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第2章:遠隔の地(15)

「……知り合い?」


「いえ。賞金稼ぎではなさそうですが……」


 不自然極まりない奇妙な二人組の出現に戸惑っていたのはフェイルだけではなかった。

 ファルシオンは若干声を殺し、警戒心を露わにしている。


 表情とは裏腹に、彼女の精神状態は様々な場所に現れる。

 フェイルにはその姿が何処か不安げに見えた。


「そちらの少年ちゃんが勇者ちゃんね? お初にお目にかかるわん♪」


「あ、はい。はじめまして! リオグランテ・ラ・デル・レイ・フライブール・クストディオ・パパドプーロス・ディ・コンスタンティン=レイネルです!」


 一方、只ならぬ気配を漂わせる赤毛の女性に対し、勇者はいつもと変わらない明るい声で元気に自己紹介。

 持ち前の脳天気さ故に警戒心がないのか、鷹揚とした雰囲気のまま接している。


 勇者一行で最も精神的に強いのは、実はこのリオグランテかもしれない――――フェイルはそんな印象を抱きつつ、赤ずくめの女性の隣にいるもう一人に視線を向けた。


 話し方も表情も妖艶さを有し、実態を掴ませない赤髪の女性とは違い、まるでむき出しの刃のような鋭さを全身から放っている。

 先日襲撃された賞金稼ぎよりも遥かに危険性を帯びている印象だ。


 そんな二人が、何故この場所にいて、勇者リオグランテに話しかけるのか――――


「実はねン、貴方達が今泊まってる屋敷、あたしのなのよン♪ 昨日カバジェロちゃんからの連絡が届いて、急いで駆けつけたの♪ やーン、会えて嬉しいわーン♪」


「……」


 赤髪の女性が笑顔で捲くし立てる隣で、切れ長の目の女性は沈黙のままに険しい表情を持続している。

 余りに対照的な感情表現。

 同時に、立ち位置も対照的だ。


 切れ長の目の女性は、常に赤毛の女性の周囲に気を配っている。

 従者、若しくは用心棒。

 その関係性は、語られずとも明らかだった。


「あら。あたしったら、名乗りもせずに失礼ね。スティレット=キュピリエって言うの。宜しくね、勇者御一行さん方♪」


 その名前に意外性はなかった。


 明らかに、何か目的があって勇者一行に会いに来た、あの屋敷の所有者。

 加えて何処か人間離れしたような存在感。

 知り合いではなかったが、この条件に当てはまる人物は極めて少なく、カラドボルグ=エーコードから名前を聞いていた経済界の女傑を候補の一人に入れるのは自然だった。



「ほら、ヴァールも自己紹介なさい」


「……ヴァール=トイズトイズです」


 礼もせず、言葉だけを口元でこねる。

 そんな魔術士と思しき女性にファルシオンは反射的に視線を向けたが、直ぐにそれをスティレットの方に軌道修正した。


「お世話になっています。私はファルシオン=レブロフと申します。この度は、私達に御立派な拠点をお貸し頂きまして……大変助かっています」


 そして、恭しく頭を下げる。


「フェイル=ノートです。お屋敷のご提供に感謝します」


 それに追随して、フェイルも一礼。

 しかし、視線は完全に下を向けず、警戒を怠らない。


 屋敷の持ち主である事に嘘はないと判断していた――――が、単なる富豪とは到底考えられない。

 それが第一印象の総括だったからだ。


「あらン、それは別に良いのよ。空き家なんだから好きなだけ使ってねン。でも、ちょーっとだけ問題を抱えてる屋敷だから、ちょーっとだけ忠告をしようと思って、ね♪」


「問題?」


 思わず声をあげたフェイルに対し、スティレットはその艶容を向ける。

 赤い髪を陽の光が梳き、まるで秋の森の木漏れ日のように、フェイルに注いだ。


「そうなのン♪ 実はあの屋敷にあたしの宝物を仕舞ってあるのよねン。つーまーりー、宝物庫代わり。だからー、その噂を聞いた盗賊とかトレジャーハンターがよく忍び込んで来るのよねン♪ 困ったものでしょ?」


 小首を傾げながら、スティレットはそんな問題発言を揚々と告げた。

 その間も、ヴァールの視線は一定しない。

 常に、フェイル達を見張っている。


 ふと、その視線がファルシオンの指に止まった。

 そこにはオートルーリング用の魔具がはめられている。

 今日の捜索作業も手動のルーリングで行う予定なので二度手間だが、道中で先日の賞金稼ぎのような連中に再度襲われるかもしれない為、戦闘準備には常に最善を尽くしていた。


「……?」


 ファルシオンが言うには、既にオートルーリングはデ・ラ・ペーニャにおいては普及済みで、このエチェベリアでも一部の魔術士が使用している技術だという。

 ならその専用魔具もそこまで珍しい物ではない。

 一瞬視界に収めるだけならまだしも、ヴァールの目はファルシオンの指に固定されたままだ。


 不自然とまでは言えないが、自然とも言い難い。

 フェイルにはその違和感を拭えなかったが、漫然とそれを眺めるしかなかった。


 一方で、先程のスティレットの発言についても考える。


 宝物庫代わり――――彼女は屋敷をそう表現した。

 しかしフェイル達の目に届く範囲に宝と呼べそうな物は特になかった。

 絵画や花瓶など、売れば相当な額になる価値の高い物は複数散見されたが、それらは屋敷の規模に見合った物ばかりで"宝"とまでは言えない。

 

 とはいえ、宝を客人の目が届く範囲に置いておくのも妙な話。

 封鎖した部屋、或いは地下や天井にでも仕舞っている可能性が高い。


 それ自体は、富豪の道楽の域を出ない。

 しかし不可解な点が一つある。

 狙われているとわかっていて、敢えてそのままにしている点だ。


 盗まれて困る物を、場所が特定されているのに放置する理由など存在しない。

 ましてスティレット=キュピリエは経済界の大物。

 隠す場所など幾らでも用意出来るし、どれだけでも警備を厳重に出来る。


「隠し場所を変えればいいのでは?」


 同じ疑問を抱いたらしく、ファルシオンが率直に問う。

 隣にいるリオグランテも珍しく会話の意味を理解しているらしく、小気味よく頷いていた。


「それが、そうもいかないのよン♪ あのお屋敷はカバジェロちゃんにお任せしてるから」


 そのスティレットの返答は、全く答えになっていなかった。

 とはいえ、当人がこう言っている以上は追及しても仕方がない。

 何か事情があってそうしているのだろうし、そこを突いて心証を悪くすれば屋敷を追い出されかねない。


 宝の存在を明かしたのは、万が一盗賊等が屋敷に侵入してきた際に相応の対処をして欲しいという命令に限りなく近い要望。

 現状ではそう解釈するしかなく、ファルシオンもそう理解し『わかりました』とだけ答えた。


「今日ここに来たのわねン、町長ちゃんに御挨拶したかっただけなのよ♪ でも、どうやら御留守みたいねン」


「あ、ここの町長さんなら引っ越したそうですよ。引越し先は役場に行けばわかると思います!」


「あらまー、そうなのン♪」


 邪気のないリオグランテの言葉に、スティレットは井戸の周りを日々の癒やしの空間にする主婦のような反応を見せ、眉尻を下げた。


「それじゃ早速お役所に行きましょうか、ヴァール。勇者ちゃん、教えてくれてありがとねン♪ あたし達ってば気が合うみたいだから、お友達になりましょ♪」


「喜んで! こんな綺麗な人がお友達なんて嬉しいです!」


 ――――その勇者の発言にフェイルは思わず目を丸くした。


 子供にしか見えない彼が、女性に対し外交辞令の賛辞を贈り、しかも騎士のような所作で胸を手で掬うようにして一礼している。

 不気味なほど似合っていなかったが、不自然な動きかと言えばそうではなく、言動全てが滑らか。


 勇者は色を好む――――そんな冒険譚のお約束が頭を過ぎった。


 一方、その傍では全く別の違和感が増大していた。

 ヴァールと名乗った女性が未だにファルシオンの魔具を眺めている。

 いや、睨んでいる。


「何か?」


 流石にその視線には気付いていたらしく、我慢の限界に達したファルシオンが怪訝な声で問う。


 それが火種の呼び水となった。


「邪道だな。オートルーリングを使う魔術士など論ずるに値しない」


「……今、何と言いました?」


 挑発、そして激昂。

 一触即発の空気が一瞬にして出来上がる。


「あんなものに頼る魔術士など、邪道としか言いようがない。魔術は自身の身体を使い、最後の一文字まで綴る事で意義を成す。そのような一見便利に思える技術に溺れているお前は、魔術士として先がない。堕落の象徴だ。故に、私はお前を侮蔑する」


 まるで親の敵を見つめるような目を向け、ヴァールは淡々と理由を述べる。

 それに対し、ファルシオンは表情を――――変えた。


「口を慎みなさい! オートルーリングは魔術士を一つ先、いや遥か高みへと導いた魔術史上最高の発明です! それを、そんな……取り消して下さい!」


「断る。邪道は邪道。それ以外に向ける言葉はない。お前は魔術士失格だ。あのような浅はかな技術に頼る者は全て、魔術士などと名乗る資格はない」


「……!」


「ファルシオンさん! 待って!」


 一瞬――――ファルシオンの指に光が宿った。

 そして、それ以上にフェイルを驚かせたのは、その相貌にあった。

 これまで微かな変化こそあれど、殆ど動かす事のなかったファルシオンの面持ちが、今は誰が見てもわかるほど感情を剥き出しにしている。


 自分達に害を成す賞金稼ぎと対峙した際でさえも見せなかった、明確な攻撃性。

 これには、フェイルより付き合いの長いリオグランテも驚きを禁じえず、口を半開きにしてその様子を眺めていた。


「行きましょう、スティレット様。ここは風下です。スティレット様があのような低俗な魔術士を風上に立たせるなど、あってはなりません」


「まー、もうこの子は全く……ゴメンなさいねファルシオンちゃん。この子、オートルーリングを使う魔術士がちょーっとだけ苦手なのン。気を悪くしちゃったでしょ?」


「……いえ」


 その声は、内容を整えるのに精一杯だったらしく、毒を消せずにいた。


「あとでちゃんと言い聞かせるから、ホントごめんなさいねン。それじゃ勇者ちゃん、また会いましょうねン♪」


「あ、はい!」


 斯くして――――嵐のような時間は、香水の残り香が鼻腔を擽る中で過ぎ去っていった。


「……」


 怒気が収まる様子はなく、ファルシオンはヴァールの背中を苦々しさだけに支配された眼差しで睨んでいる。

 男二人、その後ろで身を小さくしながら顔を寄せ合った。


「えっと……この場合どう接すればいいの?」


「わ、わかりませんよ。僕、こんなに怒ったファルさん見るの初めてです。怒った顔自体初めてですよ。怖過ぎてちょっと泣きそうです」


 完全に腫れ物扱いだった。


 その後、沈黙が実に十分もの間続き――――


「あの女は……次に会った時に涅槃へ落とします」


 長い長い呪詛を心の中で唱え続け、その切れ端が微かに漏れ出たところで、ファルシオンは指輪を光らせた。

 直後、短いルーンが綴られ、彼女の周囲に旋風が巻き起こる。

 足元には昨日既に一度凍らせ宙に舞わせた野草が散らばっていたが、それらが凄まじい勢いで舞い上がり、悲鳴のような轟音と共にグルグル回っている。


 完全にウサ晴らしだった。


「あ、あわわわわわわわ……」


 勇者は立ち竦み、身震いしている。

 剛胆な一端を覗かせた先程とは雲泥の差だ。

 尤も、それはフェイルも然程変わらず、野草が高速で回り行く様を冷や汗混じりに眺めていた。


 暫くした後、風が止み――――


「許しません……許さない……」


 ようやく呪詛が一段落したのか、ファルシオンは魔術を切り上げ、踵を返し歩き出す。

 程なくして、待っていた野草がしおしおの状態で落ちてきた。

 これらの草に薬草としての価値はないが、フェイルはなんとなく同情せざるを得なかった。


「……今日はもう探さない気なのかな」


「こ、怖かったです……」


 ガクガクと震える勇者に服の袖を掴まれ、フェイルは大きな嘆息を吐く。

 それは、当然ながらファルシオンの様変わりに対して――――もあったが、それ以上に先程遭遇した二人の女性に対してだった。


 まず、明らかな嘘がある。

 スティレットは初めにこう言っていた。


『あらン、やっと登場ね♪』


 勇者一行を待っていたと解釈する以外にない言葉だ。

 しかし直後、彼女は町長を訪ねに来たと断言した。

 その両方が目的だったのなら一見矛盾はないように思えるが、昨日フェイル達がここに来ていたのを知っているのなら、町長が引っ越している事実くらい容易に把握出来るだろう。


 スティレットは経済界の大物。

 町長の動向など、このアルテタを訪れた時点で意図せずとも勝手に耳に入ってくる筈だ。


 だとしたら、理由として考えられるのは二つ。

 虚言癖があるか――――勇者一行の洞察力を計ったか。


 スティレットは先程の会話の中で重要な発言を一つしている。

 屋敷に宝があり、それを狙う連中が存在しているという情報だ。


 もし彼女が嘘つきなら、この情報自体の信憑性が問われる。


 本当に宝などあるのか?

 屋敷を襲撃した連中などいるのか?


 この事実確認をカバジェロに行うだろう。

 答え合わせはそこで出来る。

 勇者一行が脳筋トリオなのか、それとも何気ない会話に潜む嘘を見抜く侮れない連中なのかを――――


「……馬鹿馬鹿しい」


「へ?」


「いや、なんでもないよ」


 無駄に考え過ぎる悪癖を自嘲し、フェイルは軽く頭を振った。

 たかだか顔見せ程度の会話に意味を求め過ぎている。


 話の流れを考えれば、勇者への自己紹介と宝について知らせておく事が目的であり、町長の件は自分から勇者に会いに来た事実を否定する為の隠れ蓑に過ぎない――――と考えるのが普通。

 身分の高い人間が、自分から足を運ぶのではなく相手から足を運ばれる人物であるべきと考えるのは普通の事。

 その虚栄心を考慮すれば、スティレットの発言に矛盾はない。


「でも、なんか難しい顔をして……がふっ!?」


 突然、リオグランテが悲鳴を上げ倒れる。

 フェイルの目には、彼を襲う人型の塊がハッキリと映っていた。


 だが人の気配はない。

 無理もない事。

 その塊は一応、人っぽい形はしているものの、人間ではなかった。


「きゅ~」


「……この場合、誰を褒めたらいいのやら」


 目的の物を吸い寄せる、勇者リオグランテの強運。

 当初の予定とは違っていたが、怒りに任せて緑魔術で巻き上げ、でも傷一つ付けずにあの塊を今の今まで宙に舞わせていた魔術士ファルシオンの魔術制御能力。


 いずれにせよ、フェイルは気絶中のリオグランテの傍に落ちているマンドレイクを手に取り、そして実感した。

 普段冷静な人間の激昂を前にすれば、高級素材を入手した感動さえも薄くなってしまう――――と。



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