第八十話 サィレン・ジン・ジグレヒニ
「檻なんて、あるの?」
思わず口から転がり出た。この謎の箱の存在が、もしかしたらって思った原因なんだけど。
「えっと、こんなんでいいですか?」
サィレン少年が右手を振ると、街道の外れた地面に、巨大な格子の檻が出現した。大きさは、10メートル四方はある。ゴツイ鍵がぶら下がってる扉もついててその扉も人が通るにしては大きい。
檻の底も格子になっていて足場にしにくくしているようだ。
てか、どこから出てきた?
「魔物用の檻ですか?」
リーリさんが檻に触れて中を覗いている。格子の太さは俺の腕くらいあって、トラックがぶつかってもびくともしないな。
「えぇ、貴族が魔物を観賞する需要があるので、コレは魔物を運ぶための檻ですね」
「うーん、これじゃ弱い魔物しか運べないね!」
サィレン少年が自慢げに話す傍らで、檻を触っていたベッキーさんが檻の格子を握りグイっと引っ張り隙間を広げてしまった。
「えぇぇぇぇちょっと待ってください! これ、砂クジラの体当たりも耐える大森林産の檻なんですけどぉ!」
「え、曲がったよ?」
「なんでそんなあっさり曲がるんですかぁぁ! あぁ、高かったのに……」
サィレン少年はがっくり項垂れてしまった。
「え、あ、高かったんだ、ごめんね!」
高いと聞いて涙目になったベッキーさんがいそいそと曲げた格子を直した。それを見たサィレン少年は、少し口を開いたまま固まってしまった。
「……あ、あっさり直しちゃえるんですね」
「ベッキーは怪力スキル持ちですが少々特殊なので、お気になさらない方が良いですわ」
リーリさんのフォローも彼には届いていないようで、ブツブツつぶやいている。
このままだと気を失っているアイツらが目を覚ましそうだ。
「とりあえずその辺は横に置いておいて。あいつらを中に入れない?」
俺が声をかけると、「あ、そうでした」「あ、そうだね!」と、いま気がついたという顔のふたりが男たちを脇で抱え、ぽいぽいと檻に放り投げていく。うちの娘たちは力が強いなぁ。なんて感慨深く見てたらサィレン少年がすすっと横に来た。
「あの、そちらのエルフのお姉さんも怪力スキル持ちなんですか?」
「……リーリさんは、特にスキルを持ってるとは聞いてないけど」
「そうなんですか。それにしては、軽々とお持ちで……」
「あ、その辺はスルーした方が良いです。身の安全のために」
「……承知しました」
俺と少年は小声でやり取りした。いや、別にやましい会話じゃない。ただ、なんとなくさ。
「ベッキー、鎖ってありましたっけ?」
「えっとね……あった!」
ベッキーさんの左手に、船の錨くらいのものすごく厳つい鎖が握られている。いつも思うけど、あれってどこから出してるんだろ。というか、何で持ってるんだろ。
まぁ、俺の調理スキルで使う調理器具もどこにあったんだって代物だけどさ。
ふたりはジャンプして檻の上に飛んで、檻の上部に鎖を通している。あっさり10メートルを飛びましたねあなた方。もうおじさんは見ているしかできないよ。
「うん、できた!」
「ぶちこちゃん、これを咥えて持ち上げられますか?」
「わっふ!」
ぶちこが透明な階段を登るように空中を歩き、鎖を口にくわえさらに上に登っていく。ぎしっと軋み音が鳴り、檻が地面から離れた。
「突っ込みどころ満載なんだけど、もう慣れてきたな」
「……僕、彼らに襲われている方が安全だったかもしれない」
呆れ気味な俺の横で、サィレン少年がぼそっとこぼした。
街道にいると目立つのでちょっと街道からは離れた場所に移動して、改めて自己紹介だ。
リーリさんにテーブルセットを出してもらい、カップに水と作り置きのクッキーを出して休憩だ。もうサィレン少年も驚かなくなってた。
「改めまして、旅をしながら行商をしているサィレン・ジン・ジグレヒニと申します。偉そうな名前のように思われますがジン村のジグレヒニんとこのサィレンという意味です。この度は助けていただき、ありがとうございます」
サィレン少年は椅子に座り、深々と頭を下げた。
彼の生まれは商業業都市国家群マーマイト。商人の家柄ではなく革職人の家で次男坊。長男が優秀な職人なので継ぐ必要もなく、また収納という特殊なスキルを持っていたので、知り合いの商人を頼って行商を始めたとのことだ。
見た目は少年だけどすでに25歳。ベッキーさんよりも年上だ。少年と呼ぶのはふさわしくないな。
「エルフで長生きですからのんびりやっていこうと思って、根拠地は構えないで各地を転々としています。20日ほどデリアズビービュールズで商売をしていたので、次はアジレラで商売をしようかなと思って移動中でした」
で、途中で襲われましたアハハと乾いた笑いをしている。なんか達観してる感じだ。
「初めまして、俺は佐藤大悟。左に座ってるのがベッキーさんで、右に座ってるのがリーリさん。ワンコがぶちこ。アジレラに戻る最中だったんだけど、そこで大きな音を聞いて向かったら街道で爆発があってって感じ」
「あたしはベンジャルヒキリ! 3級ハンターだよ!」
「わたしはリャングランダリです。同じく3級ハンターですわ」
「わっふぅ!」
笑顔のふたりと1匹が挨拶をする。ちなみにぶちこは普通の犬サイズになってる。色々疑問だろう視線は無視する。
「あ、俺は普通の人なのでハンターじゃないです」
「普通、ですか」
サィレン君がベッキーさんリーリさん、ぶちこと順に視線をやってから俺を見てきた。わかるよ、その気持ちは。ぶちこも小さくなってるし、理解できないよね。でもね。
「えぇ普通です」
ここは言い切らないとさ。だって俺は普通だもの。
「あの、サィレンさんはマーマイトからとかなりの距離を移動しているようですが、護衛などは雇わなかったのですか?」
クッキーを手にしたリーリさんが尋ねた。話題を変えてくれたようだ。感謝感謝。
普通の商人は移動する際にハンターギルドか商業ギルドに護衛を依頼するとのこと。大きな商会ならお抱えの護衛団がいるとか。彼の周囲にはいなかったな。
「その、資金に余裕があまりないので移動は単独です。僕の場合はスキルの関係で大きさ無制限の収納が可能なので、先ほど見た金属の箱の中に逃げ込んじゃいます。魔法にも耐える堅牢さが自慢で、中には30日分の食糧やら水やらを入れてあります。襲ってきた相手が飽きるまでこもってるんですアハハ」
自虐的とも思える笑いをするサィレン君。
消極的だけど、それも色々あった挙句に編み出した生き残るすべらしい。ちょっと気弱そうな感じが親近感を覚える。
「商業ギルドで、追いはぎが出るって言われてはいたんですけど」
「知ってて護衛なしだったのですか」
「いやぁ、アジレラで商売する品を買い集めてたら資金がなくなってしまいまして」
アハハと笑うサィレン君。商人にしては隙だらけというか、警戒心がないというか。達観じゃなくてなにも考えてないだけだコレ。
「わ、何か面白いものって、あるの?」
静かにクッキーを食べてたべッキーさんが身を乗り出してきた。それもそのはず、クッキーがなくなっている。
「そうですねぇ……」
サィレン君は思案顔でちょっと上を向いた。とその時バシュッっと音が響き、上空でパァンという破裂音がした。
「きひひ、のん気だなお前ら! いまお頭に連絡をしたから、直にここに来るぜヒャッハー!」
檻の中で、杖を持っていた魔法使いがわかりやすく叫んでいる。あ、放置しすぎた。
のん気なのはサィレン君だけでなく俺たちもだった。
「わ、まだ仲間がいたんだ!」
「ついでなので残りも捕縛しましょう」
ベッキーさんが大きな堅鋼木の盾を持ち、リーリさんは優雅にカップの水を飲んだ。
「な、なんだお前ら! 先日の女3人みたいに逃がしゃしねえぞ!」
「そうだそうだ!」
「お頭は、もと2級ハンターなんだぞ!」
「だっはぁ! 3級ハンターなんかじゃ勝ち目はねーぞ!」
「震えてねむれぇ!」
檻の中の輩の威勢がいい。
うん、ライちゃんたちを襲ったのはこいつらで確定だ。
とはいえ、襲われるのはマズい気がする。ふたりもだけど特に俺。サィレン君はまたあの箱に逃げ込むだろうから安全だけど、俺は隠れるところもない。
元2級ハンターというとサンライハゥンさんと一緒だ。ベッキーさんとリーリさんは彼女に対してキラキラした視線を向けてたけど、今回は猛獣な目をしてるように感じる。
「そこのチビデブは売りもんにならねーけどそっちのガリなエルフはその手の趣向の金持ちに売れるからなぁ」
檻の中で騒いでいた魔法使いが、そんなことを口走った。ベッキーさんとリーリさんの体が、一瞬だけ固まった。
あぁ?
売り物? その手の趣向? 金持ちに売れる?
襲って物を奪うだけでなく、人も攫うのかコイツラ?
そう言えば、ふたりの友達ハンターが人攫いに攫われかけて人族が嫌いになったって聞いた記憶がある。
コイツらみたいのがいるからか。
「ぶちこちゃん、戦闘準備!」
「わっふ!」
ベッキーさんの掛け声にぶちこがぬっと立ち上がり、ずもももと巨大化した。頭のてっぺんが5階建てビルくらいの高さで、今までで一番デカい。
そのままお尻を地面につけてお座りした。
「ダイゴさんはぶちこちゃんの下にいてくださいね」
「え、下って? おわぁ」
ぶちこの前足が伸びてきて、俺の胴体はむにっと掴まれた。あ、巨大な肉球がぷにぷにだ。
なんて感触を味わってたらぶちこのお腹のもふもふにしまわれてしまった。あぁ、このモフモフのたまらない。
「あ、僕は箱に避難してますね!」
ドズンという地響きとサィレン君の声が聞こえた。




