幕間二十二 静か、でもない夜
エルエッサ村の酒場は夕暮れから目を覚ます。鉱山で働いていた鉱夫やハンターたちが戻ってくるからだ。
一日の終わりには酒が欠かせない。酒場や宿、そして各々の家が賑やかになる。
大悟らが身を寄せる野営広場にもテントが目立ってきた。一獲千金を夢見るハンターたちだろう。あちらこちらで酒盛りが始まる。
「どうもごちそうさまでした。大悟さんにはとても美味しかったとお伝えください」
アルコールで頬を赤らめたサィレンが大悟らの部屋から出てきた。大悟が「袖触れ合うも他生の縁」と言い出し、サィレンを夕餉に招待したからだが、その大悟は食事を終え酒が良い感じで回った段階で寝落ちしてしまったのであるが。
「昼間たくさん歩きましたからね」とサィレンにフォローまでされ、ベンジャルヒキリとリャングランダリも苦笑いだった。もっとも、ふたりは予定外の行動だったことは理解しているので、表情と心情は一致していない。むしろ自分達が罵倒されたことに対して大悟が憤慨したことを喜んですらいた。
「さて、少々早いですが寝る準備をしましょうか」
「そだね! 明日は鉱山だ!」
「楽しみですわ」
ふたりは食器の片付けなどをこなしつつ明日の予定で期待に胸を膨らませている。
「えっと、明かりは持った! 掘る道具は買った!」
ベンジャルヒキリが左腕の腕輪に明日の道具をしまう。鉱山に魔道具の明かりはあるが十分ではなく、星明りよりはましな程度だ。細かい作業には携帯照明が必須だ。
「わたしたちの運が良いといいですわね。さて、ダイゴさんを2階に運びましょうか」
「そだね!」
大悟はテーブルに突っ伏した形で寝てしまっている。靴も履いたままだ。
リャングランダリは大悟の横に腰を下ろし、彼の腹に左腕を差しいれた。大悟の体を少し浮かせ、その隙にベンジャルヒキリが椅子を引く。
「起こさないようにそーっと」
リャングランダリは大悟の体をゆっくり動かし、彼の脇の下に両腕を入れ抱き合う形で持ち上げた。ついでにぎゅむっと抱く力を強めた。
「うふふ、役得ですわ」
「ぶー、リーリするーい!」
「ベッキーだとダイゴさんの足が床についてしまいますわ」
「だって、あたしはハーフドワーフだもん、これ以上大きくならないもん!」
ベンジャルヒキリは大悟よりも少し小さく、リャングランダリは大悟よりも少し大きい。お姫様抱っこなら別だが、ベンジャルヒキリが抱きかかえるとどうしても身長差で大悟の足がついてしまう。
「まぁまぁ、ダイゴさんは少し前にベッキーはそのままでも可愛いと言っていましたわ」
「でもー、抱っこできないもーん!」
「逆にダイゴさんに抱っこされることは可能ですわ」
「あ、それならいい、かな?」
リャングランダリの論点ずらしであっさり不満が収まったベンジャルヒキリだ。険悪にならない凸凹コンビならではである。
ベンジャルヒキリが大悟の靴を脱がし、リャングランダリは彼を抱えたまま階段を登っていく。
2階の寝室は、階段以外すべてベッドになっており、いわゆる雑魚寝ができるようになっている。もちろん多人数でのいかがわしい使い方も可能だ。
「さて、お着換えですわ」
「ダイゴさんの魔法鞄から着替えを持ってきたよ!」
「ふたりでやりましょう」
ベンジャルヒキリとリャングランダリは大悟の甚平を手にフフフとイカガワシイ笑みを浮かべた。
そしてふたりの姦しい声が終わるころ。
「……殿方の裸をまじまじと見るのは初めてでしたわ。勉強になりました」
「わー、お父さんのしか見たことなかった!」
「ベッキー、騒ぐとダイゴさんが起きてしまいますよ」
「わ、お口閉じなきゃ!」
「わたしたちも着替えましょう」
ベンジャルヒキリとリャングランダリも甚平に着替え、部屋の2階のベッドに寝転んだ。部屋全体がベッドのど真ん中に大悟が寝かされ、その両脇にベンジャルヒキリとリャングランダリがぴったりとくっついて寝ころんでいた。暑さからか、うーんと大悟が唸る。
「今日も料理が美味しかったね!」
「ブランデーも、サィレンさんが欲しがってましたね。あれはおじの商会で売れるかもしれません」
「あれは、呑みすぎるとヤバいね! あたしのドワーフの血は半分だけど、そう言ってるよ!」
「ダイゴさんも食後にブランデーを飲んで寝てしまいましたし。歩いたことも、戦闘もありましたし」
「戦闘に巻き込んじゃったのは、ごめんだったね……でもね、あたしがチビデブって言われた時に怒ってくれて、すっごい嬉しかった!」
ベンジャルヒキリは大悟の左腕をぎゅっと抱いた。
「ふふ、わたしも嬉しかったですわ」
リャングランダリは大悟の右腕を抱きしめたが胸中は複雑だった。リャングランダリは、ベンジャルヒキリといる限り、どうしても胸は比較される。これも身体的特徴なのだが種族的特徴ではないので単純に比較されてしまうのだ。もちろん大きければいいというものでもないのだが男は単純なのでそこに視線が引き寄せられてしまうし、またそれを武器にする女性もいるのだ。
だがリャングランダリはそこに文句は言わないようにしている。それはベンジャルヒキリにとって、体形になって返ってくるからだ。
ドワーフと言えども瘦せている人はいる。ハーフとなればドワーフの血も薄まり、割と普通体形の者もいるのだ。ただベンジャルヒキリはややドワーフの血が濃いのだろう。彼女とて痩せたいとは思っており、大悟と一緒に行動するようになりそれを口にする回数も増えていた。
努力しても実らないものはある。
欠点と気にするよりも「容姿についてはどうとでも取れるし言いようだ」としていい方に取るのが、心に優しいという答えに行きついた。
「ベッキーはぽちゃかわで、わたしは美人モデル。それでいいのですわ」
大悟曰く、美人モデルとはどんな服を着ても似合うスレンダーな女性という意味の様で、それはリャングランダリの心をくすぐるには十分だった。
ともかく、大悟はふたりを好ましく思っているのが確認できたのだ。ふたりにとってそれは大収穫だった。
『あら、お邪魔でしたか?』
大悟の足元あたりに、ぼんやりした人影が現れた。水色のローブではなく、抜けるようなスカイブルーのワンピース姿のローザだ。
「「ローザさん!?」」
『お久しぶりになって、またおふたりにダイゴ様を任せっぱなしになって申し訳ありません』
ローザがぺこりと頭を下げる。急いで起き上がろうとするベンジャルヒキリとリャングランダリを手で制したローザはふよふよと天井に浮かび、3人の正面で止まった。
『ふふふ、昼間の大立ち回りは大変興味深いものでありました』
「うん、びっくりした!」
「ダイゴさんがああも言葉を荒げて怒るのは初めてでした」
『おふたりが大事に思われていて、とても安心しました』
ローザがふふっとほほ笑むと、ベンジャルヒキリはえへへと頬を緩め、リャングランダリ長い耳をピクピクっと揺らした。
『調理できるのが食材だけではないのはわかっていたとはいえ、優しいダイゴ様はそうなさらないだろうとは予想しておりましたが、あそこまで怒りをあらわにするのは想定外でした』
ローサの想定外という言葉に、リャングランダリは「そのようなこともあるのですね」と率直に驚きを表した。てっきり先回りしきっているとばかり認識していたのだ。
『えぇ、ですので、ダイゴ様を止める役としても、おふたりには末永くダイゴ様のお傍にいてほしいのです……できれば血統を残していただけると個人的にも助かります』
最後のあたりはごにょごにょと言葉を濁したようで、ベンジャルヒキリとリャングランダリには届いていない。
「あたしは、ずっと一緒にいるよ!」
「ベッキーはまたよく考えずに! わたしも、そのつもりですわ。長命種ですし」
『ふふ、ありがとうございます。あ、そうです、先日まで水神様と土の神がここで競争をしておりまして、私もここにおりました』
「水神様?」
「土の神様?」
ベンジャルヒキリとリャングランダリはほへっと口を開けて固まった。
『何を発掘させたら人間が驚くかを競い合っていたので珍しいものが見つかるかもしれません』
ローザは楽しそうに語るが、ベンジャルヒキリとリャングランダリは「神様なに遊んでるの?」と思わずにはいられない。
『ですので、明日鉱山へもぐるとのことですが、良いものがあるかもしれませんよ……え、は、あの水神様、今度はどちらへ? え、火の神と北限に遊びに? ちょっとおまちくださ、水神様ぁぁ!』
話の途中でローサの様子がおかしくなる。どうやら水神とコンタクトしているらしい。
『……申し訳ありませんが突発的事象の発生で対処に向かいますので、これで失礼いたします。あ、鉱山用にこれを置いていきますね。木材だけでなくなんでも切れますので。ダイゴ様にはよろしくお伝えください』
ローザは深々と頭を下げ、霧のように消えた。ローザがこれといったのは一本のノコギリで、倉庫にあった聖ノコギリだ。残されたふたりは大悟を挟んでお互いの顔を見合った。
「えっと、ローザさんも大変だね!」
「そ、そうですわね……もう寝ましょうか」
「うん、おやすみ!」
「おやすみなさい」
ベンジャルヒキリとリャングランダリは今あったことは聞かなかったことにして、大悟の体にぴったりはりついて、眠りについた。




