう」


 ワンダールスワンダーは連れてきたハンターふたりの冷ややかな視線を感じつつも了承した。

 村長に案内役を紹介されたが、それは小柄な獣人の少女だった。元ハンターで出戻りの娘らしいが、一応自分の身は守れるということで案内役に抜擢されてしまったらしい。

 ベレテと名乗るその少女は、「コッチっス」と癖のある言い方で村を案内し始めた。


「ちょっと前から井戸の水がゴンゴン湧いてきて畑にまくと野菜の色がよくなって食べててもめっちゃおいしくってすげぇ忙しっス。そのせいか大モグラも肥えた上にめっちゃ増えてて、それを狙う岩猿もふえたっス。大モグラをとるために畑と野菜をめちゃめちゃにする岩猿は許せないっス。帰ってきて速攻で幼馴染と結婚しやがったライよりも悪っス。あたしには相手もいないっていうのにっス」


 グヌヌヌと唸りながらベレテが畑の間にある農道を先導していく。関係ない身の上話に発展していく様にワンダールスワンダーらは困惑しながらも「でも祝福はしてやれよ」と静かに聞いていた。

 それとは別に、野菜で緑にあふれている広大な畑を眺めながら、ワンダールスワンダーはこれは手間がかかりそうだと舌打ちした。

 警戒するべき範囲が大きすぎて3人では手が足りない。増員しようにも時間がかかる。岩猿自体はそれほど強くはなく、駆逐も可能だったのも悩ましいところだ。


「おいルス、どうすんだ?」

「そうだよルス。あたしらだけで足りるかい?」


 ドワーフふたりが小声で聞いてくる。できないと言わないあたり、やれる自信はあるのだろう。


「戻って仲間を連れてくる時間がもったいねぇ。やるぞ」

「ま、そうなるよな」

「おいしいお酒、期待してるね」


 腹は決まった。あとは作戦だ。そのためには情報収集だとワンダールスワンダーはベレテに声をかけた。


「お嬢ちゃん、岩猿がどこからくるとか、わかってるか?」

「ベレテっス。んー、あいつらは岩場に巣を作るから心当たりはあるけど、複数あるんスよねー」

「こっちは3人しかいねえ。徒労は避けてえな」

「あたしも戦えないことはないっスよ?」

「お嬢、ベレテはあくまで依頼側だ。戦うのは俺たちだけでいい」

「おー、カッコイイこと言ってくれるっスねー」


 ベレテがぱちぱちと手をたたきながら囃し立てる。


「茶化すなっ……と、来たか」

「ぎゃーでたー!」

「くそ、また来たのかよ!」


 遠くの畑が騒がしくなり作業をしていた人らが悲鳴を上げ一斉に逃げ出し始めた。ウキーウキーと鳴き声もする。岩猿が現れたようだ。


「まーたきたっスね!」

「バリー、ガリー! 1頭だけ逃がせ!」

「おうよ!」

「まかせとき!」


 ワンダールスワンダーが指示を飛ばすと双子のドワーフは瞬時に駆け出した。背負った大斧を両手に持ち、野菜を踏まないように畝を避け突進していく。


「1頭は逃がして跡をつける」

「了解っス!」

「お嬢ちゃんは見るだけだからな!」

「ベレテっスよ」


 ワンダールスワンダーも駆け、そのあとにベレテが続く。騒ぎの渦中まで300メートルほど。背が低いドワーフが頑張って走っても獣人のベレテに抜かれ置いて行かれてしまう。先行した双子はそろそろ接敵する頃合いだ。


「ウッキャッキー」

「キャッキ!」


 双子の前には穴掘りに夢中な岩猿が4頭いた。バーバリーズが近い1頭に狙いを定め大斧を振り上げた。


「よそ見してんなよ!」


 両手で振り下ろした大斧は勢いそのままに岩猿を脳天から真っ二つにした。断末魔すら上げられず、岩猿はふたつに分かれた。


「ゲキャ?」

「はいそこ、君ね!」


 仲間がやられたことに気が付いた岩猿にガーガリーズが襲い掛かる。大斧を横なぎに一閃。岩猿の間抜けな顔が切り飛ばされた。


「残ったのは俺がやる! 炎よ、打ち倒せ!」


 駆けながら杖を振りかざすワンダールスワンダーの前には彼と同程度の火球が生まれ、射出された。

 仲間の惨状にも気が付かず夢中で掘っている岩猿に命中し、炎上した。グズグズと黒焦げになったナニカがどさっと崩れ落ちる。


「ギャッキャー!」


 残った1頭がようやく事態に気が付き、叫び声をあげながら逃げ出した。背を向けまっすぐ遠ざかっていく。必死なのか逃げる速度が速く追いかけても見失うのは間違いなさそうだった。


「あっちに岩場はあるか?」

「んー、ふたつあるっスね」

「チ、ふたつか。その内のひとつか、もしくは両方か」


 ワンダールスワンダーは双子に視線をやる。


「面倒だから両方やろうぜ」

「どうせどっちも確認しなきゃ、だろ?」

「ま、そうだな」


 悩むことなどなかった。いたら狩る。それだけだ。


「このまま行くっスか?」

「戻るのも手間だ。それに、岩猿はアホだから餌場の近くに巣を作るんだよ」

「あー、ギルドでそんなことを教えてもらったっスねぇ」


 すっかり忘れてたっスとベレテがにゃははと笑う。気が抜けたワンダールスワンダーは岩猿が逃げた方向に歩き始めた。


「そういや嬢ちゃんはどこのギルドにいたんだ?」

「ベレテっスよ。アジレラにいたっス」

「アジレラ! あの巨人エルフババアのホームか!」

「巨人エルフババア……あ、オババさんとお知り合いで?」

「……俺たちはあのババアに助けられた」

「一撃で砂クジラを仕留めてた。デタラメな強さだった」

「あたしは気を失ってたからその場は見てないんだけどね。とんでもなかったって話は聞いたよ」


 3人はあの時を思い出していた。特にワンダールスワンダーはこぶしを強く握った。


「オババさんは優しかったっス。あたしらみたいなヘボにも声をかけてくれて、ちゃちな依頼だけど成功すると褒めてくれたっス」


 ベレテはその時を思い出したのかほほを緩めた。

 ワンダールスワンダーも「そうだな」とつぶやいた。自分が逆の立場だった時、助けただろうかと自問する。

 後輩といえど自分以外のハンターはライバルだ。それを助けられる余裕があるのか。


「やっぱ、強くならねえと」


 やりどころのない感情に、ワンダールスワンダーは歩く足を速めた。


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