表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
134/610

第4章:間引き(40)

 リオグランテが通った裏口と思しきその扉は閉じられる事なく、外気を中へと送り込んでいる。

 どうやら閉め忘れたらしい。

 リオグランテの余裕のなさが如実に表れている。


 尤も、今のフェイルにとっては好都合。

 急いでその裏口へと向かい、気配を探りながら中へと入る。

 


『あの子が、変わってしまったか』



 途中、数刻前のファルシオンの言葉が脳裏を過ぎった。

 貴族と懇意にしている所為なのか、エル・バタラへのプレッシャーからなのか、指導者やリッツとの関係性によるものなのか、他に理由があるのか――――

 いずれにせよ、フェイルも危惧していたその可能性は、いよいよ現実味を帯びてきた。


 尤も、今のリオグランテは多感な年頃なのだから、変わる事自体は決して不自然ではないし、悪でもない。

 悲観するには時期尚早だ。


「……?」


 不意に、話し声が聞こえてくる。

 フェイルはリオグランテの事を一時頭から消し、現実に目を向けた。


 裏口と思しき入り口から数段の階段を上った先には、左右に伸びる長い長い廊下がある。

 流石に貴族の屋敷らしく、足下には赤絨毯が敷かれているが、絵画や彫刻、骨董品のような美術品は一切ない。

 あれだけ前庭で誇示していた事を考えると、不自然とさえ言える。


 そんな廊下に漏れ聞こえてくる声は、直ぐ傍の扉を隔てた先から聞こえてきた。


「それでは、アロンソ殿は今、勇者殿を指導なさっているのですか?」


「ああ。素晴らしい素質の持ち主だ。日に日に上達するその姿を見ているだけで、気分が高揚してしまう。その所為で、つい要求が高くなってしまうよ」


 扉を隔てているものの、その声は紛れもなくアロンソのもの。

 これで裏は取れた。

 誰かと会話しているようだが、その相手は定かではない。


「年食った証拠だな。オレ様はまだ、指導者の立場で語るなんて到底できねーぜ」


 再び、聞き覚えのある声。

 今度はアロンソの声ほど鼓膜に馴染んではいなかったが、インパクトでは勝っている。


 ケアプロベッチェという料理店で出くわした男の声。

 標的の一人――――クレウス=ガンソ。


「……」


 テュラム家で世話になっている筈の人物が、ライバルのスコールズ家にいる。

 そのあり得ない状況に、フェイルの頭には軽い混乱が生まれた。

 更に、追い打ちをかけるように会話は続く。


「相変わらず血気盛んですね。クレウス殿は」


「そっちが上品過ぎるんだよ。王都被れし過ぎじゃねーのか? プルガちゃんよ」


 プルガ=シュレール。

 彼もまた、標的の一人だ。


 三人の標的の中二人が、扉を隔てた中にいる。

 その事実は、廊下で立ち聞きしているという極めて危険な状況をフェイルに一瞬忘れさせるほど衝撃的だった。


 偶然でこの集いはあり得ない。

 プルガもまた、スコールズ家と勢力争いを繰り広げている貴族・コスタクルタ家の推薦でこの地を訪れた騎士なのだから。


 だが、その理由は早々に判明する。


「そう挑発的になるな、クレウス。我々がこうして一堂に会するなど久々じゃないか。僕は蚊帳の外になってしまったがな」


「ケッ、相談もなしに出て行った野郎が今更黄昏れてんじゃねーよ」


 これは――――同期の集いだった。


 元騎士のアロンソ。

 現宮廷魔術士のクレウス。

 現騎士のプルガ。


 今の立場は異なっているにせよ、いずれも王宮の兵達。

 その関係性は、成立して然るべきだった。


「それにしても、運命とは数奇なものですね。王宮で鎬を削った私達が、今度は武闘大会で腕を競う事になるんですから」


「ああ。この機会に一度序列を決めてみるのも悪くないかもな。尤も、魔術士のクレウスには少々厳しい条件かもしれないが……」


「随分と安い挑発じゃねーか。このオレ様を誰だと思ってんだ?」


 言葉だけを拾えば、剣呑な雰囲気を想像してしまうようなやり取り。

 しかし、争うような物音や口調は一切ない。

 それが同期というものなのだろう――――などと苦笑するような余裕は、フェイルにはなかった。


「お前らが地下の件で仲良くしてる間、オレ様は以前より遥かに強くなったぜ。最新の技術も導入したしな。お前らに後れを取る要素は何一つねーな」


「オートルーリングですか。確かにあれは驚異です」


 会話が継続される中、更に一つ引っかかりを覚える情報が追加された。

『地下の件』すなわちメトロ・ノーム。


 それはつまり――――


「もう帰るのか?」


 刹那、思考を遮断する言葉がアロンソから発せられる。


「ええ。一応我々は敵同士ですから。仲良くするのはここまでという事で」


「オレ様は最初から来る気はなかったんだがな。このチビがどうしても、って言うから付いてきてやっただけだ。長居する気はねーよ」


 プルガとクレウスが、部屋を出ようとしている。

 このままなら当然、鉢合わせになるだろう。


 身の安全を確保するには、急いで屋敷を出なければならない。

 いずれも王宮で腕を磨いている連中なのだから、実力者なのは間違いなく、下手に隠れるだけでは気配を察知されるリスクがある。


「……」


 フェイルは弾けるようにその場を離れ、裏口を通って外へと出た。


 そして目指すのは――――


 少し離れた場所に立っている、敷地内に植えられた樹木の上。

 逃げるという選択肢は一切なかった。


 当然だ。

 標的の内のどちらかを仕留める、またとない好機。

 これを見逃す手はない。


 例え半ば破綻している契約ではあっても、今のフェイルの立場上、何の手土産もなく破棄するのは難しい。

 仮に断る場合でも、せめて標的の内一人くらいは仕留めておかないと、無能の烙印を押されてしまい、二度と裏の仕事にありつけなくなるだろう。

 

 もし勇者一行の二人がエル・バタラで賞金を獲得出来なければ、いよいよ彼らに借金返済の芽はなくなる。

 仮にも国が後押ししている勇者候補なのだから、借金を踏み倒すような真似はしないだろうが、もし数ヶ月単位で返済が遅れるようなら、店がもたない。


 裏の仕事を今、失う訳にはいかない。

 その思いで一心不乱に枝を掴み、幹を蹴り、上へと登る。


 足を乗せた振動と物音で、我が物顔で留まっていた鳥が驚きと共に飛び立って行くが、罪悪感など微塵もない。

 彼らには翼がある。

 いつだってここに戻って来られる。


 フェイルは呼吸を微かに乱しつつ、外壁とほぼ同じ高さまで登った段階で最寄りの枝の根元に足を置き、左目を瞑り裏口付近へと右目――――鷹の目を向けた。


 プルガ=シュレール。

 クレウス=ガンソ。

 二人が並んで、外へと出てきた。


 無防備。

 狙撃するには最高の状況だ。


 だが――――どっちを?


 矢を取り、番え、弓を構えるフェイルの照準は、二人の間を彷徨い続ける。


 二人を同時に狙うのは不可能。

 いずれも王宮が認める強者だ。

 一人目に命中した時点で、警戒心は最大値まで跳ね上がり、二矢目はどれほど鋭く射ても回避されるだろう。


 それどころか、見張り塔からバルムンクを狙撃した時のように、居場所を特定される恐れも十分にある。

 射たら即逃走。

 それ以外に生き残れる道はない。


 果たしてどちらを狙うのが最善か。


 狙いやすいのはクレウス。

 プルガは身体が小さく、ラディの資料によるとかなり身軽。

 回避される可能性はクレウスの方が低い。


 しかもプルガの方は、ある程度居場所を特定できている。

 明らかに勝算があるのはクレウスの方だ。 



『いつかその日が来るのなら、それはとっても嬉しい事だよ』 



「!」


 不意に、アルマの言葉が脳裏を過ぎる。

 彼女の人懐っこく、何処か寂寞感のある笑顔が頭の中に蘇る。


 そして、連想するのは――――





 ――――調査の結果、お探しの封術士が一名見つかりました



 クレウス=ガンソが該当





「……っ」


 頭を振り、強引に意識を切り替え、呼吸を整えた。

 そして再度、照準を合わせる。



『約束だよ』





 トク。



     トク。



 トク。



     トク。



 トク。





 鼓動が揺蕩う。


 ゆらゆらと。

 ゆらゆらと。


 漂うように胸を叩く。



 クレウスをここで狙撃し、大会へ参加できない状態にすれば、高確率でそのまま王都へ帰って行くだろ。

 彼にアルマの代わりを依頼する機会は失われてしまう。


 元々、宮廷魔術士がヴァレロン新市街地へ足を運ぶなど異例の出来事。

 二度目はない。


「どっちだ……」


 心中で漏らす声が、そのまま棘となり刺さる。

 誰も答えてはくれない。

 自分で、自分の意思で決めるしかない。


 鷹の目が泳ぐ。

 不器用に。

 もがくように。


 そうしている間にも二人の標的は歩を進め、門へ向かって歩いて行く。

 このままでは照準から外れてしまう。


「……!」


 瞬きを忘れた右目が、不意にその視界を乱した。

 濃い霧に覆われたような、曖昧な世界が広がる。


 乾きによるものでも、精神の不安定に起因するものでもない。

 この変調は、初めてではなかった。


 時間がない。

  時間がない。


 歯が軋む。

 呼吸が止まる。

 刹那、逡巡は飽和を越えた。


「……選ぶしか――――」


 それに連動するように、弦がしなり、弓が力を貯める。


 火花のように。

 閃光の如く。


 だがそれは同時に、無限にも似た万劫の刻。

 額から落ちる汗が睫毛を濡らす。

 その水滴が弾けるように霧散し、ごく小さな爆発を起こした。


「――――ないんだ!」


 瞬間。

 先程空へ飛び立った鳥が、太陽を包むように大きく迂回し――――



 一片の羽根を、地上へと落とした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ