第十五話 捜索と蕾
薄暗い空間に一本の樹木が根を伸ばし成長を続けている。幹のつけ根が寝台に形成され赤毛の少女が根に巻き取られていた。
少女は眠っている。多少の切り傷を負っているが表情は安らかである。まるでおとぎ話に登場する眠り姫のようだ。胸のところに何かを抱きかかえている。それはこの試練の元凶である迷宮の蔓だった。彼女を助け出す勇者が現れるまで1人静かにその時を待っているのである。
一方、少年は悪魔に手を引かれ暗闇の水路を進んでいた。その手は産まれたての赤ん坊のように小さく繊細で人差し指を掴むのが精一杯だ。
(しっかりとついて来な)
「うん。頼りにしてるよ」
悪魔にとって暗さは障害とはならない。光を必要としない闇の住人にこの空間はむしろ鮮明に見えている。
(すまん。行き止まりだ。引き返すぞ)
そう簡単に出口は見つからない。けれど諦めが悪くなった少年が弱音を吐くことはなかった。
悪魔と少年は契約を交わした。それは一生をかけての勝負だ。少年が諦めない限り悪魔は実体化しその力を貸すだろう。しかし一度でも心が折れれば精神は破壊され廃人になる。そんな内容だった。
風が頬を伝って流れた。その方向が出口になっている。そんな気がした。迷いは必要ない。間違えればもう一度やり直せばいい。悩む時間が無駄と感じて風の吹くままに進んだ。
その先に僅かな光源がある。暗闇に慣れた瞳はその程度の光ですら眩しくて反射的に瞼を細めた。自然と足の動きが速くなる。水の抵抗感は急ぐ気持ちにブレーキをかけてもう一度考える猶予を与えた。
「何かあるかも知れないから警戒して行こう」
(その時は僕が君を助けるさ)
この試練で少年は急速な成長を見せていた。
その頃、大慌てで走り回るマサヤがミネコをお姫様抱っこしていた。
「もう!恥ずかしってば!!」
マサヤは手がかりもなく一心不乱にカエデの行方を探す。乱暴に振り回されたミネコが「手が痛い!」とうるさかったためにこの捜索スタイルが誕生した。
ミネコが何度も宥めてみたがその静止も聞かず暴走は続いている。
「落ち着いて!こんな事したってカエデは見つからないから!」
「お前はカエデが心配じゃないのか!?」
もちろん心配である。しかし状況を整理せず本質を見失ったマサヤにカエデは見つかりっこ無いと思った。ミネコは体を捻り無理矢理地面に着地した。尚も走り去ろうとするマサヤの前に立ちはだかり強烈なビンタをお見舞いした。
「バカ!!アンタが冷静さを失ったら見つかるモノも見つからないじゃない!」
頬に感じた痛みは脳味噌を激しく揺さ振り混乱した頭を一瞬でクリアにした。
「すまん…。確かにそうだ」
ようやく我にかえりこれは試練である事を思い出す。
「直接危害を加える試練はドラゴンだけだってアンタ言ってたじゃん!」
この試練の事は知らないが、確かにそういう風に聞かされている。何者かに攫われたとは言え命まで取られたとは考えにくかった。
2人は状況を整理した。図書館内を張り巡らすように根を張ったこの植物は常に成長を続けている。蔓だけでなく枝や葉っぱもつけ始めいずれはジャングルのような環境を構築しつつあった。
カエデと少年を攫った蔓はあの時以来襲ってこない。自分達がいるこの場所より下に2人は居るはずなのだがここは一階でそれより地下は見たことも聞いた事も無かった。
マサヤとミネコの目的は決まる。隠された地下へ続く通路を見つけ出し2人を助け出す。それがこの試練を攻略するために必要不可欠だと判断する。
「図書館の見取り図を探すわよ」
「それなら知っている着いてこい」
2人はもう一度手を繋ぎマサヤがミネコの歩幅に合わせて歩き始めた。しかし本当に知らねばならい事態は他にあった。
この謎の植物は着実に目的を果たそうとしている。枝に花の蕾をつけて吸い上げた栄養をどんどんその中に溜め込んでいく。成長した蕾は二つ。北と南に一つずつある。
それは1メートル程で成長を止めた。一方は赤もう一方が青色をしている。
蕾は満を持して開花を始めた。しかしその花は奇妙な蕊を付けている。どちらも人間の上半身を型取っていた。赤色の花は雌型で青色の花は雄型の形をしていた。
その顔には見覚えがある。カエデと少年に瓜二つだったのだ。しかし実際の人のような生気は感じられない。
その周りに続々と凶悪な食虫植物が芽を出し家来のようにそばにつく。二輪の花はお互いを目指し移動し始めた。
この試練は時間が経つにつれその難易度を上げていく。歴代の挑戦者たちがこの植物の最終形態を見たのは一度だけだ。その時は死者が続出し当時の後継者が命からがら脱出した事で試練は最初からやり直すことができた。
しかし今回はその時よりも条件が悪かった。4人の知らぬところで最悪の殺戮者が再びこの時代に顕現しようとしていたのであった。




