第4章:間引き(45)
――――最後まで騒動続きだった、その日の夜。
「眠れないの?」
一人裏庭で剣を構え、精神統一をしているフランベルジュに、フェイルは躊躇なく話しかける。
「……こんな時って、気を使って一人にするものじゃないの?」
「だったら、発見されない場所でやったら?」
「……」
ジト目の睨み合い。
先に折れたのは――――フランベルジュの方だった。
「ま、そうよ。高揚状態で、ちょっと眠れそうにないみたい」
当然それを鵜呑みにする筈もなく、フェイルは苦笑を禁じ得ない。
だがこれは心の弱さとは無関係。
どんな人間でも、勝負の時を迎える前夜は落ち着かないものだ。
重要なのは、そんな自分を正面から受け止めて、最高に限りなく近い精神状態を作る事。
フェイルはかつて、それを実行出来た。
だが、その時のフェイルとフランベルジュとは、大きく状況が異なる。
「肩、本当に大丈夫?」
「しつこい。私が大丈夫って言ってるのに、他に誰が保証してくれるってのよ」
少し苛立った口調で、フランベルジュは左肩を回してみせる。
「ここまで来て、これを言い訳にする気なんてサラサラないのよ、こっちは。見てなさい。結果残して、その心配を杞憂にしてみせるから」
自信に満ちた発言ではない。
明らかに強がりだ。
その証拠は、彼女が今日引き当てた番号にある。
――――95
それは、バルムンクのいる第一三グループの番号だった。
巡り合わせと言えば、そうなのかもしれない。
もしバルムンクがあの場に留まり、自身でクジを引いていたら、果たして同じような組み分けになったのか。
そう考え、フェイルは思わず眉間に皺を寄せた。
「……私は絶対にあの男には勝てない?」
それを見たフランベルジュが、ポツリと問う。
「それは……」
「貴方が剣聖と知り合いなんて知らなかった。あんなに親しい間柄なんてね」
そして今度は、脈絡のない事を呟く。
「知らなかったのに、私は貴方を師事した。これって凄い事じゃない? 私の慧眼、もっと信用しても良いと思わない?」
「……確かに」
良くわからない理由で諭されたフェイルは、ついそう返事してしまった。
「少しは信用してよね。私だって一応、勇者一行の剣士なのよ? こういう時に結果残すのが勇者一行だと思うのよね」
「はは、そうかも」
そう肯定しつつも、フェイルの顔は晴れない。
実際、バルムンクの強さをフェイルは肌で感じている。
腕に、足に、頭に、そして――――目に刻んでいる。
しかも、それは決して全身全霊を賭けたものではなかった。
あの化物の強さは、まだまだあんなものではない。
そう確信しているからこそ、わかる。
フランベルジュがバルムンクに挑む、その無謀さを。
「目を覆いたくなるくらいに無謀だって言いたいのね」
「え?」
フェイルは思わず間の抜けた声を上げ、自分が無意識に指摘された動作をしていたのを自覚した。
手をどけると、そこには――――輪郭を失った世界が広がる。
まるでインクを滲ませたかのような、曖昧模糊な景色。
だがそれは次第に、いつも通りの光景へと戻って行く。
「……どうしたの?」
「いや、何でもないよ。それと、別に呆れてもいない。ただ……無謀って言葉だけは否定しない。あの男は一種の頂点だ。それに勝つのならフラン、君はその瞬間に大陸随一の剣士だ。自分の実力にそれだけの自覚があるのなら、前言は取り消すよ」
「幾ら私でも、そこまで思い上がってる訳ないでしょう?」
苦笑の返答に、フェイルは思わず同じ顔を返す。
自信の塊のようでいて、その実、不遜な言葉や態度は虚勢に過ぎない。
ファルシオンの言葉を借りずとも、既に承知済みだ。
実際のところ、フランベルジュは決して自分が見えていない訳ではない。
そんな彼女の良い面を、僅かな期間ではあるが、最大限まで伸ばせた手応えがフェイルにはあった。
だが、それでも無謀な挑戦である事に変わりはない。
生半可な気持ちで挑めば、幾ら木製の武器とはいえ、只では済まないだろう。
「私はね」
そんなフェイルの懸念を察したのか、フランベルジュは胸を張り、右手に持った細身の剣を掲げ、星空にかざす。
決意を示す者の凛とした姿。
星明かりを浴びた女性剣士の身体は、しなやかなシルエットを形成していた。
「ずっと強くなりたかったし、強く在りたかった。それは自分の為。そして、女性剣士の未来の為。勿論、今もそうなんだけど……」
「だけど?」
「……この大会は、強くなった自分を見せたいと思ってる」
風が揺れ、穏やかに梳かす。
星の光に照らされたフランベルジュの金の髪は、艶やかな波を打った。
「私は今、ここにいる。これだけの事をやった結果、この位置にいる。これだけの人に力になって貰って……ここにいるって。報告したいのよ」
「誰に?」
その問いに、フランベルジュは答えなかった。
ただ、その目は夜空を見ていた。
少しだけ瞼を落として。
フェイルはその様子に、なんとなく――――かつての自分を見た。
「……バルムンクは腕力だけが驚異じゃない。それ以上に怖いのは、一切無駄のない動きをあの体型でこなす、その頭と器用さかもしれない」
「え?」
「何処まで再現できるかはわからないけど」
その姿を重ねたまま、裏庭に落ちている訓練用の木剣を手に取る。
無論、剣の使い手ではないフェイルに、それを器用に操る術はない。
だが接近戦を突き詰めて勉強した事と、国内最高峰の剣士に師事した経験から、それなりの知識はある。
身のこなしに関しては、まだまだ現役。
何より、弓への拘りは既に捨てている。
あの日、撃つ相手を決めたその時、ようやく完全に手放した。
クレウスではなくプルガを射た、あの瞬間から。
「バルムンクと思ってかかって来て」
「……良いの?」
「こんなでも一応、僕は師匠みたいだからね。弟子を指導するのは当然だよ」
弓を置き、それでも身を焦がし続けた、夢の残り火。
最後の拠り所であり唯一の繋がりでもあった、闇の衣。
本当の意味で、それらと決別する事になったこの夜――――
たくさんの星々に見守られ、二人は不安と歓喜の産声をあげた。
"αμαρτια"
chapter 4 「間引き」




