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第3章:メトロ・ノーム(22)

 アロンソ隊――――


 実際にはそのような名称の部隊はなく便宜上呼んでいるに過ぎないが、この部隊に所属している人間は総勢四名。

 隊長のアロンソ=カーライルを筆頭に、オスバルド=スレイブ、コロット=ブランバーレン、アランスビア=ウォーノックが名を連ねている。


 オスバルドは男性でありながら肩まで伸びた黒髪が特徴的で、一見病んでいると感じるほど顔色が悪く、身体も細い。

 傭兵ギルド【ウォレス】に所属していて、アロンソの下で副隊長として働いている剣士でもある。

 

 コロットとアランスビアはギルドの人間ではなく、剣一本で世を渡り歩く野良の傭兵。

 戦争がなくなり、内戦も殆ど見られなくなった平和な時代に突入した事で、彼らのような存在は徐々に淘汰されつつある。

 だからこそ、今回のような名を売り富を得るまたとない好機に賭ける思いは強く、本来馴れ合わない体質の彼らもアロンソ隊においては強い結束力と飢餓感をもって臨んでいるらしい。


 少数精鋭の部隊で活動するには、腕や知識はさる事ながら、モチベーションも同じくらいに必要とされる。

 ただでさえ少ない人数なのに、やる気がない者がいると一気に空気が悪くなるし、万が一黙って途中離脱されてしまうと目も当てられない惨状となる。


 それだけに、不可抗力とはいえコロットの離脱が与える影響は大きい。

 少数精鋭と言えば聞こえはいいが、一人一人の担う役割が多くなればなるほど戦力を失った時の痛手は大きく、士気の低下も顕著。

 そういう脆さと表裏一体なのは否めない。


 だからこそ、ハルの協力者という立ち位置が成立する。

 彼自身はアロンソの指揮下で令嬢を探す気はないが、コロットやアランスビアとは顔見知りだったようで、その縁もあって協力者という立場で関わっているという。

 アロンソとしても、例え命令系統が機能しなくとも、自身の隊の脆弱性を補えるのなら――――という判断で、成功報酬を条件に行動を共にしているようだ。


 コロットが離脱した事で、本来ならハルがそのポジションに就くところだが、コロットは情報収集と斥候を兼ねており、社交性はあっても他人に阿る事が出来ない上に要領も悪いハルにその役目は荷が重い。

 そんな中、四人で報酬の二割という破格の条件が舞い込んできたのだから、アロンソが二つ返事で協力を受諾するのは必然だった。


 何しろ、情報収集に関しては更に人手がいる状況だ。

 競合相手との情報戦に加え、コロットを戦闘不能に追い込んだ敵の存在を解析する必要がある。

 もしその敵と戦う事になれば、相応の戦力も必要になるのだから、戦える人間の加入は願ったり叶ったりだ。


 それでも、アロンソの表情は冴えなかった。

 味方が深手を負ったのだから、隊長としては当然の姿勢ではある。


 ただ、それ以外にも理由があるとファルシオンは見ていた。


「恐らく怪しんでいるでしょう。実際、私達の現れたタイミングは明らかに都合が良すぎますし」


 外へ続くロッジの入り口を眺めながら、静かにそう告げる。


 現在、アロンソとアランスビアの両名はファオ=リレーの施療院へコロットを運んでいて、オスバルドは外の見回りを行っている為、中には勇者一行、フェイル、アルマ、そしてハルしかいない。

 だからこそ話せる内容でもあり、会話に熱も帯びる。

 ただしアルマだけは、特に興味がないのか、それとも関わりたくないのか、ぽーっと虚空に視線を泳がせていた。


「……確かに、僕が薬草士なのも含めて相当怪しく映ってるだろうね。彼らの目には」


 外は薄暗さを帯びているものの、朝よりはずっと明るくなっている。

 その様子を窓から眺めていたフェイルは、視線をロッジ内へと戻した。


「アロンソはそんな狭量なヤツじゃねーぞ。実際、感謝してただろ。」


 ハルの反論に、ファルシオンは視線ではなく唇だけ動かし反論を試みた。


「私達を注意深く見ていました。観察するように、ちょっとした動揺も見逃さないように。でも、それが当たり前だと思います。隊を預かる人物が、この状況で無邪気に『不幸中の幸い』と喜ぶようなら、その方が問題ですから」


「確かにね。偶々酒場で関係者を掴まえて、偶々欠員が出て、偶々応急処置が出来る人間がいて……そんな偶然あるかって思われても仕方ないんじゃない?」


 フランベルジュが皮肉げに微笑む。

 その視線の先には、何も理解していないリオグランテに向けられていた。

 名前こそ出ていないが、この話題の中心人物は彼だ。


「な、何ですか?」


「私達にとってはこれが当たり前、という事です。それが勇者の特性ですし、勇者一行として活動する上で、この幸運は決して珍しいものではありません」


「もう何度もご都合展開を経験してるものね。ただの運ならとっくに一生分使い果たしてるでしょうし」


 フェイルとハルも顔を見合わせ、自分達が昔呼んだ英雄譚を思い出しながら苦笑いを浮かべる。

 その中で勇者はいつだって中心にいた。

 だからこそ、物語の世界は勇者を中心に回っているし、それを前提に話が作られている。


 実話を元にした英雄譚も少なからず存在しているが、大抵は脚色が加えられていて、その部分は勇者のパブリックイメージ――――すなわち幸運と正義感で埋められるのが常だ。


「勇者ならではの特性……ってか。まあ創作と現実を混同するつもりはねーけどよ、実際こうやって目の当たりにすると嫌でも認めちまうな。そういう巡り合わせがあるって」


「その事をアロンソさんにお話頂ければ、ありがたいのですが」


 最初からそれを懇願するつもりだったのか、ファルシオンの言葉は全く淀みがなかった。


「いや、本人に直接言えばいいじゃねーか。もう協力要請は通ったんだぜ? 信じる信じないは別にして、意見を言える立場ではあるだろ?」


「私達は彼の信頼を得ていません。そのような人物の言葉は響かないでしょう。それに、この隊の中心人物はアロンソさんではなく、貴方のように思えます」


「……」


 ハルは否定せず、眉をひそめ、おどけた顔を作った。

 実際、ギルド員と非ギルド員の共通の知人であるハルの役割は決して小さくはないだろう。

 それは彼がこのロッジに駆けつけた際のコロット達の表情からも窺えた。


「ま、それくらいは別に良いけどよ。こっちとしても、見返りは欲しいもんだ。宿屋で見かけたっていう貴族の嬢ちゃんに関する情報、当然くれるんだろうな?」


「はい。協力体制を築く以上、情報開示は義務ですから」


 キッパリと肯定したファルシオンは――――その黒目だけをフェイルへ向けた。

 その目は、こう訴えている。


『話を合わせて下さい』


 フェイルはそれを即座に感じ取り、頬に滲む冷や汗を親指で弾いた。

 そして同時に、ハルの視線がファルシオンに向いているのを確認し、フランベルジュに向けて唇を人差し指で押さえてみせる。


『余計な発言は控えるように』


 そのサインはとてもわかりやすかったので、問題なく通じた――――と判断出来る表情をフランベルジュは浮かべていた。

 相手がお互い気心知れたハルじゃなければ致命的なミスだっただろう。


「直接話をした訳ではありません。ただ、宿屋の主人から令嬢の当時の様子を聞いています」


「多少は参考になりそうな話なんだろうな?」


「はい。彼女は……とても焦っていたそうです。まるで、何かに追われているかのように」


 ファルシオンのその発言が真実か否かは、その場に居合わせていなかったフェイルには判断出来ない。

 そんなフェイルに対し、『本当だろうな?』と言わんばかりにハルの視線が向く。

 当然のようにフェイルは首肯した。


「となると、自発的に外出してる可能性が高い訳か。大方、退屈な日常を抜け出して自由に飛び回れる場所を求めて外に飛び出した所を誘拐された、みたいな話じゃねーのか?」


「身代金目的で小悪党が世間知らずな女の子を誘拐したら、偶々貴族の令嬢で、大捜査網が敷かれている事にビビッて、表に出られない状態が続いている……みたいな、ね」


 フランベルジュの補足に、ハルが自信あり気に頷いた。

 実際、未だに身代金の請求がなされていない事も、これで一応説明はつく。


 が――――


「いえ。その可能性は低いと思います」


 容赦なくファルシオンが切り捨てる。


「貴族令嬢の失踪事件となれば、大抵の人間が身代金目的の誘拐である事を想像しますし、実際私達もずっとその線を追っていました。ですが、これだけの人間が捜していながら未だに見つけきれていない事を考えると、その線は薄いと思います。既に少女を誘拐しそうな悪党には全員調査が入っているでしょう」


「ま、確かにな。だからこそ俺等も八方塞がりなんだよ」


 顎を掻きながら納得するハルが、思案顔のまま固まる。

 余り色々考える事は得意ではないらしい。


「……何か他に、思い当たる状況でもあるのか?」


「はい。私達がアロンソ隊に対して報酬分の貢献を出来るのは、この推論の提出です」


 実際には、勇者一行の総意ではなくファルシオンの独断なのだが――――フランベルジュもリオグランテも一切反論はしない。

 フェイルのサインが行き届いている証拠だが、それだけに留まらない。


 勇者一行の頭脳、ファルシオン。

 その役割は徹底されており、絶対の信頼を寄せているからこその沈黙だった。


「リッツ=スコールズは、自分の意思で身を隠しています」


 その言葉と同時に――――扉が開く音が室内に響いた。


 全員の視線がそちらへ向く。

 そこには施療院から戻って来たアロンソと、見回りを終えたオスバルドの姿があった。

 途中で合流したらしい。


「アランスビアは夜まで施療院に残るそうだ」


「そうか。容態は?」


「……君の友人の言った通りだった」


 微かな間の後、無念を噛みしめるようにアロンソが呟く。

 その間の意味を何となく察したフェイルは、小さく嘆息した。


「それで、今の話はどういう事か、説明願えるかな。ファルシオン=レブロフさん。何故彼女が身を隠す必要がある?」


 案の定、話を聞かれていたらしい。


 ただ、最初にそこに言及した時点で聞かれていたのは途中からだったのは明らか。

 仮に最初からだったとしても特に問題はないが、『あの男は我々を疑っている』という会話をどう捉えるかは人それぞれで、もし陰口と取られるようなら心証は確実に悪い。

 尤も、既に契約が成立している以上、イメージの低下は然程痛手にはならないが。


「……まだ年端も行かない少女が、安全で何でもある家を自発的に飛び出す理由は、そう多くはありません」


 ファルシオンの答えを聞きながら扉を閉め、アロンソは少し疲れた様子で最寄の椅子に腰掛ける。

 プレートアーマーも、腰に掛けた剣もそのままに。


「外の世界に憧れて……というのが最もありきたりな構図ですが、それなら私達が泊まっている宿に足を運ぶ筈がないんです」


「理由を聞きたいね」


 アロンソの少し強い口調に対し、ファルシオンは一拍の後、口を開いた。


「その宿が、表向きは鍛冶屋となっているからです」


 ファルシオンのその発言を――――フェイルは感心しながら聞いていた。



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