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第6章:始まりの終わり(15)





「……」


 起き抜けにフェイルが感じたのは、自分の家ではなく酒場の倉庫に二日も寝泊まりした非日常感ではなく、懐かしさだった。


 この夢が、昨日の出来事を反映し過去の記憶を映像化したものなのか、近い未来を暗示しているものなのかは知りようもない。

 ただ、フェイルの中には確かな納得があった。

 実にしっくりくる夢だった。


 結局、エル・バタラの準決勝は一切目にする事が出来なかった。

 バルムンクの発言が真実なら、彼は不戦敗だっただろう。

 その時点でデュランダルの決勝進出は確定となる。


 そしてもう一つの試合は、リオグランテとハイト=トマーシュが準決勝で戦う事になっていた。

 フェイルが目撃した通り、ハイトが既に死亡しているのなら、これも試合不成立でリオグランテが決勝に進む事になる。

 準決勝が二試合とも行われないとなれば、普通なら観客は白けきってしまい、大会としては失敗に終わるだろう。


 四年に一度の祭典、それも史上最高の参加者を集めた武闘大会が、このようなグダグダな事態になると誰が予想しただろうか。

 観客が暴動を起こしても不思議ではない。

 地上では殺気だった住民が大会の責任者をつるし上げているかもしれない。


 もし、フェイルの想像通りの状況になっているなら、リオグランテは果たして無事なのか。

 ファルシオンやフランベルジュに危害が加えられていないだろうか。

 そんな懸念で胃が重くなる。 


「んー……んあ、もう朝かよ」


 そんなフェイルの悲壮感とは裏腹に、倉庫の隅で寝ていたハルが緊張感のない声をあげ起き上がった。


 それなりの収穫を得た一日を無事終えた昨夜は、そのまま酒場で食事をし、酔っ払ったハルと共にこの倉庫で一泊――――という流れで現在を迎えている。


「ったく……アタタ。うげっ、二日酔いかよ……俺も歳だな。そんな飲んでねーってのに」


「そこに転がってる酒瓶の数見る限り、そうは思えないけど……」


 それどころか、かなり離れた場所にいるフェイルの傍にまで一つ転がっている。

 フェイルは付き合いで軽く飲んだ程度なので、殆どはハルの消費した分だ。


「ヘッ、これくらいは普通なんだよ。ギルドで人付き合いやってる人間にとっちゃな。下らねーと笑われるかもしれねーが、酒の強さが自分を助ける事もあんだよ」


 しかめっ面で立ち上がりつつ、ハルはぼやきと共に入り口までフラフラ歩いていった。


「さて……そんで、今日はどうする? 探す相手が違うし別行動って手もあるが、万が一アルマの嬢ちゃんが狙われるなんて事があったらヤベーし、集団行動の方が良いかもな」


「同感だけど、今のハルって戦力になるの?」


「任せろって。二日酔い程度で役立たずには……うわあ痛ぇ……ぶえぇ……ぐふええぇぇ……」


 使い物になりそうにない友人の醜態を目の当たりし、フェイルは嘆息と共に倉庫から出た。

 吐瀉物の臭いを好きな者などいない。


「よく眠れたようだな」


 既にマスターは店を開けていた。

 フェイルがここで世話になって以降、客らしい客は一人も訪れていなかったが――――今日は来客があった。


「アロンソ……さん」


「君とは妙に縁があるな」


 リオグランテの指導者であり、ハルの同僚でもあるアロンソ=カーライル。

 エル・バタラの一回戦でリオグランテに敗北し、以降は姿が見えなかった彼が、憔悴に近い表情でカウンター席に座っていた。


「ん……? アロンソか……? うぷっ」


「ハルもいたのか。体調が悪そうだが」


「気にす……るな。ただの二日……酔い……」


 倉庫から這い出てきたハルは、そこまで告げて最寄りのテーブルに突っ伏し、そのまま動かなくなった。


「珍しいな。彼は酒に溺れるタイプではないと思っていたのに……」


「そうなの? 私生活ダメそうなのに」


「僕もそこまで彼を知っている訳じゃないが……昨日は余程嬉しい事でもあったのかな」


 実際には、滅多に飲まないフェイルと酒を交わした事でテンションが上がっただけなのだが、フェイルは何も言わずアロンソの隣に腰掛けた。


 このアロンソという人物に対し、フェイルは全幅の信頼は置けずにいる。

 令嬢失踪事件の際に、何らかの嘘を彼が吐いた事は間違いない。

 リオグランテの変貌に関しても、このアロンソが関わってくる可能性があるとすら睨んでいる。


 実直そうな顔の裏に、果たしてどんな姿を隠しているのか――――


「何か聞きたい事があるって顔だね」


 少なくとも、現状ではそれを暴くより前にする事がある。

 フェイルは静かに深呼吸を一つして、整理した言葉を順序に沿って紡ぎ出した。


「今、メトロ・ノームが封鎖状態にあるのは……」


「ああ、知っているよ。昨日から地下にいたんだけど、急に扉が封鎖されていて驚いたよ」


 流石に、牢獄状態に関しては認知済み。

 となると――――


「出る方法は?」


 率直なフェイルの問い掛けに対しに、アロンソは首を横に振った。


「わからない。だから管理人のアルマ=ローランさんに話を聞こう思ってきたんだけど、彼女は生憎不在だった。それでここへ情報を求めに来たのさ」


「アルマさんの家に?」


「ああ」


 フェイルが敢えて念を押すように聞いたのは、アルマの家が荒らされた状態である事を彼が知っているかどうか確認する為。

 特に感情が動くような反応は湿さなかった為、フェイルは彼が何も知らないと判断した。

 尤も、巧妙に隠しているだけかもしれないが。


「アルマなら、ここに泊まっている。まだ起きては来ていないが」


 マスターの情報提供に対し、アロンソは神妙な面持ちを崩さない。

 それも当然で――――


「それでも君達がここにいるという事は、アルマさんが封印している訳ではない。そして彼女でも現状を打破出来ない」


「話が早くて助かります」


 そう答えながらも、フェイルの中でアロンソへの警戒レベルが一段階上がった。

 元々、何か得体の知れない面を持っている人物だが、それだけではなく、厄介なほどの洞察力を持っている。

 リオグランテが彼を倒したのも、勇者計画に殉じた結果なのは明白であり、未だ底が見えない。


「もう一つ伺いたいんですが、クレウス=ガンソって人に心当たりは?」


「クレウス……」


 フェイルは以前スコールズ家に忍び込んだ際、アロンソとクレウスが同席している現場を目撃している。

 知り合いでない筈はない。


 真実を話すのか。

 それとも、虚言を吐くのか――――


「知らないな。いや、名前だけなら知っている。エル・バタラに参加した宮廷魔術士だ」


 アロンソは血色の悪い顔で、淀みなくそう告げた。

 この時点で、アロンソから得る情報に価値はなくなったと言っていい。

 フェイルは心中で大きなため息を吐き、落胆を消化した。


「そうですか。質問は以上です。ありがとうございました」


 得られるものはなかった。

 だが、失望しても仕方がない

 次のアテを探すべく、フェイルは席を立ち――――


「……待ってくれ」


 そこでアロンソの声色が変わった事を察知し、振り向く。

 疲労感を滲ませたままだが、目は先程より明らかに鋭さを帯びていた。


「君はどうやら、僕を全く信用していないようだ」


 静かに立ち上がり、フェイルと目を合わせる。

 口元は引き締めたまま。


「信用に値しないのは、ここで以前あった事件の顛末が不服だったからかい?」


「……」


「それだけじゃない、という顔だね。だとしたら僕も認識を改めざるを得ない」


 一人で勝手に話を進めていくアロンソに、フェイルは嫌悪感さえ覚えた。


 トリシュの奔放さに頭を抱えるアロンソの姿は、ここにはない。

 徐々に本性を見せ始めている。

 フェイルはそう感じ取っていた。


「君は"今ここへ来る事を許された人間"だ。だから敬意は表したい。けれど、君が僕に害をなす可能性は捨てられないんだ。だからわかって欲しい。僕は君に嘘を吐いているが、それは自分を守る為だ。僕はそうしないと、いつ不意を突かれるかわからない立場だから」


 捲し立てるアロンソの言葉に、殆ど具体性はない。

 だがそれでいて、彼の感情は伝わってくる。


 フェイルは以前、ハルがアロンソを評した際の言葉を思い出した。



『コイツは、しがらみが大っ嫌いなヤローでな。一匹狼タイプっつーのか、元々ギルドみてーな集団に属するのも嫌いなんだとよ』



 これは、ハルが自分で抱いた印象ではない。

 アロンソの言葉をそのまま伝えたに過ぎない。


 では、実際にはハルは彼をどう評価しているのか――――


「止めとけ。お前は自分が思ってるより演技上手くねーよ」


 フェイルにとって絶妙のタイミングで、テーブルに突っ伏していたハルが介入してきた。




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