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第2章:遠隔の地(18)

 鋭い金属音が頭の芯に響いた刹那、フェイルは反射的に弓へと手を伸ばした。


 だが、それは無駄な行為。

 理性では気付いていたが――――


「良し! これまで!」


 雷鳴を思わせるカバジェロの宣言によって、その手は止められた。


 一方、リオグランテは肩で息をしながら呆然と立ち竦んでいる。

 無理もない。

 一方的に宣戦布告をした張本人が、まだ決着とは程遠い段階で終戦を宣告したのだから。


「もう十分だ。勇者候補リオグランテ、その素質はしかとこの目に見せて貰った。間違いなく貴殿にはその素養がある。自分が保証しよう。貴殿は、姦計を働かせるような輩ではないと」


「……え?」


 跳ね上げられていた勇者の剣が、カタンと間抜けな音を立てて床に落ちる。

 リオグランテの心情をそのまま表しているかのようだった。


「だから言ったでしょ? 剣を交えて疑惑が晴れるってのも、私にはサッパリわからないけど」


「……僕にもよくわからないけど。説明お願い出来るかな」


 状況はある程度想定出来ている。

 だが、フランベルジュの呟きについては理解の外。

 フェイルの怪訝そうな顔を横目で見ながら、フランベルジュは疲労感溢れる表情で瞼を半分落とした。


「私達が以前ここを訪れた時に騒ぎを起こした事件、貴方に詳しく話したっけ?」


「いや。でも宿屋から締め出しを食らってた時点で何となく想像は付くけど」


「ところが、そんな単純な話でもないのよ」


 先程見せた疲労感には続きがあったらしい。

 フェイルは嫌な予感を覚え、思わず口元に無駄な力が入る。


「呪いの人形の件は無事に解決したんだけど、どうもそれが『勇者の自作自演だった』って思われてたみたいなのよね。実際、調査して直ぐ解決しちゃったから。だからそこの警吏も、当時の件に疑惑を持ってたみたい。勇者一行なんかじゃなくて、それを騙る詐欺集団……みたいな」


「実は以前、どのようにすれば信用して頂けるのですかと直接聞いたんです。彼は『それなら自分と本気の彼を決闘させてみればいい。そうすれば全てわかる』と言っていました。冗談だとばかり思って特に気にも留めていませんでしたが」


 解説好きのファルシオンがいつの間にか説明を引き継いでいた。

 

 この戦いが真剣勝負ではない事には、フェイルも気が付いていた。

 カバジェロの剣の先が折れていた事や、そもそも唐突な宣戦布告が不自然だった――――のは大した問題ではない。

 理解し難い理由で奇妙な形状の武器を使用していたり、理不尽な言いがかりで戦いを仕掛けてくる人間は世の中に幾らでもいる。


 ただ、カバジェロの動きは明らかに『ファルシオンが魔術を使ってくる』という可能性を考慮していなかった。

 この状況下でリオグランテの仲間が参戦しないと断定するのは余りにも無理がある。

 近距離攻撃のみのフランベルジュだけならまだしも、その場から攻撃が出来るファルシオンを一切警戒していないのは、この戦い自体が――――


「仕込み、って訳ね」


「その表現は適切ではない。これは試験だと思って貰おう。勇者候補リオグランテの真の姿を試す為の崇高な試験。その為に様々な協力者を集ったのだ。とはいえ不躾だったのは言い訳しようもない。申し訳なかった」


 カバジェロが頭を下げると同時に――――床に伏していた二人もムクリと立ち上がる。


「え、えええええええ!? 生き、生き、生き返え……!?」


「だからヤラセなんだってば」


 口から泡を吹き出して怯えるリオグランテと、乾いた呟きで呆れ気味に肩を落とすフランベルジュ。

 そんな二人の温度差が風を生み、屋敷内を通り抜けていく。


 斯くして、マンドレイク探索最終日の夜は無駄に慌しいものとなった――――




 

 筈だった。





 闇は濃く、深く、夜になお深淵を求める。

 そんな時間帯だったため、屋敷内に点される灯りも廊下を残して全て消されている。


 ある一室を除いて。


「気付いていたのか」


 扉の向こうから、そんな声が聞こえてくる。

 そしてゆっくりと、その扉が開いた。


「自分の本当の目的に」


 彼は扉の主だった。

 何故なら、この屋敷は彼が自由に使って良いと許可を得ているから。

 理屈では、どの扉も自由に開けて良い事になっている。


 例え、その扉の向こうに寝静まっている客人がいたとしても。


「どうでしょうね。気付いているのかもしれないし、気付いていないのかもしれない。ハッキリしている事はそう多くないですからね。でも、一つ確かな事は……」


 フェイルは自分のあてがわれた部屋に一人でいた。

 話し相手が欲しかったリオグランテから一緒の部屋で寝るようせがまれても、それを無理に断って。


「貴方がここに来た以上、目的はこのマンドレイク」


 視界に薄っすらと浮かぶカバジェロに向け、そう言い放つ。

 左目に梟を宿して。


「御名答だ」


 手の中に収めた"呪いの人形"を、フェイルは静かに懐に仕舞った。


「以前、自分に敢えて毒を作っている所を見せたのを思い出す。食事に毒を混ぜても無駄だと、暗に訴えていたのだろう?」


「解毒剤だと直接的過ぎて失礼ですから。万が一、対抗心を燃やされても困るし」


「成程。出来れば良く眠れる薬で一晩安眠を貪って欲しかったのだが」


 臆面もなく、室内に入る事もなく、カバジェロは入り口で仁王立ちしている。

 部屋の広さは薬草店【ノート】の売り場とほぼ同じくらい。

 戦闘に支障はない――――あくまでも剣士基準なら。


「その"宝"を知人が欲している。故に渡して欲しい」


「知人……ね」


 フェイルは梟の目に騎士の姿を捉えながら、右腕を軽く曲げた。


 既に左手には弓を掴んでいる。

 矢を射る準備は整った。


「さっきの妙な騒動は、苦し紛れの策だったんですか?」


「その通り。騒ぎに乗じて別の人間が回収する算段だった。しかしながら、君はマンドレイクを肌身離さず持っていたようだな。この部屋になかったと報告を受けた際は、随分と失望したものだ」


「で、最終的に実力行使……か。騎士の名が泣くんじゃないの?」


 敬語をやめたフェイルの声に、カバジェロは小さく首を振る。

 横に。


「全ては主の御心のままに。それこそが騎士としてあるべき姿だ」


 そして――――まるで日常生活の中で痒みを覚えた箇所に手を伸ばすような自然さで、柄に収めていた剣を抜く。

 先程リオグランテとの戦いで使用していた、折れた剣だった。

 しかしその抜剣は、先刻の戦闘時とは全く違う空気を生んでいた。


「マンドレイクを貰い受けたい。それを賭けて自分と戦いたまえ。フェイル=ノート」


「……」


 フェイルは沈黙のままに、その双眸を"自称"騎士に向けた。

 暗闇の中でも、はっきりその姿を確認が出来る。


 気品に満ちた凛然とした佇まい。

 そして、言葉の節々から滲み出る、騎士への執着。

 にも拘らず――――彼の姿は城壁の内側ではなく、小さな街の中にある屋敷に閉じ込められている。


 明らかな矛盾。

 自分自身にその境遇を置き換え、フェイルは一つの結論を出した。


「貴方は王宮騎士団に未練がある」


 そして、指摘する。


「マンドレイクはその為の貢物にするつもり……とか?」


 確信こそなかったが、ある程度の自信をもって放った推論。

 しかし――――カバジェロの顔の筋肉に、核心を突かれた人間特有の痙攣は見られない。


「生憎、そのような算段はない。取引をして騎士団に戻るような薄汚れた未来は不要。国王陛下及び騎士団が自分を必要とする時こそが、復帰の時と確信している」


 野心そのものは否定せず、カバジェロは剣を中段に構える。

 同時に、その口に笑みが零れた。


 先程とは明らかに質が異なる、これから始まる戦闘への好奇心を隠せない、隠す気もない表情。

 そして、殺気。


 渡さなければ殺す――――そんな下劣な意思はまるで感じられない。

 状況的にはそれ以外考えられないにも拘らず。


「……自分の意図を掴みかねているのだな」


「そうだね。どうにも読み切れない」


 フェイルは正直にそう伝えた。


 先刻のリオグランテとの戦いが紛い物だったことは、既に明らかになっている。

 だが彼の実力の一端は垣間見えた。

 あの場で仮にリオグランテが勇者の素養を開花させ、急激に力を伸ばしたとしても、カバジェロには及ばなかっただろう。


 それだけの能力を持ちながら、カバジェロは一度として正攻法でマンドレイクを奪おうとはしていない。

 交渉を試みる事さえ。

 彼が"元"ではなく"現"騎士としての精神性を持ち合わせているのなら、明らかに不自然だ。


「貴方の理想としている騎士像が、私利私欲の為に強奪を企てるなんて考え難い」


「その通りだ」


 悪びれもせず――――寧ろ何処か歓喜すら携え、カバジェロは首肯した。


「騎士でも嘘はつく。例えばフェイントもそうだ。戦術として嘘を昇華する。しかしながら、友人の為という"私欲"の為に、既に他者の手に渡った物を強引に奪い取るつもりはない。自分の目的は別にある」


「……聞いても良いの?」


 フェイルの声に、カバジェロは特別な仕草を見せることはせず、直接言葉で応えた。


「貴殿だ」


 フェイルの背筋に――――冷たい風が巻く。

 殺気はより細く、より鋭くなっていた。


「自分はデュランダル=カレイラが唯一教えを説いたという弓使い、フェイル=ノートと戦いたい。マンドレイクはその為の口実に過ぎない。本当は、先にマンドレイクを手に入れて、それを餌に戦いを強制するつもりだった」


「……それも騎士としてはどうなの? さっき『主の御心のままに』って言ってたけど、マンドレイクが手に入ったのなら僕との戦いは必要ないよね?」


「マンドレイクがなくなったとわかれば、貴殿は自分を疑うだろう。そして主をも疑うかもしれぬ。ならば事前にその芽を摘むのが主への忠誠。騙し討ちではなく、正面からな」


「詭弁だね」


 呆れて物も言えない――――本来はそう言いたかったが、フェイルは敢えて違う言葉を使った。


 長々と会話に付き合うのには理由がある。

 カバジェロの情報を一つでも多く拾いたい。

 それが、これから始まる戦いの役に立つ。


 フェイルは既に覚悟を決めていた。


「王宮騎士団【銀朱】師団長であり、剣聖の称号を持つガラティーン=ヴォルスがエチェベリアの"不屈"の象徴だとすれば、副師団長デュランダル=カレイラは"発展"の象徴。未来……希望と言い換えても良い。あの剣聖を超える可能性すら秘めた我がの国の宝だ。その男が認めたという若干十代の若者……騎士として、是非立ち合いたい」


 歓喜の表情はより色濃くなっている。

 フェイルはその顔に、カバジェロの真実を見た。


 戦闘的好奇心の怪物。

 それが彼の正体だ。


「先刻、自分がこの屋敷に留まる理由を述べたのを覚えているか?」


「襲撃者の到来を待っている……だったっけ」


「半分は真実だ。自分は常に我が身を襲う連中を歓迎している。しかし、この屋敷である必要はない。自分にはそれだけの価値がある。数多の狩人から命を狙われるだけの。もし貴殿が自分に勝利するならば、それを教えても良い」


 カバジェロは、厳かに見返りを口にした。

 フェイルとの戦闘を望むと言ったその言葉に偽りはない――――そう言わんばかりに。


 しかしフェイルにとって、それは興味の対象とはならない。


「極力、戦闘は控えてるんだけどね。今の職業は薬草士だし」


「弓はもう壁にかけた、と? ではその手にある弓は何の意味を持つのだ?」


「護身用。と言っても、人が相手じゃない。標的は山の獣達だよ」


「成程。確かに薬草士は山へ入る。ならば、それはそれで構わない」


 瞬間。

 カバジェロの姿が闇に溶けた。


「!」


 同時に、フェイルの身体が弾ける。

 ベッドの真上で、空気を裂く剣の音だけがその余韻を暫し残し続けた。


「薬草士フェイル=ノート。今の動きで十分合格だ。自分を高める相手として」


「……強引だね」


 一薙ぎの後、ベッドの手前で踵を返したカバジェロに対し、部屋の入り口までその身を転がし、フェイルは十分な距離を取った。

 先程とは位置関係が入れ替わった格好だ。


「この屋敷の何処を使ってもいい。無論、勇者候補一行には一切危害を加えないと約束する。とはいえ、起きてこられてはその保証は出来ない。静かに……紳士同士の握手のように、静かに戦おうではないか」


 それはフェイルにとって、厄介な提案ではなかった。

 寧ろ、どちらかと言えば得意な部類。


「心得たよ」


 フェイルの宣告を合図に――――闇夜の戦闘が始まった。



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