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第3章:メトロ・ノーム(20)

 薬草士に課せられる役割の種類は、決して多くはない。

 薬草に関する知識全般の網羅と、処方の仕方、そして群生地の把握。

 それさえ出来ていれば、基本的に薬草士としては問題なく活動出来る。


 ただ、それはあくまでも、薬草士である為の定義のようなもの。

 実際にこの職業に従事して生きて行くには、それだけでは全然足りない。

 薬草を探して、それを使える――――たったそれだけで糧が得られるのなら苦労はしない。


 薬草士にとっての宝は薬草だが、その全てが自分に必要な宝ではない。

 宝石と路傍の石なら誰にだって見分けは付くが、薬草士は宝の中から選別する。

 自分にとって使える宝か否かを。

 

 薬草をどう使えば、薬としての効果が得られるかは基本的な知識に過ぎない。

 薬以外にも、飲み物の材料として使用出来ないか、香りを活かす商品として利用出来ないか――――そのような実用性を常に模索する必要がある。

 そしてそれを意識せずに薬草を仕入れる事が出来るようになった時、ようやく一人前だ。


 必要なのは薬草に関する知識ばかりではない。

 薬草士として一生生きていく為には、施設や店を構え、自ら経営者となる必要があるだろう。


 単に薬草を集めて売るだけで一生食べていけるかというと、それは現実的とは言い難い。

 大手の医療施設の殆どは既存の薬草士や教会と契約を結んでおり、残された需要と市場規模は決して大きいとは言えず、単価も知れている。

 漁師が海産物だけ獲って生きていくのとは訳が違う。

 

 仮に薬草店を営む事が出来たとしても、その経営が軌道に乗る為には、様々な工夫が要る。

 単に、その素材を既成概念に基づいた処方で商品化しても、それでは他の薬草士と何ら変わらない。

 既に信頼を得ている先輩達を差し置いて顧客を得られる筈もない。


 若い薬草士が生きていく為には、他の薬草士が真似出来ないような特殊な技能やレシピ、そして経験を有している必要がある。


「……!」


 室内に入ったフェイルは、入り口の直ぐ手前で壁にもたれかかっていた男に視線を送り、その流血の源を探した。

 そして、それは一瞬で見つかる。

 レザーアーマーで守られている範囲の外、右上腕部に矢が突き刺さっていた。


「な、何だ……?」


「静かに」


 フェイルの小さな声に、コロットと推察される男性のしかめた顔が更に険しくなる。

 だが抵抗する気力も残っていないのか、或いは瞬時に状況を把握したのか、それ以上の開口はなかった。


「コロット! 無事か!?」


 一拍遅れてハルが入室。

 その様子に、ようやくコロットが顔のしわを半分ほど取り除いた。


「ああ。不覚を取っちまったが……見ての通り、ただ腕に矢が刺さっただけだ。心配は要らねーよ」


「そうか。血痕の量が少なかったから、そんなに心配はしてなかったけどよ」


 安堵するハルを尻目に、フェイルは一層顔を曇らせ、傷口付近の皮膚の変色や腕全体の腫れ具合に目を配っていた。


 そして――――結論を出す。


「……遅かった」


 刺すようなフェイルの声。

 今度は懸念を隠せず、コロットはフェイルに困惑の視線を向ける。


「な、何が遅かったと言うんだ? ハルの言うように、出血量はそれほどでもない筈だ」


 同時に、ハルの背後にいる男――――今しがたそのハル達を迎えたアロンソ部隊の一員と思しき男も、驚きを隠せない。

 だが、唯一それに対する解答を持ち合わせているフェイルは口を開かず、自身の腰から皮袋を外して、中に入れている小瓶を幾つか取り出した。


「何だってんだ? そろそろ説明しろよ。皆困ってるぜ」


 そんな友人の様子に、それでも極力感情を抑え、普段通りの語調でハルは問い掛けた。

 不安を煽らない為の心配り。

 それに対し――――振り向いたフェイルは、その意図を理解しつつも打ち砕くような、厳しい表情をせざるを得なかった。


「筋肉毒。恐らく……蛇の毒を使っている」


「毒……? この矢に毒が塗っていたのか……?」


「そうです」


 不安そうに瞳を揺らすコロットに、やるせない顔を隠せないまま、フェイルは頷いた。

 筋肉毒――――幾つかの種類に毒を大別した場合、主に筋肉を溶かす等の作用がある毒をそう呼ぶ。

 あらゆる毒の中でも相当厄介な部類だ。


「今、腕は動きますか?」


 半ば確信めいた答えを持ちつつも、敢えてフェイルはそう問いかけた。


「……っ、ったりめーだ。たかがコレくらい……で……あ、あれ」


 その確信通り。

 コロットは矢の刺さった腕を上げようとして――――自分の意思がその腕に全く伝わらない事を自覚し、明らかな狼狽を覚えてた。


「麻痺が進行しています。今のままだと、全身に及ぶ危険もある。動かずに、静かにしていて下さい。難しいかもしれませんが、それが今、貴方に出来る唯一の抵抗です」


 抵抗――――その言葉が、或いは最も辛辣だったのかもしれない。

 自身の現状を理解したコロットは、蒼褪めた顔で項垂れてしまった。


 そして暫くの間、フェイルの作業を行う音だけが室内に響き渡る。

 ビンの中に入った幾つかの粉を陶器に入れ、混ぜる。


 傍から見れば、それだけの作業。

 だが実際には全神経を集中させ、その粉の分量を目分量で量りながら陶器の中へ投じている。


 この原始的な処方では、精度は望むべくもない。

 それでもフェイルは、粉を凝視して最善を尽くしていた。


 目分量であろうと、決して適当に計っている訳ではない。

 極めて微小な粒の流れを、目視によって制御している。


 それは鷹の目でも、梟の目でも出来ない事。

 フェイルがこれまでの人生の中で積んできた、薬草士の目によって行っている。


 その作業は淡々と、しかし確実に正しい方向へと積み上げられていった。


「……取り敢えず、これを水で飲んで下さい。口内に残さないよう、しっかりと全部喉を通して。そして、その後は医者に看て貰って、指示に従って下さい」


「水は僕が持ってます!」


 ハルの後ろでずっと沈黙を守っていた勇者一行の中から、リオグランテがようやく一声を上げる。

 そして直ぐに水筒の栓を取り、横たわるコロットに差し出した。


「あ、ありがとよ」


 コロットは、右手で――――それを受け取ろうとしたが直ぐに無理だと自覚し、左手を伸ばす。

 そして一旦水筒を置き、フェイルの渡した陶器の中で粉状になっている薬草の配合品を一気に口へと運んだ。


「アラン。アロンソは何処だ?」


 その様子を眺め、一段落ついたと判断したのか、ハルが落ち着いた声で問う。

 勇者一行は、自分達を迎えた男がアロンソだと思い込んでいたのか、三人揃ってその視線で驚きを示していた。

 一方、アルマは一人静かに様子を見守っている。


「施療院へ向かった。私が行くと言ったのだが、自分が走った方が早い、と」


「如何にも奴らしい話だ。フェイル! もう直ぐ医者が来るらしいぜ!」


「了解。説明は僕がするよ」


 その言葉を最後に、再び重い空気が室内を支配した。





 暫時の時が流れ――――





「……」


 一階から届いた、扉の開く微かな音をアルマが察知し、ファルシオンのローブの袖を引っ張る。


「来たみたいです」 


「ようやくか!」


 程なくハルが部屋を飛び出し、外に向かって手招きを始めた。


「アロンソ! こっちだ! 早く来てくれ!」


 直後――――プレートアーマーに身を包んだ赤毛の男が、その重量を感じさせない身体の運びで階段を駆け上がって来る。

 それだけの動作に、ハルの後ろでその様子を眺めていたフランベルジュの顔色が変わった。


「……ウォレスの隊長だけあるのね」


 そう呟きつつ、道を開けるべく奥へと戻った。


「ハル。戻って来ていたのか」


「ああ。俺がいない間に随分ヤバい事になっちまったな」


「……重いのか」


 怪我した当人と違い、楽観視はしていなかったのか――――アロンソは然程驚いた様子はなく、小さく嘆息した。


 中肉中背、髪の長さも短過ぎず長過ぎず。

 外見の特徴は、その端整な顔立ちと髪の色に集中している。

 顔の作りはやや幼さが残り、ギルドの隊長いう印象からはやや逸脱しているが、意志の強さは引き締まった口元にしっかり現れていた。


「偶々、紹介しようと連れて来た俺のツレが薬草士でな。どうやら毒が塗られていたらしい。応急処置をして、今は安静にさせてんだが。で、医者は?」


「連れて来ている」


 アロンソとハルが振り向くと――――そこにようやく、息切れを起こした女性が姿を現した。


「ハァ……ハァ……も、申し訳ありません。体力、ないもので」


 疲労困憊の様子で現れたその医者に――――勇者一行は思わず目を疑った。


 見覚えのある顔。

 決してそれほど長期間接した訳ではないが、全員がそれを認識出来たのは、目にしてまだ日が浅かったからだ。


 ファオ=リレー。


 ヴァレロン・サントラル医院、院長グロリア=プライマルの秘書。

 案内係として、フェイル達を院長室に案内したあの女性だった。



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