第十四話 再開と心
千手財閥の時代は間も無く終わる。そう言う話が真しやかに噂されるようになった。トップシェアを誇っていた分野で遅れをとるようになってから数年。世界に革新を起こしていたゴウザブロウの死はライバル会社にとって転機と見られた。
「ナオスケ叔父さんは最近図書館に度々訪れるようになったの」
ミネコの息のかかった司書に監視させたところ千手家しか入れない立ち入り禁止区画に入って行くのを見たそうだ。
それは知略に優れたナオスケにしてはお粗末な行動である。
「カエデの事もあるし何か良くない事をしようとしているのかも知れない」
考えすぎな線もあるが千手財閥と千手図書館が密接に関わっているとわかった以上取り戻すために何かしらの方法で奪い取ろうと暗躍しているのかも知れない。
「みんな凄いわ。私、お祖父様の日記ぐらいしか情報が無くて…」
カエデは1人で出来るつもりでいた浅はかな自分を思い出して成人した2人の頼もしさが眩しく見えた。
翌日、2組の男女が手を繋いで図書館に入った。一方はカップルに見えたがもう一方は仲のいい姉弟に見えた。しかし立ち入り禁止区画に平然と入るさまは人目を引いた。
光り輝く4冊目の本を取ろうとカエデは手を伸ばした。触れる寸前で手が止まる。信頼できる仲間を得た今警戒はすれど恐れる必要はない。決意を固め再びその本を掴んだ。
するとエレベーターに乗った時のような腹の肝が上下する感覚を感じる。床が波打ち始め敵の襲来を知らせた。何かとても大きなものが地面の中で蠢いている。
床板が血管状に浮かび上がり裂け目から植物の蔓が芽を出した。それは前後に蔓先を振り回転して掴まりどころを探している。
とんでもない何かが起きている。けれどこの波が過ぎ去るまで身動きが取れなかった。全員がしゃがみ込み頭に手を回す。
揺さぶられた図書館は溜まった埃を吐き出し煙幕のように視界を悪くした。
ようやく波がおさまりお互いの無事を確認するためマサヤは声を掛け合った。
「みんな大丈夫か!?」
「うん!大丈夫よ!」
返事が有り全員の無事が確認された。マサヤは安堵して胸を撫で下ろす。しかし本番はこれからだった。
「きゃ!!」
「カエデさん!」
カエデの叫び声が聞こえた。しかし視界の悪さから何がどう起きたのかわからない。マサヤが「どうした!?」と駆け寄った時にはカエデの姿もうなかった。残る少年も体に巻き付く謎の蔓に絡め取られ何処かへ連れ去られる。4人は試練開始と同時に分断されてしまった。
そして少年は暗闇の中にいた。ポツポツと聞こえる水の音。そして再び始まる悪魔の囁き。
囁きは常に少年を否定し続けた。けれど今ならわかる。これは昔から自分自身で思っていた事なんだと。けれど心の奥底に響く声は堪えることを許さない。
「もう黙って!!」
放った叫び声は何度も反響して響いた。この場所は恐らく地下水路だ。少年のくるぶしまで水が浸かっている。不安が込み上げてくる。本当にオバケが出そうなぐらい不気味だ。
少年は一人ぼっちのはずがいけ好かない奴がずっと付き纏ってくるみたいだと思った。まるで二重人格にでもなった気分だ。芽生えた希望もすぐに否定するどうしようもない性格の持ち主である。
「僕はここから出る!そしてカエデさんを助けるんだ!」
(お前はここから出られない。野垂れ死ぬんだ)
「うるさい!僕はもう変わったんだ。必要としてくれる人が出来たんだ!」
(何も変われはしない。すぐに見捨てられるさ。今にわかる)
なんと言うマイナス思考の塊なんだ。表に引き摺り出して一発殴りたい気分だった。少年は深呼吸をすると両手で自分の頬を思いっきり叩いた。乾いた破裂音が幾度なく反響する。
当たり前だけど頬っぺたがジンジンと痛い。それで自分はまだ生きているんだと実感する。
「見てろよ。勝負だ!」
返事はなかった。否定するだけの存在は安全圏からの傍観者でしか無いのだ。
(参ったな。こんなのは初めてだ)
悪魔が正体を現した。実態はないけれどこの暗闇に溶け込んで確かに存在している。
少年は平常心を保っている。不思議と驚きはなかった。むしろ親近感のような情すら感じる。
「君は僕なんだね」
暗闇から乾いた笑いが漏れた。
(そうだ。お前でありお前じゃない。俺は心の悪魔って奴さ)
少年はとんでもないモノを生み出した。それはこの試練始まって以来のイレギュラーである事を本人はまだ知らない。




