表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/610

第3章:メトロ・ノーム(21)

 仮にも大病院の秘書が、このような光の届かない場所で活動しているのは異常とも思える。

 地上で顔見知りになっている人間と、ここで再会する可能性が極めて高い立場なのだから。


 逆に言えば、このメトロ・ノームが地上のいかなる束縛も持ち込まないという証明でもあった。

 もし病院関係者にバレれば、直ぐにでも雇用契約を解除されるだろうが、現実にそうはなっていないからこそ彼女はここにいる。

 地上だけでなく、地下で見聞きした事も地上へ持ち込まないという暗黙の――――或いは正式な規律があるのかもしれない。


 いずれにせよ、ファオの登場に驚きを禁じ得なかった勇者一行は、一礼して患者のいる方へと走る彼女の姿に暫く視線を奪われていた。

 その中にあって、フェイルの姿勢は一貫している。

 医者が来たと周囲の反応でわかっても、そちらに視線は向けずコロットの状態を観察し続けていた。


「あ、あの……」


「状況を説明します」


 そして、傍まで近付いて来た医者がヴァレロン・サントラル医院のファオ=リレーだと瞬時に把握しつつ、でもそれに触れる事なく円滑な情報伝達のみを行う。


 それは、薬草士として――――薬を扱う人間として、当然の行為だった。

 何よりも優先すべきは患者の安全だからだ。


 薬草士は医者ではない。

 だが、治療者ではある。

 なら医者同様、患者の前では常に最善を尽くす義務がある。


「……的確な処置に感服します。後は私が」


「はい。お願いします」


 斯くして、無事引継ぎは終わった。


「お、おい」


 声がけもせず、目すら合わせずにその場を離れようとしたフェイルに、コロットが慌てて声を掛ける。


「ありがとよ。俺がこの後どうなるかはわからねえが……看てくれたのがあんたで良かった」


 そんな弱気なお礼の言葉を受け入れる訳にはいかず、フェイルは振り向きも応えもせず、そのまま無言で一階へと向かった。

 後々あらためて握手の一つでも交わせる時が来るようにと願って。


「良い仕事したじゃない。少し見直した。貴方は本当に薬草士なのね」


 階段を下りる最中、フランベルジュが何気なく発した言葉が妙に頭の中に響いた。





「――――あらためて紹介するぜ。ウチのギルドの隊長、アロンソだ。今回の令嬢失踪の一件には俺も一枚噛んでるから、仲間って事になるな」



 一階に下りて間もなく、それぞれが自分用の椅子を探す最中に、ハルはアロンソをそう紹介した。

 普段は仲間意識がないと断言しているようなものだが、アロンソは特に気にする様子もなく、美しいと形容しても差し支えない所作と姿勢で一礼し、フェイルと目を合わせる。


「アロンソ=カーライルだ。コロットの応急処置をしてくれた事にまず礼を言いたい。感謝する」


 彼の機敏な所作に、フェイルは即座に具体的なイメージを抱いた。

 昔、そしてつい最近、似た空気に触れていたからだ。


 そしてその内の半分は――――

 

「なんか騎士みたいですね」


 勇者一行も同じ体験を共有している。

 リオグランテがフェイルと同じ見解を示すのと同時に、ハルがニッと微笑んだ。


「流石は勇者ってか。その通り、こいつは元騎士なんだ。鬱陶しい雰囲気だろ?」


 そして、他人の個人情報を堂々と口にする。

 吐露された側のアロンソは――――やはり特に気にした様子もなく、凛然とした顔をそのままにしていた。


「で、こっちは噂の勇者一行だ。そこの少年が……」


「リオグランテです!」


「ファルシオン=レブロフと言います。魔術士です」


「フランベルジュ。剣士よ」


 それぞれの簡潔な紹介が終わり――――アロンソはその一人一人に小さく会釈をした後、アルマの方に視線を向けた。


「……」


「貴女は、ここの管理者だな。確かアルマ=ローランだったか」


 アルマは頷く。

 普段よりも薄く、小さく。

 それを確認し、アロンソは次にフェイルへと視界を移した。


「君の名も聞かせて欲しい。ハルの友人だったな。勇者一行の一員ではないようだが」


 既に勇者一行の構成を知っていたのか、確信したように告げる。

 フェイルはそんなアロンソの顔を眺め――――


「……」


 微かに視界が霞んでいる事を自覚した。


 一瞬の逡巡。


 その後――――


「フェイル=ノート。薬草店を営んでいます」


 素直に名乗る事にした。


 元騎士ともなれば、もしかしたら弓兵時代の自分の名前を知っていて、言及してくるかもしれない――――と懸念を抱いたものの、ハルが紹介している以上隠す意味は薄い。

 が、その心配も懸念だったようで、アロンソは特に何かに気付いた様子もなく、勇者一行に対しての礼以上に頭を下げ、仲間の恩義にのみ尽くしていた。


「で、紹介が終わった所で本題なんだが……その前にフェイル。ハッキリ言ってくれ」


 アロンソの傍らで佇むハルが、普段余り見せない真剣な表情でフェイルの目を睨む。


「コロットはどうなる?」


 その顔には、ある種の覚悟があった。

 一瞬、アロンソの方にも視線を向け、フェイルは自分の見解を告げる。


「もう闘えない身体になると思う」


 言葉は、コロットの仲間である二人だけでなく――――勇者一行へも伝染した。


 たかが上腕部に矢が刺さっただけ。

 脳や心臓を破壊された訳ではない。

 だがそれでも、人は壊れる。


「筋肉が溶解してしまっている。その部分はもう完全には治らない。どう鍛えても、そこに新しく筋肉は付かない」


 薬草士として、治療者として、決して歓迎出来ない現実を口にする辛さは嫌でも表情に出てしまう。

 そんなフェイルの顔を暫く険しい目で眺めたのち、ハルは小さく息を吐き、瞼を微かに落とした。


「……お前が処方してた薬はどうなんだ?」


「あれ以上溶解が進まないよう……って言っても、毒の特定を完全に出来た訳じゃないから、中和ってよりは分解に近いけど。矢毒には入手のしやすさから植物毒がよく使われるけど、植物毒と動物毒を混ぜるケースも結構あるんだ。その場合、特定はほぼ不可能と言っても良い」


「つまり、現状維持で精一杯って状況だった訳か」


「うん。僕の所持している薬草と知識ではそれが限界だった」


「ああ。出来る事をやってくれたんなら、それで十分だ」


 フェイルの性格を知るハルは、その説明で十分納得したようだ。


 アロンソの方も――――無念さを押し殺すように、静かに説明を聞いていた。


「彼には僕から話しておこう。後日、落ち着いてから退職を勧める事になるだろう」


「そうしてくれ。お前しか納得させられそういないからな」


 そんな二人のやり取りを、勇者一行の面々は居心地の悪そうな表情で眺めていた。


 知り合いでもない、完全な他人の永久離脱。

 それでも意気消沈してしまうのは、あらためて悟ったからに他ならない。

 いつ、自分達がそうなってもおかしくない――――と。


 フェイルにしても、それは同じ。

 何処か非日常の中にいるような錯覚を感じるこのメトロ・ノームという空間が、現実のものとして今、目の前でようやく輪郭を帯びたように思えた。


「こんな時に言っていいかわからねーが……アロンソ、こいつらが俺等に協力を仰ぎたいんだと。そうだよな?」


「はい。リッツ=スコールズ嬢の失踪事件に関して、是非とも同盟関係を結びたいと思い、やって来ました」


 そんな重い空気の中で、全くそれに染まる事なく、ファルシオンは淡々と用意していたと思われる言葉を並べた。

 アロンソの眉が、小さく動く。


「……同盟? そもそも勇者一行がどうして彼女の行方を捜す?」


「失踪事件が明るみに出た当日、私達の泊まっている宿にリッツ嬢が訪れたようなんです。その縁で探しています」


「マジでか? 何処の宿だよ」


「それは言えません」


 ハルの問い掛けを、ファルシオンは無碍もなく蔑ろにした。


 無論、それは駆け引き。

『カシュカシュ』の性質上、言う事が出来ないのも事実としてあるが、それ以上に自分達が何らかの情報を持っているとハッタリを利かせる事が出来る。

 今、どの勢力も欲しがっているであろう、リッツの失踪直後の情報を。


「……僕は、今以上に自分の部隊を広げる気はない」


「構いません。この件だけの同盟関係です。私達もこの街に長居は出来ませんから。ただ、現状では私達は戦力不足。貴方がたの協力が必要なんです」


 ファルシオンの言葉は、全てに無駄がなかった。

 一見すると利己的にしか思えないくらい、自分達の都合しか話していないのも含めて。


 そして、その場にいるアルマの名前も全く出さない。

 管理者である彼女の存在は信頼を得る上で非常に効果的だが、敢えてそれを示さない事で懐の深さを示す。

 どのような関係か聞かれても、案内してくれただけと答えるだろうと、フェイルは予測していた。


 最低限の情報を提示し、その背景を想像させ、最大の成果を得る。

 勇者一行の頭脳、ファルシオンの真骨頂だ。


 果たして、結果は――――


「……貴女がたの希望を聞こう」


 つまり、代表者による基本的同意の表明だった。

 それに対し、笑顔もなく、間も殆どなく、ファルシオンは答える。


「報酬の二割。それだけで構いません」


 人数を考慮すれば、決して横暴とは言えない数字。

 そして、貴族が出す報酬なのを考慮すれば、二割程度でも十分に薬草屋【ノート】の再建と勇者一行の旅の路銀となり得る。


 問題は、勇者一行がアロンソ隊に与えられる恩恵だ。

 二割分の貢献はしないといけない。


 だがそれも、コロットの離脱によって容易に可能となった。

 離脱者が出るとなれば、当初の予定は大幅に狂ってしまう。

 けれど、ここで人員の補充が出来れば最低限のロスで済む。


 この事件は時間との勝負。

 そういう意味でも、ファルシオンの申し出は決して悪い条件ではない。


 そしてフェイルにしても、自分がそこにいて事件を解決に導けば、それはウエストの出した条件をクリアした事になるので、何ら問題はない。


「わかった。コロットの恩もある。その条件で一時的な同盟を築こう」


 精悍な顔つきのアロンソは、その目をしっかり見開き、正式に協力要請を受諾した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ