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第1章:梟と鷹(12)

 別の意味で衝撃的な事件となったクルル失踪事件から二日が経過し、薬草店【ノート】や勇者一行来訪の噂に湧いていたヴァレロン新市街地にも多少の変化が現れた。


 無事だったクルルを引き取ったノノが、フェイルの功績を大々的に喧伝した為、無事信頼を取り戻す事が出来た。

 尤も、この程度で回復する時点で元々深刻な状況ではなかったとも言えるが。


 一方、こちらも大々的に『勇者歓迎』を喧伝していたレカルテ商店街はというと――――


「クソが……何が勇者だ。来店するどころか、この辺りには姿すら見せなかったじゃねえか」


 一向に現れない勇者一行に絶望し、街全体が完全に勇者のアンチと化していた。


「どうせクソデケェ武器屋の量産型のクソダセェ鋼の剣でも買ってるに違ぇねぇ。守銭奴って噂だしよ。そんなのに期待したオレ等がバカだったって訳よ」


 武器屋【サドンデス】の店主ウェズ=ブラウンもその一人。

 数日前から設置されていた『勇者ご一行様 超絶大歓迎』と言う少女趣味的な広告看板は無残にもボロボロに破壊され、代わりに投げやりな字で『怨・恨・煩』『殲滅上等』などの呪詛が記された物体が置かれている。


「いや、勝手に期待してその言い草は流石にどうかと」


「何ィ? このパッパラパーが! こちとら勇者効果を見込んで色々と費用を使い込んじまったんだよ! おかげで大赤字だこの野郎!」


「は、はあ」


 自業自得という言葉は案外呑み込み難く、フェイルは妙な息苦しさを感じながらウェズの顔を眺める。

 その強面は、見るも無惨にあちこち変形していた。


「おかげでカミさん切れちまってこのザマだ。もう口も利いてくれやしねえ」


「そ、それはご愁傷様です」


 眼前の元傭兵にここまでの制裁を加える女性を想像し、フェイルは無駄に冷や汗を流す。

 万が一、自分の店でその勇者達を雇っていると知られれば、確実に明日は我が身だ。


「そ、それじゃ僕はこれで。お大事に」


「おっと、ちょいと待て。何で勇者が来なかったか、お前知らな……おいコラ、バカ野郎! 全力疾走で去って行くな!」


 他の店舗もほぼ同じ状況。

 そして店の前に立つ店主達も軒並み殺気立っている。

 期待が大きかった分、裏切られた怒りも大きいらしい。


 勇者依存――――そんな言葉がフェイルの脳裏を過ぎった。


 レカルテ新市街地に限らず、大都市ヴァレロン、そしてエチェベリア国の景気は余り良くない。

 戦争で勝利した国とは思えないほど。

 その戦争がたった十日足らずで終わらずに長期化した方が却って潤った……とさえ言われている。


 そんな閉塞感を打破する為に勇者を作り出そうとしているのかもしれないと、フェイルは早朝ランニングの過程で思い至っていた。

 実際、これだけの期待を集める存在なのだから、絵空事ではない。


 そして同時に、今後薬草店【ノート】が勇者を売りに商売する事は事実上不可能となった。

 それをすれば確実に店が潰れる。

 物理的な意味で。


「はぁ……参ったな」


 声に出したくても出せない、そんな憂鬱な気持ちを胃酸に溶かし、店の扉に手を掛ける。

 幸い客足は戻りつつある為、今日辺りから平常営業になるだろう。

 そうなるといよいよ、勇者一行の扱いが難しくなってくる。


 勇者である事が売りにならない彼らを、どう戦力としていくのか。

 先日から行っている経営戦略会議も全く纏まっていない。

 昨日はリオグランテが『勇者の嗅覚に任せて下さい!』と半日かけて街中を探索し回っていたが、金目の物などそうそう落ちている筈もなく、戦利品は特に金になりそうもない謎の首輪だけだった。


 このままでは勇者の持ち腐れ。

 嘆息しつつ、フェイルは自身の店へと入り――――


「おかえりなさいませ店長! 早速ですけどこれを見て下さい!」


 その場に崩れ落ちた。


「店長!?」


「だから言ったじゃない。この看板は彼の心臓に突き刺さるからやめとけって」


 冷静なフランベルジュの声が、逆にその場には不釣り合い。

 それくらい淀んだ空気が店内に漂っている。


 禍々しい雰囲気を放っている元凶は、リオグランテの隣に置かれている『幼女大好き薬草屋さん』と記された立て看板。

 店の前に置かれていなかったのがせめてもの情けと言わんばかりに、その字はやたら太く書かれている。


「せめて『幼女から好かれている薬草屋さん』としなければ、誤解を招くのでは」


「でも、短くした方がその分字を大きく出来ますよ。目立ちます!」


「それは一理ありますね」


「ないよ……っていうか何? 僕をどうしたいの? 僕を社会的に抹殺しても勇者の功績にはならないと思うよ?」

 

 息も絶え絶えに立ち上がったフェイルは、割と本気で勇者一行に殺意を向けていいかどうかの検討に入った。


「仕方ないじゃない。今のままだと私達はずっとここに足止めだし。何かを変えないと」


「変わるのは僕の犯罪歴だけなんじゃないかな。しかも冤罪で」


「一応私は止められるのを前提にフェイルさんが来るまで外に出さないよう提案した立場なので、それは主張させて下さい」


「常識人みたく言ってるけど、普通は立案の時点で却下だよね。あの廃屋で僕が先に逃げたの、まだ根に持ってる?」


 フェイルの指摘に対し、ファルシオンは無言でそっぽを向いた。

 

「はぁ……で、結局お宿は取れたの?」


 現在、勇者一行はこの店で寝泊まりしている。

 女性二人は応接間、リオグランテは作業場。

 しかしこの店に余分な寝具や夜着はない為、無料で泊まれる宿泊施設を探していた。


 魔術士のファルシオンがいる為、勇者候補の身分を明かせば教会なら泊めてくれる可能性は高かった。

 だがハイトが司祭を務める最寄りの教会は、そのハイトが不在の為、交渉すら出来なかった。


「はい。昨日リオが街中の探索で拾った首輪が偶然にも宿屋の主人の母親の形見だったらしく、そのお礼として無料での宿泊が可能に。【カシュカシュ】という所です」


 カシュカシュという名称に、フェイルは覚えがあった。

 表向きには鍛冶屋となっているが、実際には少数の訳ありな人物を住まわせる隠れ宿。

 鍛冶屋は常に鍛造の為の鍛冶炉に火を焚いている為、体の良い隠れ蓑になっており、一般人が宿泊する機会はまずない。


 いかにも勇者一行らしい経緯と顛末だった。

 母親の形見が首輪という、想像力の翼を広げると精神衛生上よろしくないであろう事実を除けば。


「リオってやっぱり勇者の素質があるのよね。普通あり得ないでしょ? そんな都合の良い展開」


「えへへ。そうですかー?」


 褒められているのか、皮肉なのか微妙な内容だったが、リオグランテは迷う事なく言葉の表だけを掬った。

 それもまた、勇者の素質なのかもしれない――――


「フェイルさん。ここはやはり病院との提携を考えてみるべきでは」


「いや、前も言ったけど無理なんだ。病院は診療所や施療院とは根本的に違うから」


 病気や怪我を治療する施設という意味では、それらは全て同じ。

 だが病院はそもそもの生い立ちが違う。


 エチェベリアに限らず、世界各国の治療行為の歴史には少なからず『施し』が原点となっている。

 教会や修道院にも共通する、恵み与える精神だ。

 その為、平民にも負担なく平等に治癒出来る環境として、無償診療所や施療院は設置された。

 

 勿論、そこにあるのが全て奉仕の精神とは言えない。

 特に施療院は教会が運営する施設であり、布教とは切っても切れない関係にある。

 それでも庶民にとってその施設、その治療が必要となったからこそ、現在も世界各国に施療院は点在し続けている。


 一方、病院は『平等』とは真逆の、競争を前提とした治療施設だ。


 より多くの金を出した人間に、より高度な治療を施す。

 より優れた人材や治療施設に金が集まり、治療法や医療器具の研究が進み、医学の発展に寄与していく。


 病院とは、その為の施設だ。

 

 医師会と呼ばれる医学界の権威によって立ち上げられた組織が運営する病院は、世界各国の主要都市に足並みを揃えるように同時期に生まれ、そして権威を振りかざすに到った。

 このヴァレロンにも、その病院が存在している。


 ヴァレロン・サントラル医院。


 レカルテ商店街の遥か東にあるこの巨大な医療施設は、ヴァレロンにおいて貴族などの富裕層・権力者のみを相手に治療を行っている。

 その資本はヴァレロンの数ある施設の中でも最高峰だ。


 ファルシオンとて、これらの事実を知らない訳ではない。

 だから『病院で使用する薬の原料をこの薬草店から卸して貰う』や『フェイルが調合した薬を病院で使用して貰う』等ではなく、『病院から出て行かざるを得ない終末期の患者を紹介して貰う』という現実的な案を出した。


 しかしそれでも尚、フェイルには非現実的にしか感じられなかった。


「住む世界が違う。交わりようがないんだ。まず僕と同じ交渉の席に着く事があり得ない」


「かもしれません。だからこそ、そこで私達の出番です」


「へ?」


 小難しい話になった途端に半ば寝ていたリオグランテが、涎を拭きながら顔を上げる。


「私達が勇者一行である事を、最大限利用します」


「ちょ、ちょっと待ってファル。候補とはいっても、一応重大任務を預かってるのよ? 簡単に身分を明かす訳には……」


「というか、今勇者一行だって街の人達にバレたら最悪殺されると思う」


「え……? 何それ、どういう事?」


 突然の物騒な発言に驚くフランベルジュに対し、フェイルは今朝の惨状を掻い摘んで話した。


「なんなのそれ……理不尽過ぎ……」


 思わず頭を抱えていたが、彼女はまだマシな部類。

 勇者とほぼ名指しで罵倒の対象になっているリオグランテは、ショックの余り口が半開きのまま白目を剥いていた。


「皮肉なものですね。唯一実害を被ったこのお店が、一番の安全圏になるなんて」


「そんな冗談言ってる場合じゃないと思うんだけど……」


「いえ。却って好機かも知れません。病院の選民意識を刺激出来れば、或いは」


「……?」


 不意に――――ファルシオンは人差し指を立て、宙に何かを描いた。

 ルーンと呼ばれる、魔術を出力する為に必要な文字だ。

 体内の魔力を使い、このルーンを魔具と呼ばれる指輪等の道具を使って綴り、その文字で魔術の属性、威力、範囲、速度などを指定する事で魔術を発動させる――――それが魔術士だ。


「リオがきっと、縁を作ってくれます。これまでもそうでしたから」


 そう断言すると同時に、ファルシオンの指の上に白色の光が浮かぶ。

 そして、その光をリオグランテの頭に向けて放った。

 光はゆらゆらと、ゆっくり勇者の頭へと飛び、直ぐ目の前で弾け――――小さな氷の屑を霧散させた。


「今のは……?」


「特に意味はありません。ここに来て一度も魔術を使っていなかったので、指差し代わりに試運転を兼ねて。それだけです」


 まるで祝福を与えるような、青魔術による演出。

 ファルシオンがそのような行動を取った事に、フェイルは驚きを禁じ得なかった。


「理詰めで冗談が通じないって思われがちだけど、意外とお茶目なトコあるのよ。ファルは」


「そんな事ありません。フランだって、口が悪い割に優しいじゃないですか」


 微笑を携え、ファルシオンの頭を撫でるフランベルジュ。

 仏頂面のままながら、それを払いのけようとはしないファルシオン。


 

『――――この餞別が、友人の一助とならん事を』



 彼女達の醸し出す、確かな矜持と和やかな空気に嘘はない。

 少し昔を思い出し、フェイルはそう感じ入っていた。


「巷で噂の勇者が、街の中には一切姿を見せず、自分達の病院に現れた。その事実に優越感を抱くような人間なら、門前払いにはしない筈です」


「……でも、交渉材料はないに等しい。そう簡単に提携なんて……」


「やる前から何ウジウジ言ってんのよ。別に交渉持ちかけて失敗したからって、何がなくなる訳でもないでしょう? そこで新しい縁が生まれるかもしれないじゃない」


「面の皮が厚い、くらいは思われるだろうけどね」


 そう言いながらも、フェイルの顔には苦笑と笑顔の中間くらいの表情が浮かんでいた。

 フランベルジュの言葉には一理ある。

 恥をかく程度で失われる自尊心など、フェイルの中にはない。


 勇者候補と懇意にしていると病院にアピールする効果が、薬草店【ノート】の未来に繋がる――――かどうかはわからない。

 だが、フランベルジュの言うように、何かが変わるかも知れない。


 フェイルには夢があった。

 その夢は、空に浮かぶ小さな雲のように何処かへ流れて消えてしまった。


 それでも、フェイルにはまだ目的があった。

 果たさなければならない、でも果たすのは極めて困難な目的。

 この場所にいる事で、薬草学の権威がいるこの街にいる事で果たせるかもしれない、そんな目的が。


 現状を維持するのに精一杯だった数日前とは違い、賭けに出られる材料がある。

 ならば――――

 

「わかった。今直ぐって訳にはいかないけど、前向きに検討してみるよ」


「そうですか」


 素っ気ない返事だったが、自分の案が採用されたからか、ファルシオンの声は若干いつもより律動的だった。


「じゃ、取り敢えず今日は普通に仕事して貰うから。全員一日中倉庫の掃除と整理をお願い」


「待って下さい。異議申し立てをします。私達の特徴、能力を考慮した場合、その人材配置は必ずしも適材適所とは言い切れません。従って変更を要求します」


「力仕事苦手なのはわかるけど、なら掃除だけしてくれれば」


「いえ、その……」


 ファルシオンが俯き、言い淀む。

 その姿が珍しいのか――――フランベルジュとリオグランテが貌を見合わせ、愉快そうに笑った。


「ファルシオンさん、掃除が苦手なんです」


「要領悪いっていうか、不器用なのよね。集めたゴミを塵取りに上手く入れられないものだから、緑魔術で風起こして入れようとしたら埃がブワって舞って――――」


「フラン……」


 ファルシオンについて、理解した事が一つ。

 表情は変わらなくても声色はかなり変わる。

 こう見えて実は感情的なところがある――――その判明にフェイルが思わず微笑んだ刹那。



 真っ白な鳥が一羽、店の前に降り立った。

 


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