第八十七話 やっと帰宅
「あいしゃるりたーん。あれ、あいるびーばっく、だっけ?」
使い慣れない英語をつぶやきつつ、アジレラに凱旋した。なーんて俺が妄想しているだけだ。
今回は門で足止めを食らうことなく通過できたのはリーリさんが用意してくれた商業ギルドの身分証のおかげだ。あとは小さくなったぶちこも偉い。褒めて褒めてくしゃくしゃに撫でちゃう。
お礼を兼ねてあとでおじの商会にいきましょうね、とリーリさんにぶっとい五寸釘を打ち込まれた以外は平穏だ。さすがヤクザのお嬢様だぜ。
まずは無事に到着をオババさんに知らせるべく家を訪ねたのだが。
「ドアに鍵が掛かってる。留守みたいだ」
鍵穴とかは見当たらないけど扉は何かにひっかっかっているようで開かない。裏からの閂タイプなのかな。でも出かけるときはどうしてるんだろう。魔道具的な扉なのかも。
「オババも足が元通り以上になりましたし、いろいろ行きたい場所もあるのですわ」
「いーなー、大森林! あたしも行きたいなー」
「ベッキーやわたしでは危険ですわ」
「そっかー、残念!」
えーおふたりさん、そこで不穏なフラグたてはやめていただきたく。行く羽目になったら俺は「お前はもう死んでいる」と宣告されたに等しいからね。絶対に避けるよ。
「ここから家に帰れないとなると教会に行かないとね」
「お土産、たくさん買った!」
ベッキーさんが花まるの笑顔だ。ベッキーさんにとっては凱旋だろうしね。
少しは歩きなれた大通りを、人をよけながら歩く。
「あ、ちょっとギルドに寄っても良いでしょうか? アジレラに戻った報告だけはしないといけませんので」
「ついでに屋台で串焼きも!」
「ベッキー、少し前にお昼を食べたばかりですわ」
「だっておなかすいたモーン!」
ギルドには行きたくはないなと思いつつも世話になってるふたりの事情も加味せねばならない。オッケーと伝え、俺はつながれた宇宙人さながらで黙ってついていく。
西ギルドと呼ばれる建物は、わりと近かった。村とかで歩き回ってたせいもあって歩くこと位慣れたのかもしれないけど。
壁に剣や盾、鎧が描かれた建物の前についた。入口に扉はなく、中が良く見える。受付の人がいるカウンターがあって雑談できるテーブルがあって数人が話をしている、役所みたいな感じだ。中にいる人らが物々しい武器とかをお持ちな以外は。
「ちょっと行ってきますね」とリーリさんが中に入っていくと、その人らの視線が一斉に向かうのがわかった。
リーリさんは気にもせずカウンターに歩いていく。カウンターにいるのはウサギ耳の男性だ。なんだかさわやかそうに見える。やっぱり受付にいる人は外見も重要なんだろうか。
「3級ハンターのリャングランダリ、外出から帰りました」と伝えてささっと戻ってきてしまった。割と事務的な感じなのかな、ハンターギルドって。まぁ俺がかかわることはないし、いいか。
「お待たせしました、さぁ教会へ行きましょう」
と促され、大通りを西に向かって歩く。ぐるっとアジレラの外周を回って教会に近づけば、とたんに緑が増える。教会の周りだけ地面に草が生えてる。あの山の上はどうなっているのやら。
教会の周りにはだれもおらず、じゃあということで中に入る。
「さっぱりしちゃってる」
中にあった生活感のある家具なんかはなくなってて、その代わり礼拝はしやすくなってる。一番奥にある水神様の像を布で磨いている簡素なワンピース姿のロッカポポロさんがいた。
「あ、えと、おかえりなさいませ!」
目隠れのロッカポポロさんが拭き上げの手を止めてぺこりと頭を下げた。そういわれ、帰ってきたんだって実感がわく。
「先生はどこかにお出かけですか?」
「みなさん向こうに行ってます。呼んできましょうか?」
「あーいいですいいです、後で伺います」
と断れば「わかりました、先生にはそうお伝えいたしますね」とにこりと返された。
どこかの商会のメイドさんだったからか対応はお手の物って感じだ。これなら働き口もすぐに見つかるでしょ。
そんなことを考えながら屋敷につながる鉄扉をくぐる。
「あたしは先に行ってるね!」
ベッキーさんは待ちきれないのかコルキュルにつながる鉄扉に走っていった。ぶちこもわふわふと後に続く。
「わたしは一度オババの家に行ってきます。オババは片付けがへたなので散らかっているはずですわ」
リーリさんは別な鉄扉に消えた。数日でもいないとやることができるよね。
さて、俺もいろいろやらないと。
まずはキッチンのコンビニゾーンへ。冷蔵ケースの中の調味料なんかをばさばさ魔法鞄に入れていく。缶ビールも忘れずに。おやつ用にチョコなんかのお菓子も入れておこう。溶けない、よね?
「……いっつマヨネーズ。各種香辛料まで追加されてる。カレーは自分でブレンドしろってことなのかな。あ、ロックアイスも入ってる。なぜスルメが? いやおいしいけどさ」
コンビニゾーンに追加された品がある。確認は後だな。とりあえず外に出る。正直、どうなってるのか予想できないのがここだ。
水神様から言われているのはここで暮らすことなんだよ。放置しておくわけにはいかない。いろいろ出かけてるけどさ。
靴を履いて玄関を開ければ目に飛び込んでくるのは快晴の空。そして、生い茂った林だった。
「……まぁまぁ予想はしてたけどさー」
この山自体は3つの山に囲まれてててよく見えてたはずなんだけど、いまは木が生い茂っていて山のてっぺんしか見えない。南の方角には荒れ地が広がっているのが見えてたはずだけど、そこも林だ。森になってないだけましなんだろうか。すそ野がどうなってるかなんて考えたくはない。まさかの魔境爆誕とかは勘弁してほしい。
「……まずはお参りだ」
水神様の住まう池のほとりに来た。池は静かで波も穏やかだ。池の底にある社にも変わったところはなさそう。
薬草はすでに林との境界が分からなくなってて、キラキラをそこらじゅうに振り舞いてる。池の反対側にあった木(これもいつの間にか生えてた)はもう巨木といえるほどの太さになって頼もしくもマッチョに育っていた。
「手入れをしたほうがいいのかなぁ。でも庭の手入れなんてしたことないぞ」
そもそも俺が住んでたのはぼろいアパートで、庭なんてものはなかったけど。
オババさんも片づけができない族みたいだから薬草を取ったら取りっぱなしなんだろうし。手入れをしなくってもじゃんじゃん育っちゃうこの環境だと、手を入れた状態がいつまでもつのやらって問題もあるな。せめて薬草畑は整備すべきか。
柵でも作れば見栄えはよくなるかな。レパパトトスさんに頼むとか。でもその柵すらも乗り越えて繁殖しそうな気もする。
「……後で考えよう」
池のほとりの鳥居を見上げた。もちろんお供え用の小舟もある。手すきな時間でせっせと作っておいたお菓子類を載せて手で押してやると池の真ん中まで行って消えた。
二礼二拍手一礼。
無事に帰ってこれました。と帰還の報告だけした。さて中に戻るべと振り返れば、そこには俺の頭くらいの大きさのでかい蜂がホバリングしてた。




