第九十話 宴と相談事
「フォークでもいいから刺してみて透明な肉汁が出てきたら焼けたって証拠だから。生焼けだとお腹を壊すからね。これは絶対ね」
「わかった、絶対だ」
調理スキルさんが俺の頭の中にささやくことをィヤーナス君に伝えると、彼は力強く頷いた。お腹痛いのはつらいからね。おじさんとの約束だぞ。
俺とィヤーナス君が同時にフォークを刺すと、とろっと透明な肉汁が。あぁ、噛むとあれが口の中で爆発するんだ。それをキンキンに冷えたビールで流し込む。はやく、はやくビールをください!
ここは我慢で焼けたハンバーグを皿に載せていく。イヤーナス君は残りのハンバーグを焼くが、俺はソース作りだ。大量の肉汁がフライパンに残ってるから、もちろんこれがベースだ。
大きいフライパンだと作りにくいから普通サイズのフライパン出して移し替える。肉汁が並々だ。
「残った肉汁に細かく刻んだ玉ねぎとワインと油と塩コショウを、そして秘密兵器ブランデーを入れる」
「ブランデー?」
「秘密のお酒。今日だけ入れるから」
「秘密!」
秘密と聞いたィヤーナス君がちょっと興奮気味な声を出した。
魔法鞄から取り出したワインとブランデーを肉汁にたっぷり投入する。煮詰めればアルコールは飛ぶから子供でもご安心さ。刻んだ玉ねぎと塩コショウを入れて加熱すれば、すぐにふつふつして香ばしい匂いを漂わせてくる。横のイヤーナス君からグググーとお腹の音が聞こえた。
「うう、腹減った」
「イヤーナス君、腹ペコは一番の調味料だから、我慢ね」
「むごい……」
尻尾を垂らしてショボーンとするィヤーナス君だけど、ずっと調理を見ていたギィちゃんに「オレもがまんしてるぞ!」と言われむぅと口を尖らせた。なんかギィちゃん、ずっとィヤーナス君のそばにいる。
「風呂にまでいい匂いが来たぞ」
「……酒が欲しくなる匂いだ」
「ほほ、いい匂いですな」
「おゆうしょく、まだー?」
「おなかすいたー」
「わ、お肉だ! おいしそう!」
「ベッキー、ステイですわ」
「ダイゴさん、配膳してもよろしいですか?」
気がつけば、皆がテーブルで待っていた。いつの間にかリーリさんも帰ってきたようで、屋敷には8人用のテーブルしかなかったけど、持ち運んでたテーブルを追加して全員の席が確保されてるようだ。
まずはハンバーグを皿にふたつ載せソースをかける。これで一人前。残りのハンバーグは大皿に山と載せてキッチンに置いて好きなだけ取り放題にした。もちろんぶちこの分は20個とお供えの分は確保した。足りるかわからないけども。
パンはひとり2個として、おかわりはハンバーグ同様、キッチンに山積みにしてバイキングスタイルで。飲み物は水だ。緑がないのでレリフ村の野菜をサラダにしてどさっと出した。
皿はロッカポポロさんとトランダルちゃんが運んでる。どうやら子供の中でも役割が決まったらしく、調理はィヤーナス君、配膳はトランダルちゃん、野菜を売りに行くのはオーリヒェィちゃん、大工的な道具作りはテバサル君となっている。自分の役割が明確になったからか子供らも積極的に動くようになったとか。先生が頬を緩ませっぱなしだった。
「大人用に缶ビールを用意してと。よし、食べる準備ができました!」
みな席についてじっとハンバーグを睨んでる。俺の合図を待っているようだけど美味しいにおいが強すぎてステイも限界の様子。
「えー、無事に帰ってこれました。ということで、俺が食べたいものを作りました。がっつり食べてください。以上!」
俺が缶ビールを開ける音が合図で、皆が食べ始めた。俺は缶ビール片手にハンバーグをフォークで刺して豪快にかぶりつく。肉を歯で噛み切る感触の後に刺激のある肉汁があふれてくる。口の中に肉があるうちに冷たいビールでのどに流し込む。
「ぷはぁっ! うますぎるだろこれぇ!!」
ビールに肉汁が混ざって半端なく旨い!
ニンニクががっつりきいててパンチが凄い。ビールによく合う大人ハンバーグだ。
しかも肉オンリーだから食べ甲斐もあって、俺の中の漢が蘇ってくる感じすらある。
「おいしーい!」
「うまっ!」
「むぐむぐおいひいむぐむぐ」
「……ガツンと辛さがくるな、これは。ビールとやらによく合う。いや、もっと酒精の強い酒でもいけるか……」
「これは、肉詰めでしょうか? こう、噛むとどわっと肉汁が出てくるのは、初めて食べます!」
「サラダも美味しいですわ!」
「わふわふわふわふ」
「このびーるってやつは、冷えてて旨いな!」
みんなががっつきながら出してくる感想を、ィヤーナス君が狼耳をひくひくさせながら聞いては口もとを緩ませてる。最初の皿には俺とィヤーナス君のハンバーグ載せられてるから、みんな必ず彼の作ったハンバーグを食べる。その感想が俺のと変わらないと知れば、嬉しいよな。
「憎ったらしいほど肉々しい大人ハンバーグはニンニクがガツンと効いてるからビールを飲む手が止まらないぃぃ!」
言い訳じみた感想をつぶやけばお酒を呑みすぎても無罪放免。この後レパパトトスさんとの話があることを無視すれば、だけど。これも大事な話だから酔い過ぎは良くない。辞世の句を詠むレベルでビールは1缶だけで我慢した。
喧騒だった肉の宴は、山のように作ったハンバーグをすべて食べきって「もうないの?」とこぼす泣きそうなベッキーさんの声で幕を閉じた。食べすぎじゃないですかね。
片づけはロッカポポロさんがやると言ってくれたので、レパパトトスさんを捕まえて打ち合わせを始めた。
「で、オレに用ってのは、なんだ?」
「まずはですね、この駒みたいのも見てほしいんです」
俺が出したのは、コマのように回転する魔道具。面白いのは円盤部だけ回転するってこと。軸は動かないんだ。
レパパトトスさんが手に取ってなでると円盤が回転し始める。ふむと顎をつまみながら軸を持つと高速回転させ始めた。回転する方向も変えられるようで、正転逆転を繰り返している。回転する速度も可変のようで、唸るほどの高速回転もできる優れもののようだ。
いいなぁ、魔力があって。俺にもあればいろいろ遊べたんじゃないかな。
「……魔道具、しかも大森林産じゃねえかこれ」
「見てわかるんです?」
「使い道が想像できない奴はたいてい大森林産なんだ。たぶん、むかしはこれの使い道があったんだろうが、いまじゃわからねえ。そんなのが多くってな。理解できないオレたちが情けなくもあるんだが」
レパパトトスさんは苦々しい顔で俺に返してくる。
そっか、ここにはモーターとかないからか。川はあっても水車を設置するよりは畑にするもんな。
回転するものなんて便利すぎてなきゃ困るものじゃん。
「それがですね、これ、かなり便利なものなんですよ。といってもこれはそのための動力源なんですけどね」
「なんだそれ?」
「たとえばですね……」
俺が持ち込めてたノートを開く。ノートを見たレパパトトスさんの目が細まったけど今はスルーだ。
駒の柄を延長して持ち手にして、回転する円盤部に取り付けるアタッチメントでハンドミキサーの先端部の絵を描いた。
「……イメージは分かったけどよ、これはなんだ?」
レパパトトスさんは絵を見ながらしきりに首をひねってる。まぁわからないか。
「食材を高速でかき混ぜて細かくしたり泡立てたりすることができる調理器です。これができると、甘いお菓子を作れます」
ホイップを作るのにはうってつけなんだよ。氷は、あの大森林産のペンダントの中に氷を作るやつがあったから、それと合わせれば完璧。割と簡単にイチゴのショートケーキが作れちゃう。全女子が買いに来るでしょ。
「なんだお菓子かよ」
「お菓子だけじゃなくって、アタッチメントの先を色々作れば工具としても使えるし、井戸水を組む滑車にも組み込めるし、なんなら小麦粉を作るのにも使えます」
言ってもわからないだろうけど、ポンプもファンもプロペラも発電機のタービンもジェットエンジンもみんな回転を利用してるんだよ。竜車の車輪に組み込めば人間が運転でできるようになる。
産業革命になっちゃうけど、ブツがこれしかないしね。
魔法で回転させることができればこいつの代わりになるんだけど、発明家が生まれるほどの文明的余裕がないのかな。
「レパパトトスさん、作れますか?」
「作るさ。恩もあるしな」
不承不承という感じだけどレパパトトスさんは頷いた。
よし、言質は取ったぞ!




