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第6章:始まりの終わり(18)

「何故答えない」


 まるで逃げ道を防ぐかのように、隠し部屋の入り口に立っているビューグラスの厳しい声が、フェイルの胸を抉る。

 眼光も、これまで見た事がないほど鋭い。

 明らかに敵を見る目で睨んでいる。


 その事実が、却ってフェイルに冷静さをもたらした。

 余計な感情を捨て、ここにいるアルマとハルを守る事に専念しなければならないと思えたからだ。


「ここにいたのは、知り合いを探していたからです」


 発言と同時に、自分の状態を把握しようと努める。

 動揺している為、平常心とは程遠いが、装う事が出来るくらいには理性が保たれている。

 ならば、ありきたりなトラブルと大した違いはない。


「知り合い……? ここに来る可能性がある知り合いがお前にいるのか?」


「はい。そもそも、その人物にこの場所を教えて貰いましたから」


 フェイルが探している相手として想定しているのは――――勿論、目の前のビューグラスではない。

 ハルが探しているガラディーンでもない。

 土賊のリーダーであるアドゥリスだ。


「その知り合いに会って、何を話すつもりだった?」


 ビューグラスの尋問は続く。

 フェイルの話の整合性を確認しようとしているのは明白。

 刺客としての仕事に失敗して以降、関係性は殆ど崩壊しているという自覚はあったが、これで確定した。


 幼い頃に見上げた、今よりも幾分か若い彼の顔が脳裏を過ぎる。

 感傷は血を流さない。

 でも、涙も流さなかったのは、フェイルが今日まで生きてきた証でもあった。


「地上への階段を収めた柱の扉が開かないんで、事情を知っていそうな人間を探しているんです。この隠し部屋を知っている連中なら、今回の件について何か把握しているかもしれないので」


 矛盾はない。

 フェイルがアドゥリスに連れて来られてこの部屋を知ったのは事実だし、扉が開かないのも事実。

 アドゥリスを頼ろうとするのも、その為にここを訪れるのも、至って普通の発想と行動だ。


「ならば、そもそも何故今日メトロ・ノームへ来た? お前がここを知っている事自体が意外だったが」


「パルファンのマロウさんに教えて貰って、それから頻繁に出入りしているだけです。友人も出来ましたし、ここにいると余計な喧噪がないから考え事が纏まり易い」


「日中、店を閉めてまで来るほどの用事とは到底思えんな」


「先日作った新商品が好評で、売り切れてしまったから店にいても仕方ないんですよ。今は材料待ちです」


「グランデスモール、だったか」


 ビューグラスが自分の作った薬の名前を知っていた――――その事に一瞬、心が動く。

 それが残り香なのか、それとも火の粉なのか、フェイルは判断しなかった。

 ただ、静かに風を送る。


「エル・バタラの開催に合わせて、大会で需要のある薬を作り上げたようだな。評判は聞いている」


「浅はかと言いたそうな顔ですね」


「浅はかには違いない。だが、結果を出した。この世界で結果を出す難しさを、儂は誰より知っている。必要とされる薬を作る困難さも。お前は、それを成し遂げた」


 一度堰き止めた感情が、再び襲いかかる。

 今度は激流となって。


「見事だフェイル。よくぞ薬草学に貢献した」


 だがそれは、決して歓喜ではなかった。

 濁流が押し寄せてくるその果てに見えるのは――――虚無。

 見えないからこそ、嫌でも逃れられない。


「……そういう言葉を、貴方はアニスにかけた事はあるんですか?」


 これまでずっと言わずに来た。

 言う資格はないと封印してきた。

 そして、無駄だと悟ってもいた。


「何故アニスが出て来る。あの子は薬草士でもなければ、何かを成した事もない。関係のない話だ」


「例え心にもない事でも、言って貰えば嬉しくもなる。親なら誰だってやってる事です」


「この儂の親としてのあり方を批難しているのか?」


 論点はズレた。

 そういう目的も当然あった。

 これでもう、自分がここにいた理由について更なる追及が来る事はなく、アルマやハルに飛び火する事もない。


 ビューグラスはヴァレロンにおける権力者。

 もしこの場所が、彼の管轄であった場合は、アルマ達を不当な侵入者だと糾弾する事もあり得た。

 しかしその可能性は潰す事が出来た。


 それで終われれば、なんて事のない再会だったのだろう。


「アニスは愛情に飢えていました。子供の頃からずっと。だから僕を見つけて、構って欲しい欲を僕で満たした。あれから何年経ちました? アニスは何も変わっていない。彼女は今も、愛情に飢えたままです」


「あの子もそれなりの年齢だ。その愛情とやらを、儂がどうこうする必要などあるまい。儂が担う役割の重さ、お前なら体感は出来ずとも予想くらいは出来よう」


「そうですね。貴方は薬草学の権威ですから、今もきっと大きな案件を抱えているんでしょう。何かの研究に勤しんでいて、家庭を顧みる時間はないんでしょう」


「そこまでわかっているのなら――――」


「五秒」


 フェイルの声が、温度をなくす。 


「心ない言葉でいい。アニスに『寂しい思いをさせて済まない』と、それだけを言えば、あの子は全然違う明日を過ごせた。五秒すら切り落とせない人生を歩んでいるつもりですか」


 ここまで言うつもりなどなかった。

 踏み込んだ話をする事はないと思っていた。


 子供の頃から、アニスは他人を試そうとする悪癖があった。

 無茶苦茶な料理を強引に食べさせようとするのも、その一つ。

 その人物に、自分への愛情があるのか、あるとすればどの程度なのかを、それで推し量ろうとしていた。


 何も変わっていなかった。

 今もアニスは試し続けている。


 彼女は決して、勇者一行にそれを行おうとはしなかった。

 当然だ。

 愛情の有無を確認するほどの間柄ではないのだから。


 そういう空虚なアニスの心を、ノノは見抜いている。

 だから怖がっている――――というより、哀れんでいる。

 そしてアニスもまた、同情されているのを薄っすらと把握している。

 

 ほんの少しでも負荷を与えれば、壊れてしまいそうなほど脆く、そして拙い。

 フェイルはどうしても、アニスに対して深入り出来なかった。

 少しでも力を入れてしまうと、彼女の心を粉々にしてしまいそうだったから。


 そんなアニスを救えるのは一人しかいない。

 一つしかない。


 親に愛されていると自覚する事で、彼女は一歩踏み出せる。

 踏み出せた筈だった。


「儂があの子を気にかけていないと、そう思っているのか」


「……」


「ならば誤解だ。儂があの子を自由にさせているのは、そうする必要があったからだ。それが何かは言えんがな」


 そのビューグラスの返答に、フェイルは思わず目を瞑る。

 これ以上踏み込んでも、その先には何もない。


 あらためて見るビューグラスの顔は、フェイルの中の印象よりも皺の数が多い。

 人を責められる立場じゃない。

 まざまざと、そう思い知らされた。


「……用事は済みましたので、もう戻ります」


 言葉少なにフェイルはそう告げ、アルマとハルに目配せする。


 予定変更。

 ここはもう使えない――――


「そうだね。わかったよ」


「おう。ったく、とんだ無駄足だったな」


 空気を読み、ずっと押し黙っていた二人は即座に合意し、まずハルが先に隠し部屋から出て行く。

 次にアルマ。


「お嬢さんは確か、このメトロ・ノームの管理人だったと記憶しているが」


「……」


 すれ違いざまにそう語りかけてくるビューグラスに答えず、せかせかと柱内の梯子を上っていく。

 間髪入れず、フェイルも続いた。


 そして、梯子に手をかけ、自分の退路を確保した時点で――――


「他にも探している人がいました」


 振り返りもせずに立ち尽くしたままのビューグラスに話しかける。

 冷静な自分を果たしてどこまで保てるか、自信はなかった。


 それでも――――


「その中の一人が貴方です。まずは無事でよかった」


 そう言わずにはいられなかった。


「……そうか」


 ビューグラスは低く這うような声で返す。

 フェイルはその声に、どこか迷いのようなものを感じ、それは彼ではなく自分の感情の反映だと気付く。


 それでも、言わなければならない。

 

「アニスが心神喪失状態になっています。今はヴァレロン・サントラル医院に入院中です」


「そうか」


 糸が切れた。

 そういう感覚だった。


 嘆息と同時に、梯子に足をかける。


「フェイル」


 呼び止めるつもりなのか、独り言なのか。

 判断に迷うほどの小さい声で、ビューグラスは語りかけてきた。


 呪いのような、その言葉を。



「アニスの事は諦めろ」



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