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第3章:メトロ・ノーム(19)

 メトロ・ノームと呼ばれる空間は、天井が存在する事や朝が暗いのを除けば、それほど地上と大きな違いはない。

 ただ、地上と同じくらいの数の建築物があるかと言うと、流石にそれはなく、各施設や空き家がポツポツとある程度。

 住宅街などある筈もなく、この空間に常駐する人間自体殆どいない為、居住空間としての役割は果たしていない。


 そもそも、出入りする人数も多くて100人強という環境なのだから、宿屋や酒場などの各施設が揃っているだけでも相当に異様な環境と言える。

 それらの施設にしたって、商売として成り立っているとは到底考えられない。

 何らかの形で支援が行われているか、金持ちが道楽で店を開いているかのどちらかだ。


 更に不思議な事に、このメトロ・ノームには武器防具屋まである。

 まるで、この地下で常時争いが起こっていると言わんばかりに。

 しかし実態は――――


「昔、武器防具の研究が行われていた名残なの?」


 言葉を発しないアルマに苦労しつつ、フェイルはその結論にどうにか辿り着いた。

 小刻みに頷くアルマに先導して貰い足を運んだその施設に店名はない。

 他に武器や防具を売っている店がない為、看板には『武器・防具の店』とだけ記されている。


 ハルの案内でアロンソ隊の拠点に向かう途中、この店に寄ったのには当然理由がある。

 アルテタに行った際、雨にかなり打たれた為、勇者一行の武器防具が傷んでいるかもしれないと懸念したからだ。


 勿論、それぞれ手入れはしてあるが万全とまでは言えなかった為、専門家に見て貰う事になった。


「へえ、これも良い剣じゃない……意外と大通りにある武器屋よりも、こういう場所にある隠れ家みたいなお店の方が良い商品が置いてたりするのよね」


「武器防具屋あるあるですね」


 自分達の装備品を店員に見て貰っている間、武器屋の商品をチェックしていたフランベルジュとリオグランテは、明らかにテンションが上がっていた。

 特にフランベルジュは、先程までの不機嫌さは何処かへ吹き飛んだらしく、目を輝かせて陳列された武器に見惚れている。

 文無しなので買えない訳だが、それでも細身の剣を置いてあるコーナーが存在していた為、ヴァレロンに来て一番の笑顔を覗かせていた。


 一方、フェイルは――――


「弓矢はこっちだ。結構良いのあるみたいだぞ」


 ハルに案内され、弓矢コーナーに足を運んでいた。

 彼にとっても行きつけの店らしい。


「……あれ? 僕が弓を使うの話した事あったっけ?」


「あ? ホラ、あれだ。前になんか言ってたろ。それよか時間ねーんだから、見るならとっとと見な」


 妙に焦っているような挙動のハルを訝しく思いつつ、フェイルは一通り商品を眺めたのち、一番安い弓と矢筒、そして15本の矢を購入した。


「えらいショボいの選んだな。それで良いのか?」


「これくらいの弓じゃないとダメなんだよ。僕の場合は」


 貧弱な弓使いを演じる――――そんな必要はなくなったが、フェイルが安い弓を扱う理由はそれだけではない。

 自分の家に置いてある『裏の仕事用の弓』も、カバジェロに折られてしまった遠征用の弓も、全て何処にでもある何の変哲もない弓。

 それこそが彼の生き様であり、今日まで守り続けていた信念でもある。


「ま、良いんじゃねーの」


 そんなフェイルの事情を知る由もないハルだったが、多くを語らず白い歯を見せ理解を示した。

 何か思い当たるフシがあったのか、或いは適当に雰囲気を出したかっただけなのか――――その意味ありげな微笑みに深みはまるで感じられない。

 ハルの後ろ姿に嘆息を吹きかけつつ、フェイルはアルマとファルシオンがいる魔具のコーナーへ向かった。


 そこにはオートルーリング仕様の魔具がズラッと並んでいて、魔具は指輪タイプが最も多く、旧式の杖タイプや水晶タイプは数える程度しか売っていない。

 アルマは、その中の杖売り場で商品を眺めている。


 そして、その隣では――――


「オートルーリングの有用な点の一つとして、このような旧式タイプの魔具に対しても有効であると同時に、それぞれの弱点や難点を解消した事で、魔術士がそれぞれ好きな形式の魔具を選べるようになった事も挙げられるんです。以前は、魔術士は一目で魔具とわかり、尚且つ重さや携帯性の面でも不便だった杖タイプの物は戦場では不利と判断され、その製造を停止しようという話まで出ていたのですが、オートルーリングによって魔具を特定されても余り不利ではなくなった為、それなら種類は多い方が良いという風潮に傾き、杖タイプの魔具が廃止される流れは立ち消えたんです。そもそも、旧タイプの魔具には伝統的価値があります。魔具がどのような進化を遂げたのか、逆に新しさにばかり目を向けて大事なものを失っていたか……そんな資料的価値や戒めは絶対に必要なんです。これらの歴史的資産を守ったという点においても、オートルーリングはとても大きな功績を残したと断言出来ます。何より、杖や水晶タイプの魔具の愛好家にとっては自分達の存在価値を認められたと言っても過言ではないですし、アルマさんにとっても彼の存在は果てしなく大きいのではないかと――――」


 ファルシオンが例によって熱く、そして厚く語っていた。

 アルマはその冗長極まりない説明を聞きながら、定期的に首を縦に振っている。


 相槌と呼ぶには不自然なタイミングでの首振りもあり、或いは単に眠たいだけなのかもしれないと判断したフェイルは、その様子を微笑ましく眺めていた。





 その後、無事武器の手入れも終わり、購入及び見学を終えた一行は、ハルの案内に従い二時間ほど歩行を続け、山岳地帯へと辿り着いた。


 天井まで伸びた岩山と、遠くに聞こえる水の流れる音に奇妙な感覚を抱きつつ、全員その岩山を登る。

 地下に岩山が存在する事に不思議な感覚を抱きつつも、フェイル達は黙々と突き進んだ。


 そこから、更に三〇分ほど進んだ先――――


「着いたぜ。ここがアロンソ隊の拠点だ」


 とある一つのロッジに辿り着いた。


 標高はアルマの家や酒場【ヴァン】のあった地点よりかなり高く、ロッジの屋根からメトロ・ノームを覆う天井までは大人一人分程度の空間しかない。

 振り向けばメトロ・ノームの全景――――とまでは言えないが、かなり広くまで見下ろす事が出来る。


 そして、そんな高所に建てられているロッジは、この光景からは浮いてしまうほど美しい外装をしていた。

 芸術家が己の主張を押し殺し、万人に受けるように作ったかのような、高齢層が喜びそうなシックなデザイン。

 壁の表面には艶が見え、塗装とは別に腐敗防止用の油を塗っている事が窺える。


「随分、立派な拠点を構えてるのね」


「偶々あったロッジを再利用してるだけだろうけどな。ま、んな事はいいからとっとと入りな」


 ハルに促されるままにロッジ内に入った勇者一行は、その外観に負けず上品な内装に、思わず目を疑った。


 何しろ、ここは傭兵ギルドの隊長の根城。

 盗賊ほどではないが、傭兵のイメージは品性とは縁遠いのが一般的で、その拠点となると乱雑に物が置かれ、殺伐とした雰囲気を誰もが想像するところだ。


 しかし実際にはレースのカーテンや淡い色使いの絵画、鮮やかなバラが敷き詰められた花瓶、臙脂色のテーブルクロスなどが彩る、やたら品が良い内装になっている。


「どうなってんのよこれ……まるで金持ちのお屋敷じゃない」


「アルマさんはここ、来た事あるの?」


 思わず苦笑を禁じえないフランベルジュの傍らでそう問い掛けたフェイルに対し、アルマはフルフルと首を横に振った。

 管理人ではあっても、全ての建築物に足を運んでいる訳ではないようだ。


「アロンソは二階だ」


 そんなフェイル達の狼狽を何処か楽しんでいる様子で、ハルは率先して二階への階段を上り――――


「……」


 途中で止まる。

 自分たちを待っているのだと判断したフェイルは、直ぐに後を追おうとしたが――――その途中、視界に入った異質なものに、考えを改めざるを得なかった。


「血痕……?」


 それは、板張りの床を点々と、入り口の隅から階段へ続いていた。

 あまりに異質な内装に目を奪われ、今の今まで気付かなかった。


「おいおい。こりゃ徒事じゃねーぞ。何があった?」


 眉間に皺を寄せ、ハルが駆け足で階段を上る。

 フェイルたちも慌てて彼に続き、アルマの後ろの最後尾をリオグランテが担った。


 二階に廊下はなく、階段は一つの部屋の入り口に繋がっている。

 その扉が、けたたましい音と共に開かれた。


「誰だ!」


 足音に気付いたらしく、中にいた人間が威嚇するように声を張り上げ――――


「……お前か」


 ハルに気付き、安堵とも苛立ちともつかない表情を浮かべる。

 その様子からも、何か厄介事が起こっているのは明白だった。


「協力したいっつー知り合いを連れて来たんだが。何かあったのか?」


「コロットが負傷した。今、そこで寝ている」


 苦虫を潰す顔で告げるその人物は、彫の深い顔立ちの男だった。

 その双眸が、勇者一行の方に向き、そして――――アルマの地点で形を変える。


「管理人……? 何故彼女がここに?」


「話は後だ。コロットの治療は?」


「最低限だ。何しろ施療院まではかなり距離がある」


 その言葉を聞いた瞬間、ハルは階段を上る途中のフェイルに視線を向ける。


「フェイル! 見せ場だ!」


「了解」


 現役の薬草士としての責任感が、その言葉と共に足の運びを早めていた。



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