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第6章:始まりの終わり(8)

「まず、メトロ・ノームの夜が勝手に明けた件だけど……これはやっぱり、アルマさんを外に誘導する為だったんじゃないかと思うんだ」


 この地下の夜を管理しているのはアルマ。

 なら当然、アルマは確実に反応を示す。

 夜を作る為にいつも行っている石畳の山へ向かうという行動も、容易に想像出来るだろう。


「アルマさんの姿を遠巻きに発見したら、薬草に火を付けて煙を焚く。それが『侵入しても大丈夫』っていう合図だったとしたら……」


「煙を焚いていた人と、ここに侵入した人は共犯って事になるのかな?」


「うん。でも、別の可能性もある……かもしれない」


 一瞬瞑目し、フェイルは自分を探る。

 私情が挟まっていないか。

 それを確認した上で、あらためて私見を述べた。


「逆もあり得ると思うんだ」


「逆……って、どういう事かな?」


「盗む為の工作じゃないかもしれない」


 我ながら、ややこしい事を考えている――――そう思いながらも、フェイルはこの見解を口に出さない訳にはいかなかった。


「でも、実際に帳簿が盗まれてるよ」


「そう。帳簿は盗まれている。だから盗賊の仕業だと僕等は疑う。その場合、疑惑の対象になるのは……土賊だ」


 賊という言葉が共通している以上、連想されるのは彼ら。

 実際、ならず者として暴れている現場をフェイルも見ている。

 あの連中とトライデントが組んだか、トラインデントには真意を何も知らせず『女が見えたら煙を焚け』と指示したか、そのどちらかだと判断するのが自然だ。


「でも、この現場を見る限り、土賊が関わった可能性は低い」


「そうなんだ」


「……ちょっとは疑って貰った方がしっくり来るんだけど」


「フェイル君がそう言うんなら、きっとそうなんだよ」


 アルマの中で、フェイルへの信頼はかなり高い位置にあるらしい。

 思わず鼻の頭を掻き、私見の続きを頭の中で編む。


「理由を言うと、確かに荒らされてはいるんだけど、物が壊されたり乱暴に扱われたりはしていないんだ。なんて言うか、丁寧に荒らされてるっていうか……」


 不思議な話だが、この家捜しの現場にはアルマへの敬意が含まれている。

 だとしたら、土賊の仕業とは思えない。


「結論を言うと、アルマさんに危害を加えずに帳簿を盗む為の工作だったように思えるんだ」


 ある程度戦える人物なら、アルマの寝込みを襲い、彼女を殺害して帳簿を奪う事だって出来る。

 彼女が一流の封術士であっても、寝ている間にまで封術を展開するのは不可能。

 やろうと思えば出来る。


 また、仮にアルマが起きていたとしても、複数人であればアルマと戦う者、帳簿を盗み出す者で役割分担すれば、かなりの確率で成功するだろう。

 封術士であるアルマは、守備面では優れていても、攻撃する術は殆ど持たない筈。

 十分な勝算がある。


 この二つの選択肢を消去し、敢えてアルマを外に誘き出したのであれば――――彼女に危害を加えずに帳簿を盗み出したかったという動機が浮かび上がってくる。


 野蛮な盗賊とは全く異なる行動理念。

 加えて、トライデントに薬草を燃やすよう指示したとなれば、嫌でも犯人像は絞り込めてしまう。


 煙が立ち上っていたのをアルマと共に確認した際、夜が明けていたとはいえ、完全に日中の光度ではなかった。

 煙の色によっては視認が難しかったかもしれない。

 でも、その明るさでもしっかりと見える煙を出す薬草だと予めわかっていれば、何も問題はない。


 燃やした際に出る煙の色など、余程薬草に詳しくなければ知りようもない。

 逆に言えば、それだけの知識を持っている人間が今回の騒動の犯人。

 フェイルの中に、一つの確信が鎮座した。


「……もしかしたら、犯人は僕の知り合いかもしれない」


 逡巡の末、フェイルはアルマにそう切り出す。

 当事者である彼女に隠す訳にはいかない。


「そうなの? だとしたら、ちょっとだけ安心だね」


「……え?」


 返ってきたのは予想外の言葉。

 思わず惚けた顔で聞き返してしまう。


「フェイル君の知り合いなら、きっと大丈夫だよ。フェイル君は良い人だからね。良い人の周りには、良い人が集まるんだよ」


 到底賛同は出来そうにない根拠。

 その理由は――――


「……僕は良い人なんかじゃないよ」


「そうなの?」


「うん。実は今も、犯罪を隠蔽しようって画策してるくらいなんだ」


 司祭を殺した幼なじみを庇う為に。

 社会通念上は勿論、人間としても決して褒められる行為ではない。


「それでも此方は、良い人だと思うよ。此方にたくさん気を遣ってくれてるからね」


「そんなの、他の人も同じでしょ?」


「そうでもないんだよ。意外とね」


 アルマの目は――――慈悲深く、同時に全てを見透かすような、強い光を放っていた。


「フェイル君は、このメトロ・ノームがどういう経緯で作られたか知ってるかな?」


「いや……」


 以前、推測で『何か大きな秘密があるのでは』と考えた事はあった。

 だが、それ以上思考を膨らませるには至らなかった。


「ここはね。実験場だったんだよ」


「……実験場?」


 アルマの言葉に、フェイルは思わず眉を顰める。


「そう。色んな分野の色んな実験が、ここで行われていたんだよ。秘密裏にね」


 そう告げるアルマの顔は、ランプの炎の微かな揺らめきによって、とても寂しく映し出されていた。


「このメトロ・ノームは元々、地下街を作ろうとしていたんだけど、それは知ってるかな?」


「うん、マロウさんがそんな言葉を使ってた気がする」


 最初にここへ案内された際、マロウは確かにここを地下街と紹介した。

 実際、ここには酒場も施療院といった施設もある。

 やや誇張のように思える表現ではあったが、元々そういう計画があったのなら、そうとも言い切れない。


「地上みたいに、たくさんの人が住む街じゃないけどね。少ない人達が、上では出来ない事をする為の街だったんだよ」


「……違法な実験って事だね」


「そうだと思うよ。此方が生まれる前の話だから、断定するのは良くないけどね」


 実際、ここが隠蔽体質の温床、或いは権化だとしても、何も矛盾はない。

 ここは存在自体が公になっていないのだから

 例えば、あの施療院で人体実験が行われていたとしても、誰かが密告しない限り露呈する事はないし、証拠を集める為に侵入する事さえ出来ない。


 仮に誰かの紹介によって入れたとしても、それまでに証拠は全て消されているだろう。

 誰かがメトロ・ノームへ入りたがっているという情報は、あの酒場で得る事が出来る。

 登録者同士の繋がりかもしれないし、マスターが教えているかもしれない。


 そういう意味では、ここは確かに街だ。

 街として機能している。

 

 だとしたら――――ビューグラスの情報も酒場で得られるかもしれない。

 

「アルマさん。一緒に犯人探しをしない?」


 フェイルのその提案は、アルマを一人に出来ないという確固たる理由があった。

 自分の推測が正しければ、彼女に危害が及ぶ事はない。

 だが、どれだけフェイルがそれを熱心に説いたところで、アルマの不安を払拭する事は出来ないだろう。


 彼女は全く怖がっていない。

 自分の家が荒らされたというのに。


 この気丈さは、彼女を知る人間であれば、封術士としての実力がそうさせていると判断するだろうし、彼女を良く知らない人間なら、普段人と接しない為に世間知らずなのだろうと邪推するに違いない。

 けれど、フェイルはそのどちらでもないと知っていた。


「さっきも言ったように、犯人は僕の知り合いの可能性がある。でも違うかもしれない。だったら、ここに一人でいるのは危険だ。二人で行動すれば、多少の危機くらいはきっと回避出来るよ」


「フェイルくんは強いのかな?」


 根本的な質問。

 実際、フェイルが弱ければ何の説得力もない。


「そうだね……僕はこう見えて、あのバルムンクさんと結構真剣に戦った事があるんだ」


 自分で自分を強いとは言えない。

 弱さを無数に知っているから。


 でも弱いとも言えない。

 言えば不安にさせるから。


 その結果、嘘ではないが多少卑怯な発言を選択した。


「それは凄い事だよ。全然怪我してる様子もないし、きっと凄く強いんだね」


「……どうかな……見方によっては……そう言ってくれる人もいるかも……?」


 策を弄するフェイルのようなタイプにとって、アルマは天敵だった。


「兎に角、暫く二人で行動した方が良いと思う。なら折角だし、犯人を探してみよう。これから酒場に行って情報収集しようと思うんだけど」


「わかったよ。此方も行くよ。こういうの、遠足って言うんだよね。ちょっと楽しみかな」


「多分違う……かな」


 そんなフェイルの脱力した声を聞かず、アルマは荒らされた部屋の片付けを終えたのち、外出の準備を始めた。



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