表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/610

第4章:間引き(45)



 ――――最後まで騒動続きだった、その日の夜。


「眠れないの?」


 一人裏庭で剣を構え、精神統一をしているフランベルジュに、フェイルは躊躇なく話しかける。


「……こんな時って、気を使って一人にするものじゃないの?」


「だったら、発見されない場所でやったら?」


「……」


 ジト目の睨み合い。

 先に折れたのは――――フランベルジュの方だった。


「ま、そうよ。高揚状態で、ちょっと眠れそうにないみたい」


 当然それを鵜呑みにする筈もなく、フェイルは苦笑を禁じ得ない。

 だがこれは心の弱さとは無関係。

 どんな人間でも、勝負の時を迎える前夜は落ち着かないものだ。


 重要なのは、そんな自分を正面から受け止めて、最高に限りなく近い精神状態を作る事。

 フェイルはかつて、それを実行出来た。

 だが、その時のフェイルとフランベルジュとは、大きく状況が異なる。


「肩、本当に大丈夫?」


「しつこい。私が大丈夫って言ってるのに、他に誰が保証してくれるってのよ」


 少し苛立った口調で、フランベルジュは左肩を回してみせる。


「ここまで来て、これを言い訳にする気なんてサラサラないのよ、こっちは。見てなさい。結果残して、その心配を杞憂にしてみせるから」


 自信に満ちた発言ではない。

 明らかに強がりだ。

 その証拠は、彼女が今日引き当てた番号にある。



 ――――95



 それは、バルムンクのいる第一三グループの番号だった。


 巡り合わせと言えば、そうなのかもしれない。

 もしバルムンクがあの場に留まり、自身でクジを引いていたら、果たして同じような組み分けになったのか。

 そう考え、フェイルは思わず眉間に皺を寄せた。


「……私は絶対にあの男には勝てない?」


 それを見たフランベルジュが、ポツリと問う。


「それは……」


「貴方が剣聖と知り合いなんて知らなかった。あんなに親しい間柄なんてね」


 そして今度は、脈絡のない事を呟く。


「知らなかったのに、私は貴方を師事した。これって凄い事じゃない? 私の慧眼、もっと信用しても良いと思わない?」


「……確かに」


 良くわからない理由で諭されたフェイルは、ついそう返事してしまった。


「少しは信用してよね。私だって一応、勇者一行の剣士なのよ? こういう時に結果残すのが勇者一行だと思うのよね」


「はは、そうかも」


 そう肯定しつつも、フェイルの顔は晴れない。


 実際、バルムンクの強さをフェイルは肌で感じている。

 腕に、足に、頭に、そして――――目に刻んでいる。


 しかも、それは決して全身全霊を賭けたものではなかった。

 あの化物の強さは、まだまだあんなものではない。


 そう確信しているからこそ、わかる。

 フランベルジュがバルムンクに挑む、その無謀さを。


「目を覆いたくなるくらいに無謀だって言いたいのね」


「え?」


 フェイルは思わず間の抜けた声を上げ、自分が無意識に指摘された動作をしていたのを自覚した。


 手をどけると、そこには――――輪郭を失った世界が広がる。

 まるでインクを滲ませたかのような、曖昧模糊な景色。

 だがそれは次第に、いつも通りの光景へと戻って行く。


「……どうしたの?」


「いや、何でもないよ。それと、別に呆れてもいない。ただ……無謀って言葉だけは否定しない。あの男は一種の頂点だ。それに勝つのならフラン、君はその瞬間に大陸随一の剣士だ。自分の実力にそれだけの自覚があるのなら、前言は取り消すよ」


「幾ら私でも、そこまで思い上がってる訳ないでしょう?」


 苦笑の返答に、フェイルは思わず同じ顔を返す。


 自信の塊のようでいて、その実、不遜な言葉や態度は虚勢に過ぎない。

 ファルシオンの言葉を借りずとも、既に承知済みだ。


 実際のところ、フランベルジュは決して自分が見えていない訳ではない。

 そんな彼女の良い面を、僅かな期間ではあるが、最大限まで伸ばせた手応えがフェイルにはあった。


 だが、それでも無謀な挑戦である事に変わりはない。

 生半可な気持ちで挑めば、幾ら木製の武器とはいえ、只では済まないだろう。


「私はね」


 そんなフェイルの懸念を察したのか、フランベルジュは胸を張り、右手に持った細身の剣を掲げ、星空にかざす。

 決意を示す者の凛とした姿。

 星明かりを浴びた女性剣士の身体は、しなやかなシルエットを形成していた。


「ずっと強くなりたかったし、強く在りたかった。それは自分の為。そして、女性剣士の未来の為。勿論、今もそうなんだけど……」


「だけど?」


「……この大会は、強くなった自分を見せたいと思ってる」


 風が揺れ、穏やかに梳かす。

 星の光に照らされたフランベルジュの金の髪は、艶やかな波を打った。


「私は今、ここにいる。これだけの事をやった結果、この位置にいる。これだけの人に力になって貰って……ここにいるって。報告したいのよ」


「誰に?」


 その問いに、フランベルジュは答えなかった。


 ただ、その目は夜空を見ていた。

 少しだけ瞼を落として。

 フェイルはその様子に、なんとなく――――かつての自分を見た。


「……バルムンクは腕力だけが驚異じゃない。それ以上に怖いのは、一切無駄のない動きをあの体型でこなす、その頭と器用さかもしれない」 


「え?」


「何処まで再現できるかはわからないけど」


 その姿を重ねたまま、裏庭に落ちている訓練用の木剣を手に取る。


 無論、剣の使い手ではないフェイルに、それを器用に操る術はない。

 だが接近戦を突き詰めて勉強した事と、国内最高峰の剣士に師事した経験から、それなりの知識はある。


 身のこなしに関しては、まだまだ現役。

 何より、弓への拘りは既に捨てている。

 あの日、撃つ相手を決めたその時、ようやく完全に手放した。


 クレウスではなくプルガを射た、あの瞬間から。


「バルムンクと思ってかかって来て」


「……良いの?」


「こんなでも一応、僕は師匠みたいだからね。弟子を指導するのは当然だよ」


 弓を置き、それでも身を焦がし続けた、夢の残り火。

 最後の拠り所であり唯一の繋がりでもあった、闇の衣。


 本当の意味で、それらと決別する事になったこの夜――――



 たくさんの星々に見守られ、二人は不安と歓喜の産声をあげた。












"αμαρτια"





 chapter 4 「間引き」





















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ