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第3章:メトロ・ノーム(26)

「保守派と急進派。良くある構図ですね」


 ――――閉まった扉を眺めながら、ファルシオンが切々と呟く。

 その声は明らかに疲労を灯していた。


「自由だからこそ思想はぶつかり合う。結局のところ、自由なんてこの世にはないのかもしれません」


「そうかもね」


 そして、フェイルもまた嘆息交じりに腰を落とす。

 バルムンクと対峙するのは、それ程にエネルギーを必要とした。


「恐らく、その双方の抗争という典型的な構図なのでしょう。元々あった争いに、今回の令嬢失踪事件が大きく影響を及ぼした。フェイルさんはどのような関連性を思い浮かべます?」


「……あんまり言いたくないけど、駆け落ちって推測をそのまま採用するなら、保守派……シナウトって連中の資金繰りって線が濃厚じゃないかな」


 フェイルの推論は、ある意味では現実的で、ある意味では非現実的だった。


 保守派であるシナウトは、このメトロ・ノームを守ろうと活動している。

 ならばその資金源となり得るのは、メトロ・ノームを変えたくない――――これ以上人を増やしたくないと願う勢力からの支援だ。

 保守派とは言ってもその行動は過激なので、真っ当な仕事をしているとは考え難い。


 ただ、少なくともフェイルをここへ連れてきたマロウに関しては、保守派とは言い難い。

 フェイルに対し不快感を示さなかった管理人のアルマや酒場のマスターも同様。

 酒場にいた面々も同じだ。


 フェイルがここで相対した人間の数は少ないが、それでも保守派らしき人物は一人もいなかった。

 だとしたら、少数派――――若しくは特定の集団のみで形成されていると予想出来る。


 もしその仮説が正しければ、支援者も当然少なく、資金には困窮していると考えられる。


 そこで、保守派の一人が貴族令嬢であるリッツに取り入り、スコールズ家から資金を調達しようとしていた――――そんなシナリオが成立する。

 令嬢を誑かし婚約でもすれば、スコールズ家の財産を前借りする事も決して不可能ではないからだ。


 だが、そのシナリオは破綻した。


 当人同士の関係は現在も良好と考えられる為、原因はスコールズ家と男との不仲が濃厚。

 これも良くある『身分の違い』による反対によって軋轢が生じたと見なせる。


 そこで選択したのが――――駆け落ち。

 資金調達の手段としては、他に令嬢を人質にとる選択肢もあっただろうが、そうなるとスコールズ家は勿論、その影響下にある全ての勢力を敵に回す事になる。

 何より、子供を人質に取った時点で極悪非道となる訳だから、教会や官憲も黙ってはいない。


 それに対して、色恋沙汰ならそれらの勢力は動かない。

 どちらに可能性を見出すべきかは容易に想像出来る。


 失踪事件としてスコールズ家が自らギルドへ依頼しているのも、拉致ではない証左だ。

 もし人質に取られ身代金を請求されているのなら、一度支払った上でその連中の殲滅を傭兵ギルドと諜報ギルドに依頼する方が余程建設的なのだから。

 この方がギルドの活用の仕方としては適切だ。


 ただ、駆け落ちであっても実質的には人質と何ら変わりはない。

 例えリッツ本人が、そのような認識はなくても。

 資金調達が目的であるなら、シナウトにとっては婚約関係になってスコールズ家の一員となり貴族の支援を得るのも、多額の手切れ金といった名目で身代金を得るのも、大した違いはない。


 スコールズ家にしてみても、娘が裏の世界の人間に誑かされたと周知されるのは不本意極まりないだろう。

 その事実を伏せつつ娘を取り戻す為に、多額の金を費やす事に然程躊躇はないと思われる。

 それが貴族だ。


「私も同じ意見です」


 フェイルの推論を、ファルシオンは瞑目しながら肯定した。


「その仮説が正しい場合、急進派にとって保守派……シナウトが資金を調達するのは脅威ですから、当然阻止したい。そこにより強い対立構造が生まれます」


 そして、自身の荷物から羊皮紙の束で作ったノートを取り出し、羽根ペンと共にテーブルに向かう。


「以前、アルマさんや酒場のマスターの意見を参考に作った相関図です。ここに今判明した勢力図を加えます」


「なんか、メチャクチャややこしくなったね……」


 自分が今、どの勢力と協力体制を築いているかもわかり辛い状況だった。

 だが、紙に書いてまとめてみると、ある程度わかってくる。


 何故、アロンソがギルドに拘らないのか――――その答えも自ずと見えてくる。


「恐らくは、彼が保守派の一員なのでしょう。ギルドとシナウト(保守派)の抗争だからと言って、急進派が全員ギルドの所属とは限りませんから」


 傭兵ギルド所属のアロンソが、保守派としての顔を持ち、場合によってはシナウトと繋がっている、若しくはシナウトの一員である可能性は否定出来ない。

 それがメトロ・ノームの面倒なところでもある。

 ここでは、地上で何処に所属しているかなど何の意味も持たないのだから。


 あくまでも推論に推論を重ねた確証の薄い話ではあるが、それが真実ならば、フェイル達は令嬢を匿っているかもしれない勢力に協力を仰いだ事になる。

 ハルがアロンソの下に付いているのなら、彼の性格を考慮した場合、アロンソが保守派とは考え難いだろう。

『これ以上メトロ・ノームに人を増やすべきでない』という思想を盾に人間を間引く――――殺そうとするような連中とつるむのは、明らかに彼らしくない。


 だが部隊には所属せず協力者として行動を共にしているだけなら、アロンソの別の顔に気付いていない事も十分にあり得る。

 ギルドの仲間というだけで、その人物の全てを把握出来る筈もない。


 そして何より、この仮説を支持するのは先程のバルムンクの来訪だ。

 彼がここを訪れた目的は当然、ここを拠点にしているアロンソに会う為だ。

 いないとわかって何もせず立ち去った以上、それ以外には考えられない。


「アロンソがリッツ嬢の居場所を知っていると判断し、吐かせに来た……」


「はい。それなら先程の敵意も理解出来ます」


「僕達がアロンソの仲間になったとしたら、牽制の一つくらい入れるだろうね」


 次々に繋がる。

 そして、あのメッセージとも。


「今まで言う機会がなくて黙ってたけど、二階に『依頼人、施療院にて待機』って書置きがあった。アロンソが令嬢失踪事件の犯人と仲間だとしたら、彼への伝言って事になる」


「それは……困りましたね」


 フェイルも同感だった。


 書置きの『依頼人』が令嬢の駆け落ち相手だとした場合、その書置きは第三者の書いたものと見なせる。

 本人が自分を『依頼人』とは表現しないだろうし、寧ろ『我』とでも書いた方が、万が一第三者の目に留まった際に手がかりを多く与えずに済む。

 実際、今こうしてフェイル達にヒントを与えてしまっているのが何よりの証拠だ。


 よって伝言人がいると考えるべきだろう。

 そうなると、あの書置きは『これから施療院に向かってそこで待機する』という意思表示ではなく、『既に施療院で待機済み』という状態を教える為のもの。

 要は、施療院に行けばこの事件の関係者が必ずいる。


 先程ファルシオンはバルムンクに対し、『アロンソは施療院へ向かった』と教えてしまった。

 ここを出たバルムンクが次の目的地を施療院に設定しているのは確実。

 彼がそこへ着けば、その時点で事件は早々に解決へと向かうだろう。


 それだけ図抜けた力を持っている。

 バルムンクという男は。

 例えハルとアロンソが同時に相手をしても勝算は極めて薄いだろう。


 もしバルムンクが一人で解決した場合、当然ながら勇者一行は謝礼を得る機会を失う。

 一方、フェイルはというと――――結果として仲間であるファルシオンがアロンソの居場所を教えた事が事件解決の糸口になったとして、ウエストの提示した条件はクリア出来る。

 つまり、現状はフェイルにとって然程悪くはなく、勇者一行にとっては最悪という訳だ。


 ここに来て捻れが生じてしまった。


 ファルシオンはこの状況を傍観は出来ない。

 自分達の置かれた立場を改善すべく、何らかの方策を練るだろう。


 正直に裏の依頼の事を話し、ウエストから得る報酬の一部を勇者一行の借金返済の足しにする――――という選択もあるにはある。

 糸口となった発言はファルシオンがしたのだから、寧ろ彼女の手柄だ。

 それを独り占めしようという気持ちは、フェイルにはない。


 しかし裏の依頼の件を吐露すれば、一介の薬草士でしかないフェイルが何故ウエストに依頼をされたのか……と質問されてしまうだろう。

 この穴を見逃すほど、ファルシオンは甘くはない。

 程なく、フェイルは自分の裏の仕事を見透かされてしまうだろう。


 人殺しをしている訳でもないし、依頼される標的は例外なく真っ当な人間ではないため、フェイルの裏の仕事は決して悪とまでは言えない。

 だが、多くの財界人に傷を負わせてきた手前、それをファルシオンに知られるのは問題がある。


 勇者一行は、国王の名の下に活動している。

 もし『裏の仕事をしている人間を看過出来ない』と告発されてしまえば、薬草店ノートが営業停止になる可能性も否定は出来ない。

 例え悪ではなくとも薄暗い仕事である以上、『勇者が裏の人間を見過ごした』と第三者に指摘されてしまえば彼らには大打撃になりかねない為、黙っているのは難しいだろう。


「……」


 フェイルの額に汗が滲む。


 このままでいるべきか。

 現状を打破すべきか――――


「追うにしても、施療院の場所がわからない現状で先回りは不可能ですし、何よりあの男を相手に私とフェイルさんではどうにも出来ません。戦力確保の為にも、まずフェイルさんの知り合いの剣士の方を追って、施療院に案内して貰いましょう。こちらはアルマさんの家へ向かっている筈ですから方角はわかりますし、今から走れば直ぐ追いつけます」


 フェイルの逡巡を他所に、ファルシオンは瞬時に建設的な筋道を立てていた。


 確かに、それが最も合理的な方法。

 バルムンクが走って向かっている場合はどうやっても届かないが、ゆっくりと歩行していれば、回り道して道を聞いて駆けつけても、間に合う可能性はある。

 ただ、ここで迷っている時間を作れば、それも叶わなくなるだろう。


 決断は一瞬。

 フェイルはその一瞬だけ、顔をしかめた。


「……いや、それじゃ間に合わない。施療院の場所がここから近かった場合、バルムンクが急ぎ足で向かっていた場合……そのどっちでも追いつけないよ」


 そして、自身の考えを告げる。

 それは相応の覚悟を必要とした。


「確かにそうかもしれません。ですが他に方法は……」


「あるよ。酷く乱暴な方法だけど」


 フェイルは――――自分達で令嬢の身柄を確保する方向性を選択した。



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