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第2章:遠隔の地(12)

 忙しない雨音が遠くに聞こえる中、フェイルは応接間の隅で一人ローズヒップの実を丁寧にすり潰しながら、中央のテーブルに視線を向けた。


 ここは――――アルテタの中央に位置する巨大な屋敷。

 それも、つい最近建てられたと思しき新しい建築物だ。


 アニスやビューグラスの住むシュロスベリー家と比べ、大きさでは一歩譲るものの、その高級感溢れる外装は決して見劣りしない。

 少なくとも一般人の住む家でないのは確かだ。


「この屋敷は自分の所有ではない。とある有力者の別荘の一つでね。自由に使って良いとの許可を得ているので、雨宿りに利用させて貰った」


 応接間の下座に座る青年は、正面のリオグランテと、その左右に位置するファルシオン、フランベルジュを同時に視界に納めながら、自身の立ち位置を述べている。

 

 年齢はこの中の誰よりも上だが、三〇には届いてないであろう風貌。

 綺麗に整えられた短めの黒髪をはじめ、生真面目さが顔の隅々に見て取れる、性格が外見に滲み出るタイプだ。

 フェイルにとっては初見の人物だったが、勇者一行とは顔見知りらしく、しかし親しげな様子は伺えない。


 寧ろ、リオグランテ以外の二名には先程襲撃された際とは異質ながら、確かな警戒感や緊張感が漂っている。

 それを察してか、青年は微かに破顔し意図的に雰囲気を和らげていた。


「先程の連中は、この街でも特に素行の悪い賞金稼ぎだ。警吏の自分も少々手を拱いていたところだったから、取り締まる良い口実を得て助かった。感謝致す。この屋敷は長居しないのであれば、自由に使ってくれて構わない。礼と思って欲しい」


 礼――――つまり、勇者一行の再訪を知った賞金稼ぎを返り討ちにした報酬が、この高級な屋敷での滞在許可。

 そういう意味では、リオグランテ達がヴァレロンで宿を得た経緯と余り変わらない。

 勇者らしい展開と言えばそれまでが――――


「何か聞きたい事は?」


「私達がこの街を去ってから、人形のような物が拾得物として届けられませんでしたか? 或いは、警吏が回収したとの話はありませんでしたか?」


 ファルシオンの問いに、青年は静かに首を横に振る。

 

「心当たりはない……が、自分の知る範囲外でそのような物が届いている可能性もある。調べてこよう。暫くはこの屋敷に留まると良い」


 余り多くは語らず、青年は説明を終えると同時に席を立った。


 屋敷への滞留を念押ししたのは、勇者一行の現状、要するに宿が確保出来ずに困っている状況を把握している可能性が高い――――とフェイルは読んだ。

 尤も、それが高度な推測によるものか、襲撃した賞金首同様、勇者お断りの札を掲げた宿から情報を得た事による知識なのか、それは定かではない。


 あの場にあのタイミングで現れた事を考えると後者の可能性が高いのだが――――青年は自分の身分を『警吏』と発言した。

 警吏とは、街の安全と治安を守る存在。

 騎士軍から主要都市に配属される憲兵とは違い、また一般人自らが結成する自警団とも異なり、警吏は国が運営している行政機関の人間だ。


 何か街中で揉め事があれば、まず警吏に話が行く。

 よって、偶々詰め所が近くにあった場合、勇者再訪の報せが彼の耳に入っても不思議ではない。

 現時点では、どちらかに確定する程の材料はなかった。


「……」


 そんな事を考えていたフェイルの傍に、先程席を立った青年が歩み寄る。

 テーブルから扉の直線上にはないこの位置に近付いた以上、何かを伝える意図がある筈――――


「お初にお目に掛かる。自分はカバジェロ=トマーシュ。この街の警吏に殉じている。何か不自由を感じたなら自分に遠慮なく言って欲しい。出来る限りの事はする」


 そう身構えたフェイルに対し、カバジェロと名乗った青年は自己紹介にのみ終始し、そのまま扉の奥へと消えて行った。


「……はー」


 それを見計らうように、フランベルジュが大きく息を吐く。


「あいつが話してるの見ると、何か気疲れするのよね。堅苦しいっていうか……」


「でも、良い人ですよ。こうやって雨の凌げる所を只で案内してくれましたし」


 一方、堅い空気が苦手そうなリオグランテは特に気疲れした様子はなく、高級な建物特有の窓ガラスに視線を向けて笑顔を覗かせていた。

 外の景色は滲んだままで、暫く変化しそうもない。


「今の自己紹介の通り、彼はこの街の警吏です。以前ここに来た際に色々と関わりを持ってしまった経緯があるんです。まさか今回も出会う事になるとは思いませんでしたが」


「不本意にも……って言い方だね。親切にして貰った割に」


「否定はしません。理由はフランと同じです」


 一緒にいて気疲れする人間――――意外にも、ファルシオンもそう言うタイプが苦手らしい。

 得意な人間も余りいないだろうが。


「それに、誤解を恐れずに言えば、警吏という存在自体が余り信用出来ません」


「王様から勅命を受けてる勇者一行の科白とは思えないけど……」


「それ程長い期間じゃないけど、それなりに旅をしてると悪い噂が嫌でも耳に入ってくるのよ。警吏のね。権力を振りかざして市民から搾取したり、裏で悪党と組んで甘い汁吸ったり……やりたい放題みたいよ」


 そう補足するフランベルジュの顔は、苦痛に歪んでいた。


 ただ、それは発言内容によるものばかりではない。

 フェイルはそれを察知し、そろそろ出来上がった"それ"を木紙に乗せる。

 羊皮紙は高いので、普段は木を薄くスライスした木紙を使っているが、その主な用途は――――


「はい、これを飲んで。風邪のひき始めには良く効くから。人差し指の第一関節に乗るくらいの量を、一日三回。食後が一番消化がいいかな」


 薬草の包装。

 突然それを差し出されたフランベルジュは暫くキョトンとしていたが、次第に理解したかのように表情を和らげた。


「そっか、貴方って薬草士だったっけ。すっかり忘れてたけど」


「要らないなら返して」


「冗談よ。ありがたく飲ませて貰う」


 素直にではなかったが受け取り、直ぐに言われた量を飲む。


「……苦」


「普通は水で流し込むんだけどね」


「最初に言いなさいよ! ったく……」


 そう怒鳴りつつも、それくらいは常識なのも理解していたらしく、フランベルジュは赤面しながらファルシオンから水筒を受け取っていた。


「これからどうします? この雨じゃ流石に探せませんよね。マントドラゴン」


「マンドレイク、もしくはマンドラゴラね。そんなドラゴンがいたら見てみたいけど……」


 優雅の象徴と伝説の存在。

 ドラゴンは聡明な生物とも言われている為、一応相性は悪くない。外見は兎も角。


「ま、宿泊費も浮いた事だし、雨が止むのを待って探した方が良いんじゃない? さっきの警吏の人の回答待ちって所もあるし。大体、これだけ世話になってる相手に気疲れするから気に入らないって……外道だよね、考え方が」


「ですよねえ。僕もそう思います」


 男二人の珍しい意気投合に対し、女性二名は両者とも明後日の方向を眺めていた。





 その日の夜。


 雨は止まず、闇の中アルテタの人工物をいそいそと湿らせ続けている。


 時折、弾くように。

 時折、吸い込むように。


 音は跳ね、そしてまた墜ちる。

 その様相は日常でありながら、どこか幻想を揺り起こすような響きを含んでいた。


 そして――――


「ここにおられたか。フェイル=ノート殿」


 一つの雨粒が砕けたような音を聞き、フェイルは作業を中断し、静かに振り返った。


 雨雲の影響もあり、光が差し込む隙間のない応接間は、ランプの光が普段以上に強調され、床の色をより濃く見せている。

 その床を踏みしめるように、カバジェロ=トマーシュは明かりを掲げながら仁王立ちしていた。


「……自己紹介しましたっけ?」


「いや。しかし貴殿の名は知っている。自分はこの職に就く前、王宮騎士団【銀朱】に所属していたからな」


 音が消える。

 そこにあるのは、決して届かない雨の雫のみ。

 フェイルには決して届かない筈の。


「宮廷弓兵団の最年少所属記録を塗り替えた有名人。そして、噂では【銀朱】副師団長のデュランダル=カレイラと懇意にしていたとも聞いている。あの決して他者と深く関わらない、孤高の天才剣士と」


「……」


「知らぬ筈がない。その顔も、何度も見たよ。何度も」


 カバジェロは感情を込めず、淡々と告げている。

 フェイルはそれが作為的なものと直感的に判断した。


「勇者一行にあのフェイル=ノートが加わっていた事は驚きだが……何よりまず、お逢い出来て光栄だ」


「そう言って貰えるのは、素直にありがたいですけど……生憎、僕は勇者一行の一員って訳じゃないですよ。偶々、巻き込まれる形でここに来た。それだけです」


 その言葉は紛れもない事実だったが――――カバジェロには届いていないらしい。


 雨はどれだけ降ろうと、屋敷の中には入ってこれない。

 不可侵の領域。

 それは、この世の至る場所に存在している。


「宮廷弓兵団の貴殿が勇者と共にある。それは貴殿のどんな言葉よりも説得力を有していると判断する」


「でも、その認識も誤りですよ。僕はもう弓兵じゃありませんから。元、と付くのなら否定はしませんけどね」


 その領域を、カバジェロはフェイルの発言で理解した。

 そして同時に、先程の言葉が真実だと悟る。


 宮廷弓兵団は銀朱と比ぶべくもないが、それでも王国エチェベリアにおいて重責を担う存在だった。

 デ・ラ・ペーニャのように、遠距離攻撃を得意とする魔術士が大勢いる訳ではないのだから、弓矢による先制攻撃の精度は戦局を大きく左右する。


 よって、そこに所属していたフェイルの価値は決して低くはない。

 しかも彼は最年少での入団。

 そんな人物が離脱した場合、一切の情報が遮断される運命にある。


 理由は二つ。

 ある種のプロパガンダとしての要素も多分にあったその人間が辞めたとなれば、求心力が低下する事は避けられないから。


 そしてもう一つ。

 機密漏洩に繋がるから。


「つまり、貴殿には常に監視が付いている――――」


「ええ。僕が余計な事を話さないように……ではなくて、話した時にそれを直ぐに抹消する、もしくは軌道修正する事が出来るように」


 例えどんな監視を付けても、その対象者の発言までは制御出来ない。

 だが、発言された言葉を無効化する手段は、幾らでもある。


 その為の監視。

 それが自分に付いているのをフェイルは最初から覚悟していた。


 ただ、それが誰なのかはわからないし、心当たりもない。

 探ろうともしていなかった。

 それが無意味な行動だと理解しているから。


「成程。つまり、貴殿は栄誉ある最年少の宮廷弓兵を何らかの理由で辞め、今は勇者一行に巻き込まれる形で行動を共にしている、と。監視がいると知りながら」


「ええ。そうです」


「では、今は一体何をして生計を立てている?」


 疑心暗鬼――――それは、暗い場所に現れる。

 カバジェロの目を見る事なく、フェイルは作業を再開しながら、軽妙に告げた。


「薬草士です。今作っているのも薬の一種ですよ。毒って言った方が正しいのかもしれませんけどね」


 フェイルは敢えて、それを言葉にした。


 自身を知る、この男。

 その素性がまだ定かではない元騎士団、そして現警吏。

 そこまでわかっていても、まだ警戒の必要は多分にあった。


 敵か、味方か――――

 ではなく、害を成す者か否か。


 それが明らかにならない限り、自分の過去を知るこの男は、フェイルにとっては紛れもなく要注意人物だ。


「成程。警戒を促す為に敢えて攻撃性のある発言を」


 そして、カバジェロは瞬時にそれを理解した。


「その意図は十分にわかる。貴殿の立場は極めて危険だ。貴殿は自身の過去を詳しく語る事は出来ない。それは即ち、王宮弓兵団、そして国そのものの求心力の低下に繋がる。恐らく王宮を去る際に契約した筈だ。自分もそうだった」


 その理解の早さの背景には、自身の経験も含まれていた――――そう主張し、同時に自嘲の笑みを浮かべる。


「尤も、自分は負傷が災いし、ほぼ解雇という不本意な形だったが。それでも辞任の際には幾つもの窮屈な契約事項を宣言させられたものだ」


「そうでしたか」


 カバジェロの話に余り関心を持たなかったフェイルは、適当に返事をしながら薬草の練り込みを行っていた。

 その様子に、元騎士団の青年は微かに瞼を下げる。


「貴殿が自身の過去を勇者達に話していないのであれば――――それはやはりそのまま話すべきではない。それが国に仕えていた者の最後の勤めであり、矜持なのだから。無論、自分がこの件に関して彼等に何かを話す事はない。騎士の名に賭けて誓おう」


「助かります。カバジェロさん、貴方が勇者一行に親切な理由は、何ですか?」


 敢えて自分に対し『元』という冠を乗せなかった、その男に対し――――フェイルは初めて視線を合わせた。

 少し垂れ下がった目は、どこか夜の衣以上の深淵を含んでいるように見える。


「無論、国家の為、国王陛下の為だ。国が育てようとしている勇者を助けるのは、騎士ならば当然の事。それ以外に何か理由が必要かな?」


「例えば、再起の踏み台にしようと考えている、とか」


 その黒い炎を覗きながら、フェイルは少し低い声で告げた。


「それは……どのような意味と捉えれば良いのだろうか?」


「そのままの意味ですよ、カバジェロさん。貴方はあの場に駆けつけるのが少々早過ぎた。ずっとその事が引っかかっているんです」


「成程。確かに懸念材料としては納得出来るものだ」


 フェイルの指摘に怒気を発する事は一切なく、口元を弛ませる事もせず、カバジェロはあくまでも真摯に告げる。


「だがそれは杞憂だ。自分はこの街において独自の情報網を築いている。賞金稼ぎが貴殿等の居場所を掴んだ頃には、自分も既に把握済みだった。それだけだ」


 フェイルは、その言葉に対して笑顔だけを返した。


 ならば逆に遅過ぎた――――その言葉を飲み込んで。


「そうでしたか。では本当に杞憂だったみたいです。疑うような事を言って申し訳ありません」


「気に病まないで頂こう。誰にでも早合点や先入観はあるし、それは決して悪ではない。悪でない以上、責める気持ちは微塵もない。それが騎士道というもの。その洞察力に寧ろ感心した次第だ」


 饒舌だった。

 その様子を確認し、フェイルは視線を外す。


「ありがとうございます。あ、それと人形の件ですが……」


「残念ながら、詰め所にもなかった。力になれず申し訳なかったが、今後も捜索を続けるのであれば協力は惜しまないつもりだ」


「……ありがとうございます」


「では、部屋に戻る時は明かりを消して頂けるとありがたい。良い夢を」


 フェイルの言葉に満足げに頷き、踵を返し――――


「そういえば……先の賞金稼ぎ襲撃の件で一つ、妙な事があった事を思い出した」


 そこで立ち止まる。


「剣士フランベルジュに伸された三名、魔術士ファルシオンに伸された一名とはかなり離れた場所で、一人気絶していた者がいたそうだ」


 声は微かに反響し、室内をゆっくりと回っているかのように届いてくる。


「ちなみに、自分はその男をずっとマークしていた。この街でも指折りの賞金稼ぎでね。徒党を組む連中の影から隙を突いて暗殺技を用いるのを得手とする、非常に厄介極まりない人物だったが……あっけなく捕まえる事が出来た。有難う」


 斯くして――――カバジェロは応接間の扉を閉じた。


 勇者一行が捜索している人形の詳細が何なのか、それを聞きもせず。

 かつて、この街で騒動を起こした原因となった呪いの人形との関連性を尋ねもせずに。


 ただ、残骸のような礼だけを残して。


「警吏……か」


 その勤めについての疑問を胸に、フェイルは薬作りを再開した。

 雨音が急激に小さくなっていくのを感じながら。


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