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第3章:メトロ・ノーム(24)

 アルマとフランベルジュが去ったロッジ内は、暫し沈黙の支配下にあった。

 重苦しさも、少なからず淀みの成分として含有されている。

 そんな中、勇者リオグランテの活きの良いイビキだけが、軽快に時を刻んでいた。


「……良かったんですか。彼女を家へ帰して」


 静寂を終焉に導いたのは、ファルシオンの一声。

 窓際で壁にもたれ掛かっているフェイルへ向けての言葉だった。


「彼女……アルマさんがいれば、少なくともバルムンク及び彼の周囲の人間に対しての抑止力となっていた筈です。そして彼女自身、あの酒場で見せた『力』があります。私にはあの力が何なのか、未だに把握し切れていません。司祭の方は、封術の極みといった表現を使用していましたが……いずれにせよ、彼女がいるメリットは相当なものです」


 ゆっくり、淡々と、それでいて平坦に、ファルシオンは説いた。

 その解説は、決して難解なものではない。

 実際、アルマがここからいなくなるデメリットは余りに多い。


 が――――


「それは……」


「おいおい。そりゃ確かにバルムンクの野郎はあのお嬢ちゃんに相当お熱だけどよ、だからっつってあんな可憐な嬢ちゃんを危険に晒すのは非人道的じゃねーか? 俺は当然の配慮だと思うぜ?」


 フェイルの弁明の前に、ハルがフォローを入れる。

 その熱弁に対し、ファルシオンは表情一つ変えず、語調もそのままに次の言葉を発した。


「何故、危険なんですか?」


 短いその質問に対し、ハルは一瞬呆れたような顔を作り、そして大げさに溜息を吐く。


「お前な……そりゃ、勇者一行なんて肩書き背負ってりゃ毎日がイベント盛り沢山、危険のオンパレードなのかもしれねーけどよ。一般人はそういう訳にゃいかねーんだっての。俺等の仲間が射貫かれてるんだぜ? ここだって、それに今だって、決して安全とは限らねーんだ。俺等から離すのが、あの嬢ちゃんの安全の為には最適なんだよ」


 メトロ・ノームの管理人であり、蛮勇バルムンクの想い人である彼女を狙う人間は、少なくともこの地下を利用する住民の中には――――いない。

 だが、例え彼女を狙わずとも、流れ矢が当たってしまう可能性は十分考えられる。

 ハルはその危険性を延々と説いた。


「ですが、彼女には自らを守る術があります。それも超高等技術。加えて彼女は協力を約束してくれていました。私達と貴方がたの戦力を考えた場合、彼女の存在は必要不可欠であったと強く主張します」


「だーもー! 話のわからねー女だな!」


 ハルが頭を掻き毟りながら絶叫するその最中――――フェイルはただ黙って二人の話を聞いていた。


 口を挟まなかったのには、理由がある。

 そして、その理由を今は待っている段階だった。


「あのな、戦場ってのはンな机上の空論通りにゃ行かねーの! あいつらだって色々苦労して、その結果最小限の戦力でやってんだよ! いつ狙われるかわからねー状態で、そう何人も周りに居させられねーだろーがよ!」


「いつ狙われているか、わからない状態」


 ファルシオンは、その言葉をゆっくりと抽出した。

 まるで、ようやく手に入れた宝物を眺めるように。


「それ、ちょっと変だよね。貴族令嬢を巡って競合してるとは言っても、それくらいじゃそんな緊迫した状況にはならない。どうして子供を探しているだけで狙われてるの?」


 そこで、フェイルも間髪入れずに指摘を発する。

 その言葉に、ハルは――――顔を引きつらせ、テーブルに肘を突いた。


「……あーそうか、そういう事かよ。テメーら、最初っから『コロットが狙撃された本当の理由』を俺から聞き出そうって魂胆だったな? いつ示し合わせたんだよ?」


「いえ、特に」


「話の流れから、何となくそうかなー、って思って」


 並び立つファルシオンとフェイルのしれっとした発言に、ハルはずるずるとテーブルに突っ伏した。


「お前ら、知り合って間もないんだよな? 何なんだ一体……」


 が、直ぐに顔を上げる。

 その表情は脱力感を一切捨て、引き締まったものになっていた。


「わざわざそんな手を使って聞き出そうとする辺り、ある程度気付いてるたぁ思うが……俺らにとっちゃ、結構ナーバスな話題だ。そこんトコはわかってくれや」


「はい。他言はしません。"アロンソさんにも"」


 ファルシオンの先回り発言に、ハルは何度か小刻みに頷きつつ、苦笑した。


「……ったく、誰かさんを思い出すぜ」


「?」


「いや、こっちの話だ。ンじゃ簡単に話すぜ。コロットを狙ったのは、失踪事件とは関係ねー勢力だ。当然土賊なんてチンケな連中でもねー。『シナウト』っつー奴等だ」


 シナウト――――その聞きなれない言葉に、フェイルの眉が微かに下がる。


「ま、一言で言えば保守派、穏健派ってトコだな。これ以上このメトロ・ノームに人数を増やすコトを良しとしない連中。そいつ等が、間引き目的で狙ってんだよ」


「間引き……?」


 ファルシオンの呟きに、ハルは小さく頷く。


「要は、選民意識を持った勘違い集団ってこった。程度の低い、秀でた所のない人間と見做した奴等に対して連中は牙を剥く。このメトロ・ノームに相応しくない者共は我々が消去する、ってなノリだ」


「そんな連中が……って、どうして黙ってたのさ。秘密にする事じゃないよね」


「あんまり、声にしたくはなかったんでな。被害に遭ったヤツのコトを考えると」


 それはつまり――――コロットが『程度の低い』標的に選ばれた事への配慮を意味する。

 フェイルも納得するしかなかった。


「コロットも、恐らく薄々気付いてるだろうがな。手口は数パターンあるが、矢毒ってのは前々から言われてた中の一つだ」


「確かに、今の時代には珍しい……いえ、失言でした」


 ファルシオンはフェイルの背中の弓を視界に納め、声を収める。

 フェイルは一瞬仏頂面を作ったが、直ぐに首を横に振った。


「何にしても、お前らも危険かもしれねー。気を付けな。ま、ここで大人しくしてる分には大丈夫だろうがな。ここに入ったところを見られでもしていない限り」


「そんな気配はなかったと思うよ」


 フェイルはそう口にし――――同時に気付く。


「……まずいかも」


「アルマさんは標的にはなり得ないですが、フランは……もしあの酒場での一幕をシナウトという集団が覗いていたとしたら、良くない印象を抱かれたかもしれませんね」


 その女性剣士は、今頃護衛の名の下に外を歩いている。

 極めて危険な状態だ。


「シナウトって連中は特に名乗りはしねーし、誰がその一員なのかは俺らでも知らねー。ヤバいかもしれねぇな」 


 ハルは首を回しながら立ち上がり、立てかけていた自身の剣を手に取った。


「あン時、俺が送って行くって名乗り出りゃ良かったんだが……ま、言っても始まらねーか。ちょっくら行ってくらぁ」


「僕も……」


「お前らは残ってな。人数が多くて得するコトは何もねー。ここは人生の先輩に任せときな」


 飄々と肩を竦め、ハルはロッジの出入り口を跨いだ。

 風は当然なく、扉の閉まる音が鳴り響く前も、その後も、室内に大きな変化はない。


「では、始めましょうか」


 その淀んだ空気を切り裂くように、ファルシオンが立ち上がる。

 その言葉は、本当に示し合わせていたかのように、意図をほぼ全て省略していた。


「……あんまり良い気分じゃないけどね。友達の厚意を踏みにじるみたいで」


 フェイルは頬を掻きつつ、壁から背を離し、そのファルシオンに続いて歩き出す。


 ――――ファルシオンがハルに対して試みた事は複数あった。


 一つは、ハルも言っていた『襲撃の理由』を明らかにする点。

 そしてもう一つ。

 ハルをこの場から一時退場させるという試みだ。


 その目的は当然、このロッジの探索だ。

 幾ら協力体制を築いたとはいえ、素直に現時点で得ている情報を全部明かすほどお人よしな傭兵はいない。

 常に競合相手と闘いながら糧を得ている彼らにとって、情報とは命綱なのだから。


 それならば、自分達で探すしかない。

 彼らアロンソ隊が何かを掴んでいるならば、その手掛かりがこの拠点にあるかもしれない。

 

 それがファルシオンの目論見であり、フェイルが共有した方法。

 この『貴族令嬢失踪事件』で一足先んじる、唯一の方法だった。


「フェイルさんは二階をお願いします。出来れば迅速に。探し物は得意ですか?」


「勇者ほどじゃないかな。起こさなくていいの? 探し物のプロ」


 物語の中の勇者は探索が非常に上手い。

 街の到る所から、役に立つアイテムを見つける事が出来る。

 これも、勇者の素養の一つだ。


「リオは就寝中の方が感覚が鋭敏になるので、そのままにしておきましょう。いびきが途絶えたら、怪しい気配が近付いてきた証と考えてください」


「……虫の鳴き声みたいだよね」


 嘆息と苦笑を交えつつ、フェイルは階段に足を踏み入れた。


「貴方とは……仲間でいたいです」


 不意に――――ファルシオンが呟く。


「出来れば、この先もずっと」


 振り向いたフェイルが見たのは、魔術士の笑顔。

 嘲笑、皮肉を込めた苦笑、或いは愉快な事に対する反射的な笑い――――ではない。


 充実感が作る、穏やかな笑み。

 これまで一度も見せなかった顔だった。


「……僕もそう願ってるよ」


 それだけの言葉を返し、フェイルは階段を上った。

 そして二階の扉に着くまでの僅かな間を使い、考える。


 ファルシオン=レブロフ――――勇者一行の一員。


 魔術士としての腕を目にする機会は殆どないが、超一流といった印象は今のところはない。

 戦力としては、フランベルジュの剣士としての水準とそれ程大きな差はない。


 ただ、これまでに幾度となく見せてきた対人交渉術の妙に関しては、他の二人と全く釣り合いが取れていない。

 その外見から予想される年齢とも。

 大臣や元老院の面々よりも、更に弁が立つかもしれない――――宮廷弓兵として王宮に従属していた頃に見て来た妖怪のような老人の顔を思い出し、フェイルは微かな戦慄すら覚えていた。


『勇者一行には、あまり気を許さない方が良いわよん♪』


 そんな流通の皇女の声が、頭の中で再生される。

 情が移るから、と続いたその言は、明らかに言葉遊び。

 この言葉の真意は『勇者一行の中に曲者がいる』という意味である事は間違いない。


 勿論、それ自体が言葉遊びの類のものである可能性は否定出来ない。

 それに、スティレットの物言いを鵜呑みにするほど、彼女との信頼関係がある筈もない。

 通常なら気にすべきではないのだが――――


「……」


 扉が目の前に現れた時点で、フェイルはその思考を捨てた。

 今はそれよりも重要な事がある。


 扉を開き、広がる視界の中に手掛かりとなりそうな物は――――見当たらない。


 仮にアロンソ隊が貴族令嬢の居場所に関する手掛かりを掴んでいるならば、情報の共有を行う為の『何か』があるかも知れないと、フェイルは踏んでいた。

 ハルが他の面子と別行動を取っていた事からもわかるように、アロンソ隊はそれぞれの人員がそれぞれ個別に動いている。

 その場合、自分が得た情報を一刻も早く他の仲間に伝える為に、伝言を残す媒体が必要だ。


 競合相手が多く、また戦力的に自分達を上回る勢力が存在する状況では、当然一刻を争う必要がある。

 悠長に他の仲間の帰りを待って、自分等が仕入れた情報を教え合う――――そんな方法は極めて非合理的。

 そう読んでいたが、伝言用と思しき物は何処にも見当たらない。


 そもそも部屋自体が質素で、二つの棚とランプが目に付く程度しか物はなく、ベッドさえもない。

 床にはコロットの血が今も点々とシミとなって残っている。

 ただ、人間の心理上、記録を残すのであれば一階より二階の方が可能性は高いと考え、フェイルはその場での捜索を続行した。


 が、帳簿や伝言板のような物は何も見当たらない。

 時間ばかりが悪戯に過ぎて行く。


 文字を記録する媒体は、この部屋には何もない。

 ただ、血の滴る床が一面に広がるのみ――――


「!」


 その刹那、フェイルの頭には一つの可能性が浮かび上がった。


 そう。

 文字を記載するのに、羊皮紙や板は必要ない。


『この部屋の何処か』に書けば良いだけの事。


 木製の壁、床。

 羽根ペンでそこに文字を書く事は十分可能だ。


 ただ、直ぐにわかる場所には書かないだろう。

 フェイルは棚を動かし、その背面と接していた部分の壁を丹念に探す。


 上部には、何も書かれていない。


 中部――――何もなし。


 下部――――やはり何もない。


 もう一つの棚を動かし確認したが、やはり何もなかった。


 アテが外れたと落胆する余裕もない。

 同じ原理で言えば、この部屋の平面部全てを探る必要がある。


 次の平面部は、棚の引き出し。

 全ての引き出しを取り出し、それを調べなくてはならない。

 結果は同じだろうけど――――と半ば思いつつ。


「……あ」


 それは直ぐ否定された。


 最初に取り出した引き出しの底。

 その裏側に、ビッシリと文字が記載されていた。


 紛れもなく、それは伝言板。

 そして、そこに記載されている最後の一文は、フェイルとファルシオンの期待通り、手掛かりとなり得るモノだった。


『依頼人、施療院にて待機』


 その文面が何を意味するのか――――


 言うまでもない事。

 アロンソ隊は、何者かの依頼を受け動いている。

 貴族令嬢の確保により得られる報酬と名誉のみが目的なのではなく、別の背景が見えた。


「ファルシオンさん、ちょっとこっちに来て!」


 棚の位置を戻し、大きめの声で一階を探す女性魔術士を呼ぶ。


 ――――が、返事はない。

 フェイルは一旦引き出しも戻し、扉を開けて一階を見下ろした。


 その視界にファルシオンの姿はあった。

 けれど、そこにいたのは彼女だけではない。

 もう一人、そのファルシオンの視線の先、入り口の最寄の椅子に腰掛けている。


 リオグランテではない。

 気付けば――――彼のいびきは途絶えていた。


「おっ、出て来たか」


 まるで我が家のように寛ぐその姿に、フェイルは反射的に目を見開いた。


 傭兵ギルド【ラファイエット】大隊長、バルムンク=キュピリエ。

 その大男は、屈託のあるのかないのか不明瞭な顔で、口角を大きく上げていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 別作品を知らなくても楽しめるし、読んでいるともっと楽しめるところ [一言] 「……ったく、誰かさんを思い出すぜ」って台詞をみるまで気づきませんでした(不覚の極み)
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