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第4章:間引き(38)

 エル・バタラ開会式まで、あと三日。


 レカルテ商店街も、徐々にその大イベントに向けて忙しなく、そして浮ついた空気が漂い始めている。

 そして、それは薬草店ノートも例外ではない。


「これで準備は整いましたね」


 満足げな声色を無表情に乗せ、ファルシオンは仕上がった店内の様子に最終チェックを入れていた。

 店の前には下品になり過ぎない程度の派手な花々を長い植木鉢に敷き詰め、店内には普段以上に豊潤な香りのハーブを配置。

 それを囲むオシャレな柵が、薬草店としての有り様を保ちつつも祭典の雰囲気を演出している。


 そして、最大の売りである即効性重視の薬に関しても、既にその効果は証明され始めていた。


「……驚いた。こんなに効くモノなの? 薬草って」


 ロギ=クーンの矢によって射貫かれたフランベルジュの左肩には、当然ながら今も生々しい傷跡は残っている。

 しかしその包帯の下の傷は、まるで眠りに就いているかのように自己を主張しない。

 痛みは違和感程度に抑えられていた。


「治ってる訳じゃないからね。あくまで鎮痛効果に重きを置いた効能だから、痛みが和らいでるだけ。治りが極端に早まってる訳じゃない」


「十分よ。これなら、肩も問題なく上がって――――」


 その瞬間、フランベルジュの身体が黄魔術で射貫かれたかのように、痺れて硬直した。


「だから、傷は治ってないんだって。無理をすれば相応の痛みは出るんだよ」


「先に言いなさいよ……うう」


 とはいえ、露骨に真上まで上げなければ、そこまでの激痛は生まれない。

 上段の構えは厳しいが、中段以下ならば十分に可能。

 攻撃のバリエーションも、大きな振り下ろしや極端なすくい上げのようなモーションでなければ、ある程度の幅を持たせる事は出来る。


「問題は防御の方だね。相手の振り下ろしに対して上段で防ごうとすれば、痛みで剣が弾かれる。後方に跳んで躱すか、左右に身体をズラすか……どう避けるにせよ臨機応変な行動が求められるよ」


「承知してるってば。大丈夫よ。これなら思ってた以上にやれそう」


 フランベルジュは無事退院し、現在は薬草店ノートの居間に寝泊まりしている。

 薬草や水の調達など、治癒に必要な環境はここに揃っている上、フェイルとファルシオンが常駐している為、傷口のケアには困らない。


「それじゃ、今日も安静にしておくように。間違っても剣は振らないようにね」


「ええ。前日まではね」


 妙に素直なフランベルジュに一抹の不安を覚えつつも、フェイルは頷き、居間を後にした。


 大会を間近に控え、フランベルジュは明らかに変わった。

 以前のように虚勢を張って、常に意識を尖らせているような雰囲気は薄らぎ、寧ろ余裕すら感じさせる。

 これまでの彼女だったら、大会を前に負傷した時点で自暴自棄になっていたかもしれない。

 

 戦闘スタイルを変え、手にした自信。

 師匠として迎えたフェイルへの信頼。

 それらの素因が、一人の剣士をめざましい成長へと導いている。


「正直言って、驚いています」 


 売り場に戻ったフェイルに対して、ファルシオンはその事を切々と語った。


「いや、師匠への信頼っていうのはちょっと……どうかと思うけど。やらかしちゃったし」 


「フランがその一件で全く悪態をつかないのが、何よりの信頼の証です」


 穏やかに告げる言葉に、感情が乗っている。

 今やファルシオンの喜怒哀楽を汲み取るのは、フェイルにとってそう難しくはない。


「ただ……気になる事もあります」


「やっぱり、大会への参加は止めさせた方が良い?」


「いえ。フランの事ではありません。リオです」


 ただ、勇者一行の中心人物に関しては、むしろ距離が出来たような状態にある。


 ここ数日、リオグランテは自分達の寝泊まりしている宿には戻ってきていない。

 フランベルジュが負傷した事を、スコールズ家を介して知らせても、一切反応がない。

 仲間が大怪我を負ったというのに、見舞いはおろか、手紙すら寄越さないでいる。


「確かに妙だよね……連絡が遮断されてるのかな」


 より集中して最後の追い込み期間を過ごす為、外部からの声を完全遮断しているのであれば、一応の理屈としては通る。

 若いリオグランテは回復も早い為、この時期に集中的な特訓を行っていても不思議ではない。


 だが、リオグランテは勇者候補。

 もしそんな人物を壊してしまったら、スコールズ家には相応の責任が生じる。

 本来、リオグランテはあくまで客人扱いであって、自分達の名誉を預けるべき存在ではない。


「その可能性も、ない事はありません。若しくは……」


 だとすれば――――


「あの子が、変わってしまったか」


 ファルシオンが声を落として呟いた推論は、フェイルも同様に危惧している可能性の一つだった。


 今のリオグランテは、貴族と懇意になり仲の良い異性が出来て、毎日が充実しているだろう。

 同時に、貴族の家で贅沢三昧の日々が続き、更には優れた指導者によって自分の才能がみるみる開花していることも予想される。


 果たして今、彼はどんな精神状態なのか

 以前と同じ、純朴で元気な少年の姿のままなのか。


 たかが数日で人間性まで変化しない――――などという保証は何処にもない。

 彼が自分の意思で、仲間の負傷を『それどころじゃない』と判断する事などあり得ないと、誰が保証してくれるだろうか。


「余り想像したくありませんが、純粋な人間ほど環境に左右され易い傾向はあります。そうなっていても不思議ではありません」


「そう決めつけるのは早計だよ」


「はい。あくまでも最悪のケースを想定しただけです」


 そうは言いつつも、ファルシオンの声は優れない。

 エル・バタラの開会式になれば、自ずとその答えは出てくるのだが――――


「ちょっと店を空けて良いかな」


「それは構いませんが、どちらへ?」


「運動。最近、あんまり動けてなかったしね」


 フェイルは弓と矢筒を担ぎ、更に大きな革袋を手に取る。


「普段から装備しておかないと、いざって時に感覚が違って動き辛いからさ」


「そうですか」


 少々ぶっきらぼうな答えに、なんとなくフェイルは苦笑する。


 何処まで見透かされているのか――――


「あ。そういえば……この前はゴメン。あれは僕が間違ってた」


「……はい?」


 その事が少し癪だった為、敢えて具体的な説明はせず、フェイルは自身の店から出て行った。





 レカルテ商店街のある区域から東へ向かった先にあるヴァレロン・サントラル医院は、街中を歩く上で最良のシンボルであり目印。

 そこから北東に向かって少し歩いた先に、スコールズ家の屋敷は存在する。


 ヴァレロン新市街地において、アロンソ通りに次ぐ道幅の大通りに面しているその屋敷は、ヴァレロン・サントラル医院ほどではないものの、正門以外はかなり高い壁に囲まれており、通りの方から屋敷内を目視する事は出来ない。

 内部を調査するには、壁の中へ侵入する必要がある。


 ただ、貴族の屋敷が侵入者を易々と招き入れるような警備体制である筈もなく、壁の内側には警備兵、若しくは番犬が配置されているのは想像に難くない。

 まして現在は日中。

 通行人の目もある。


 通常なら夜間に忍び込むのが常套手段なのだが、常に盗賊から目を付けられている貴族の家では、夜間こそ警備体制を強化する。

 周囲の目を除けば、寧ろ日中の方が入り込みやすい。


 無論、単純に屋敷内へ入るだけなら、正面の門から堂々と『勇者リオグランテの知り合いです』と名乗れば良い。

 リッツとも面識がある以上、無碍にされる事はないだろう。


 ただ、その場合は常に監視下に置かれ、自由に動く事は出来ない。

 リオグランテの様子を確認するだけならば問題ないが、フェイルがここを訪れた理由は、それだけではなかった。


 先日メトロ・ノームで交渉の皮を被った脅迫を受けた際、フェイルはその相手に対し『仲間に傷を付けた連中と仕事は出来ない』と告げた。

 交渉は決裂した――――かというと、実のところそうではない。

 取りようによっては『単独で動く分には受けても良い』とも解釈出来る。


 カバジェロの方も『決裂する事もある』と話しただけで、実際に交渉が決裂したとは断言していない。

 そして最後に『出来れば、敵には回したくない』とも返した。

 少なくとも敵対関係にはない状態と言える。


 もし関係を拗らせれば、革鎧の隙間を狙い撃てるような極めて優秀な弓使いであるロギを敵に回す事になる。

 自分は兎も角、勇者一行の三人がいつ奇襲を受けても不思議ではない状態にはすべきではない。

 かといって彼らに手を貸すと明言すれば、勇者一行への裏切りに等しい。


 曖昧なまま彼らと別れたのには、そういった事情がある。

 勇者一行を裏切るつもりはないが、彼らに手を出さないのであれば、条件次第では情報収集をしても良い――――そう解釈して貰う為だ。


 そして、この状態が暫く続けば、いずれ勇者一行が街を離れる時が来る。

 そうなれば、人質としての価値はなくなり、ロギが彼等に危害を加える動機も消失するだろう。


 とはいえ、保険は必要。

 フェイル自身は今後もこの街で生きて行くつもりでいる。

 彼等が再度接触を図ってきた際には、相応の対処が必要となる。


 すなわち、スコールズ家の情報。

 カバジェロ達が欲しがっているものをあらかじめ握っておけば良い。


 重要なのは、自分のいない所で勇者一行に手出しをさせない事。

 その予防策として、『何者かがスコールズ家へ潜入した』と噂を流しておけば、カバジェロ達はフェイルの仕業だと容易に勘付く一方で、フェイルの方から接触してくるのを待つ事になるだろう。

 わざわざメトロ・ノームで交渉を持ちかけたのだから、事を公にしたくないのは明白で、フェイルが地上にいる限り、積極的に近付いてくる可能性は低い。


 ただし、噂を流すには相応の信憑性が必要。

 風の噂程度では意味がない。

 例えば、屋敷の警備兵による証言の一つでもあれば、信じるに足る噂だと判断されるだろう。


「……問題は、実際に侵入する方法か」


 現状を整理したところで、フェイルは心中でそう呟く。

 屋敷の外周をくまなく見て回ったものの、壁を乗り越えられそうな気配はない。


 ならば突破口は一つ。


 正面からの侵入。

 それ以外に選択肢はない。


 フェイルはあらかじめ持って来ていた革袋から羊皮紙と羽根ペンを取り出し、壁の方を向いて文章を書き記した。


『屋敷の周囲に、中を伺おうとしている不審人物の姿あり。注意せよ』


 他ならぬ自分自身の事だが、当然それは自分を特定させる為のものではない。

 続いて、袋の中の矢筒から一本の矢を取り出し、折り畳んだ紙を結び付ける。

 矢文だ。


 黒歴史となった感もあるが、以前フランベルジュにシナウトの存在を意識させる為にも同じような方法を用いた事があった。

 ただ、今回は壁の向こうへ射る必要がある。


 それを踏まえ、フェイルは一旦壁から離れ、向かいの建物と建物の隙間に入り、人目のない所から矢を放つ。

 矢は大きな放物線を描き、外壁を越え――――屋敷二階の壁へ当たり、鈍い音を放った後、下へと落ちて行った。


 落下地点は屋敷の玄関前。

 狙い通りの場所だった。


 後は、それを拾って貰うのを待つのみ。

 フェイルは建物の隙間から門の方を伺いつつ、息を潜めて時を待った。



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