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第九話 謎の草と謎の廃墟

 池のそばに作った畑(ぶちこが耕した)に種を植えてから3日経った。すでに芽どころか葉が生い茂り、よくわからないが、耕した土地にみっしりと謎の植物と木が生えていた。朝日を浴びたからか水をあげたからか、キラキラ輝いているように見える。みずみずしいというか神々しいという感じ。


「俺が埋めた種は5つだ。いいか、この畑はほぼ10メートル角だ。つまり、畑にみっしり草が生えているのはおかしい。アムアイアンダースタン?」


 無心で畑をじっくり観察する。

 草の種類は4。残りは木だ。

 菖蒲みたいに葉が長い草がひとつ。

 紫色のタンポポみたいな花を咲かせているのがひとつ。

 バラみたいにとげとげがすごすぎる草がひとつ。

 チューリップみたいに一本だけにょきっと長く生えてる草がひとつ。

 最後のひとつはもはや草ではなく木になってて虹色の桃みたいな実がひとつだけなっている。

 木は一本だけだけど、草どもはめっちゃ増えてる。根っこがつながってるオチとかあるのこれ。


「怖いから触りたくない」


 ぶちこはそんなの構わずにくんくん匂いをかいで回ってる。大丈夫なの?


――ダイゴ様、順調に育っているようですね。


 だだだだだいごさま!??!?!?


「ちょっと調理スキルさんどうしちゃったの? 俺の名前を呼んでくれるのはとても嬉しいんだけど、【様】はないと思うの……」


――ダイゴ様、ではダメなのですか?


「申し訳ありませんが聞きなれない呼ばれ方は心の安寧を吹き飛ばすモノでありまして我が心臓は今にもヤバいので様はやめていただきたく切に切に何卒お願い申し上げる次第です!」


 思わず90度お辞儀を披露する。


――ではなんとお呼びしましょう。


「いや普通にサトウで結構です。いきなり名前呼びされるとプライベートスペースがきゅっと狭まって心がびっくりするんです。まずは名刺交換からお願いしたく」


 あ、名刺なんて持ってなかった。


――では、ダイゴ様でよろしいですか?


「調理スキルさん、俺の話を聞いてました?」


――ダイゴ様で決まりということで。


 うわ、聞いちゃいねぇ。


――すくすく育っているのはみな薬草類ですね。


 話をそらされた。


「……薬草なんですね、これ」

「わふぅ」


 ぶちこが草を前足でつんつんしてる。つぶさないようにね。


「薬草ってことはどこかに売れるかもしれないか。でも通販とかなさそうだしなー」


 スマホが圏外だから通販があってもどうしようもないけど。


――今日の朝食も美味しかったですね。


 今日は話が飛びますね。

 その美味しい食事は調理スキルさんおかげなので俺は礼をいわれる立場ではないですよ。むしろ俺が礼をいわないといけない立場で。


――美味しい食事作るための水を祀っている社にもお供えをしたいのですが。


「水神様の神社にですか?」


――すぐそこに立派なお社があるのに、わたくしだけ美味しいお食事をいただくのは気が引けるのです。


 なるほど。調理スキルさんの神棚は俺が作ったものだし、あとから来たってことになるし。礼儀ってやつだな。仁義なき戦いはイヤだ。


「じゃあお昼から池の神社にもお供えしますよ。でもどこに置けばいいかなぁ」


 池に視線を移すと、ちょうど赤い鳥居の下あたりに小さな木の船が見えた。ここに載せろといわんばかりだ。


「……水神様、もらう気満々じゃん」


――そのようですね。


 調理スキルさんも呆れ気味な感じ。調理スキルさんもだいぶ人間っぽくなった気がする。最初はAIみたいな調子に聞こえてたし。


「わふぅー!」


 ぶちこが勢いよく池の周りを走ってる。暇だったか。


「あの池の長手は25メートルくらいあるのに2秒かからないで走り抜けてるな」


 だもんだからすぐに減速になっちゃってる。

 んー、犬って散歩というか走るのが好きだよな。ぶちこもよく走ってるし。

 広い敷地のドッグランが流行るくらいだし。この山頂は小学校の校庭くらいしかないから、デカイぶちこだと物足りないのか。


「ぶちこが気兼ねなく走れる広い場所ってないかなぁ」


 この山を下りれば荒地がどこまでも続いてそうだけど、荒地だもんなぁ。茶色い荒地は地平線までずっと続いてる。あ、ただこの山は緑で覆われたよ。草と、少しだけど木も生えてきた。育つスピードがおかしいけど。


「ぶちこー、走りたかったら山を下りてもいーんだよー」


 走り回りに飽きたのか池で泳ぎ始めたぶちこに叫んでみた。聞こえてるといいけど。

 ざばーってびっしょぬれのまま俺の前でお座りしてブルブルブルってされた。俺、ぐっしょりなんですけど。お澄ましして座ってるぶちこを見上げる。俺の近くに来るのを優先したのかそれとも確信犯なのか判断がつかないな。まぁいいか。

 洗濯スキルで俺もぶちこも乾燥させる。便利だけど、これを頻発する事態はイヤだな。


「わふわふわふわふ」


 ぶちこが頭を横に振ってる。たれ耳もぶるんぶるん振られてちょっと痛そう。


「行きたくないの? でもここじゃ狭いでしょ?」

「わふっふわふっふ」


 ぶちこがてこてこ家に向かって歩き出した。お昼には、少し早いぞ。


「わふっ」


 ぶちこが振り返ってこちらを見てきた。ついて来いってことなんだろうか。まぁ急いでやることはないし、ついていくかな。

 ぶちこは前足で器用に玄関を開けると、すぐに左を向いてぺたりと座った。俺も続いて玄関に入る。


「わふ」


 ぶちこが大きな扉を前足で指し示した。ホールにあるような両開きの鉄の扉が玄関のすぐ横に鎮座してた。幅は3メートルくらいかな。でかい。

 扉には大きく何か文字のようなものが掘られているけど、俺が知らない文字だ。うにょうにょしてる形でアラビア文字が近いかもしれない。これが分かれば何の扉なのかわかるんだろうけど。

 それはそれとして。


「……誓ってもいいけど、こんなデカイ扉はなかったぞ。俺が外に出るときにもなかったはず。あれば気がつく、絶対」


 ぶちこの散歩の心配をしたからなんだろうか。この扉の先には草原が広がっているとか、ありえそうなんだよなここだと。


「わふぅ……」


 ぶちこが扉を見ながら小さく鳴いた。ぶちこはあの先が分かっているのか。匂いでもするんだろうか。クンクンしてみるけど俺にはわからん。

 だがぶちこが悲しなら俺も悲しい。扉に前足をつけてじっと動かない。

 わかった、わかったよ。


「ちょっとだけ、ちょっとだけ開けてみるか」


 扉には鍵穴があって鍵がかかっていた。ふーんと鍵穴に触れてみるとガチャンと金属音がした。


「俺、何かしちゃいましたか」


 何もしてない。

 両開きは向こうに開けるタイプの扉だった。重そうに思えたけど、触れただけでギギギと開いていく。


「わっふ~~!」


 まだ半開き状態なのにぶちこが突貫していった。あっという間にぶちこの姿が見えなくなる。


「おいおいおいおいおい、マジかー……」


 扉の向こうは、赤茶けた荒れ地と、何かがあったであろう廃墟が広がっていた。

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