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第4章:間引き(33)

「貴女だったんだね」


 ――――声。


 そして微かな足音が、フランベルジュの耳へと届けられる。


 同時に生まれるのは安堵。

 仮にこれが自分の命を狙うような連中ならば、暗闇に乗じて現れる際に足音など出す筈がないし、何よりその声には覚えがあった。


「……脅かさないでよ」


「そんなつもりじゃなかったんだけどね。此方は」


 現れたのはアルマだった。

 ランプと杖を両手に持ち、その美しい容姿に闇の影をまとっている。

 思わず肩に力が入っていた事を自覚しつつ、フランベルジュは静かに息を落とした。


「でも、気を付けた方がいいよ。今は特にね」


 少し意味ありげな物言いをした後、アルマは周囲を見渡すような仕草を見せる。


「どういう……意味? こんな地下でも、夜になると夜盗でも現れるの?」


「侵入者を感知しただけだよ。でも、わざわざ夜を選んで来たのなら、少し危険かな」


 答えは簡素だった。


 フランベルジュが知る術などないが、メトロ・ノームの管理人の仕事は単に訪れた人間を記録するだけではない。

 無数にある出入り口の封印を行い、且つその封印が解かれた際には異変を察知し、問題がある場合は対処する事も行っている。


 当然、その全てを実行出来る能力がなければ務まらない仕事。

 アルマは封術士の力をもって業務に当たっている。


 封術は基本的に、魔力でその空間への出入りを封鎖する術。

 一度使用すると術士の手を離れ、魔力の供給がなくても効果は持続する。

 ここが攻撃魔術や結界とは根本的に異なる部分だ。


 このメカニズムは現在において、完全には解明されていない。

 封術自体は封術士に限らず通常の魔術士でも使用可能なので、使用者の魔力が特別な訳ではない。

 あくまでも封術という術式そのものが、半永久的に魔力を留める何らかの作用を生み出している事になる。


 もう一つ、封術には通常の魔術とは違うところがあり、それは『認証コード』と呼ばれるルーン配列と魔力量の組み合わせに対応している点。

 封術を解く為の術、『解術』はこの認証コードを用いる。

 つまり、封術とは最初から破られる事を前提に作られた術という訳だ。


 その認証コードに対応した部分に、魔力を減衰させず一定量を保ち続ける秘訣があると言われているが、特定には至っていない。


 そして封術には、空間を封鎖する以外のものもある。

 例えば、その空間を見た人間に幻を見せ、対象を隠す【幻覚封術】という封術もある。

 主に幻術という名称で呼ばれるこの種の封術は使用難易度が高く、封術を極めた封術士でなければ使いこなせないのが一般的だ。


 現在、このメトロ・ノームには感知封術という魔術が使用されている。

 使用者は当然、アルマ。

 この感知封術とは、封術が何者かによって解除された際、使用者がそれを察知できるという仕組みになっている。


 感知封術は通常の封術とは違い、魔力の供給を必要としている。

 通常の封術と、感知用の魔術を併用しているような術式だからだ。

 これを常時使用している上、日中は空間内に光をもたらしている(厳密には灯りとなるものを活性化させている)為、アルマは常に膨大な魔力を消費し続けている。 


 通常の魔術士の魔力量では、到底出来ない事。

 アルマ=ローランだからこそ、それが出来る。

 そう簡単に代わりが務まるような仕事ではない。


「……何でこの街には、化物じみた人間ばっかりいるのよ」


 そのような事実を把握している訳ではないし、原理など殆ど理解していないのだが、それでもフランベルジュは感嘆の双眸で眺めた。


「化物は酷いよ」


「あ、いや……悪い意味で言ったんじゃないんだけど。兎に角、これ以上自信を喪失させないで貰いたいのよ」


 嘆息しつつ、フランベルジュは辺りに視線を散らしてみた。


 暗闇に包まれている中、視力での判別は不可能。

 尤も、気配察知能力は決して優れているとは言えないので、周囲に誰かいるかどうかの確実な判断は出来ない。


「それで、侵入者ってのは私の事じゃないのよね? 無断でここに入ってきた奴が他がいるんでしょう?」


「そうだね。登録している人には反応しないようになってるから。ちゃんと鍵を渡しているからね」


 つまり――――現在メトロ・ノームには、アルマの管轄外の人間が進入している。

 

 この地下の性質上、偶々入り口を発見し迷い込むなどあり得ない。

 先の令嬢失踪事件の表向きの顛末をフェイル達が否定している根拠が、そうであるように。


「だったら、探すの手伝おっか? 貴女にはお世話になってるし、失言の埋め合わせもしておきたいし」


「それはとてもありがたいよ。一人より二人の方がずっと心強いからね」


 ニッコリと微笑み、アルマはランプを大きく掲げた。

 同時に、光の量が大幅に増す。

 それまでは通常のランプと同じ光量だったにも拘らず、今は周囲10メロほどが照らし出されている。


「……これも魔術なの?」


 そんな問いにコクリと頷き、アルマは歩き出す。

 フランベルジュは慌ててそれに続いた。


「その……無断侵入ってよくあるの?」


「そうでもないかな。割と珍しいと思うよ。基本的には、鍵がないと入れないからね」


「鍵を持ってる登録者が一緒にいるって可能性は?」


「それなら、その登録してる人が解除すると思うんだよ。そうすれば、隣に誰がいても部外者の侵入にはならないからね。今回はそうじゃなかったんだよ」


 雑談をしながら、アルマはどんどん先へと進んで行く。

 目的地を確信しているかのように。


「その侵入者がどの辺にいるのか、目星が付いてるの?」


 プルプル、と首が左右へと振られる。


「入ってきた所が何処かはわかるから、まずはその周辺を探すのが一番効率が良いと思うよ」


「ああ、確かに……でもこれだけ明るいと、近付いてるのが直ぐにバレるんじゃない?」


「バレてくれた方が良いよ。反応があれば察知し易いからね。ただ、急に襲いかかって来られると困るから、此方の傍にいて貰えると助かるかな」


 しれっとそんな事を言うアルマに苦笑しつつ、フランベルジュはその距離を縮めた。


「少し前にも、こうやって二人で歩く機会があったね」


「確か、帰りの護衛をしたんだっけ。あの時は結局何もなかったけれど。今回はそういう訳にもいかないみたいね」


 そこまで呟き、フランベルジュは一つの疑問に行き当たった。


「この手のトラブルが生じた時は、いつもどうしてるの? 貴女だけで対処できる訳じゃないでしょう?」


「それは……」


 その答えを紡ぐ刹那。


 アルマの双眸が――――まるで爆発を想起させるように見開かれた。


「……え?」


 それは、フランベルジュの反応速度では追いつかない、一瞬の出来事。


 二人の目前で、こちらは本物の『爆発』が起こる。


 耳をつんざく破裂音と同時に、火花の群れが旋風のように舞い、逃げまとう羽虫の群れのように霧散していった。


 そして――――その爆発は、二人を狙って外れた訳ではない。


「な……」


 絶句するフランベルジュを余所に、アルマは杖を地面に突き立てて、結界を綴っていた。

 普通のルーリング作業なら決して間に合わない状況。

 それを、アルマは最新技術のオートルーリングで可能とした。


 ずっと地下にこもっているにも拘わらず、何故アルマが最新技術を使用出来たのか。

 フランベルジュにはそれを想像するだけの魔術の知識はなかったし、そもそもそんな余裕もない。


「何……? 何なの……?」


「傍に寄っていて正解だったみたいだね」


 対照的に、アルマに焦りの様子は微塵もない。

 整然と、それでいて程よい緊張感をまとった顔で、爆発の要因を探している。


 無論、魔術以外は考えられない。

 問題は、それを放った相手が何処にいるのか。


「……守られてたのは私だったって訳ね」


 自嘲しつつも、フランベルジュはすぐに体勢を立て直し、追随するように辺りを探った。


 相変わらず人の気配はない。

 当然、人影らしきものも見えない。

 ランプの光によって、広範囲に亘って視界が行き届く状況であっても。


 それもその筈。

 敵が魔術士であるならば、10メロは近距離の部類に入る。

 そんな距離まで近付いてくる筈がない。


「こんな好戦的な連中ばっかりなの? 不法侵入者って」


「法律で進入を禁じてる訳じゃないんだけどね。どっちにしても、滅多にないかな」


「その割に、随分落ち着いてるみたいだけど」


 心臓が高鳴る自身と比べ、明らかに冷静な隣の女性を、フランベルジュは半眼で視界の端に収める。

 王族から求婚されてもおかしくないその容姿とは、余りにも不釣り合いな状況。

 まるで、違う世界にいるような感覚に陥るほどに。


「これも、此方の仕事の一つだからね」


 刹那――――


 再度、爆発音が発生。


 ただし今回は、二人の周囲に発生している球状の結界によってキッチリ防がれた。

 そして結界の中だったからこそ、冷静に判断が出来る。

 先刻よりは明らかに爆発の規模が落ちていた。


「二撃目は牽制……向こうも戸惑ってるのかしら?」


「手探り状態なのかな。結界の種類を探っているのかもしれないね」


 そんなアルマの発言を裏付けするかのように、矢継ぎ早に次なる攻撃が仕掛けられる。

 氷が結界に弾かれる衝撃音。

 更に、雷が霧散する際の破裂音も発生したが、フランベルジュ達に直接的なダメージはない。


「……この結界、凄いのね。全属性制覇?」


「魔術専用だけどね。でも、このままじゃ埒があかないかな」


 雷の後、敵の攻撃は完全に止んだ。

 だが位置を把握するには至っていない。


 地下であるメトロ・ノームに地上のような生態系はなく、基本的には夜行性の虫なども存在しない上、風が吹く事もない為、夜間は完全な静寂に包まれる。

 それはフランベルジュがかつて恐怖した夜とも違う、深淵の闇。

 人は、そんな闇に無条件に恐怖を覚える。


 攻撃は未だ再開されない。

 結界は完璧。

 その安心感から、フランベルジュの意識は急襲してきた相手よりも周囲の環境へと向けられていった。


 身震いするような寒さはない。

 だがそれ以上の、心の奥をカリカリと引っ掻くような、底冷えする感覚。



 それが――――対応を大きく遅らせてしまった。



「……え?」



 気付いた時には、既に左肩に矢が突き刺さっていた。

 次の瞬間、レザーアーマーの間隙から徐々に血が滲み出てくる。


 魔術用の結界では、武器による攻撃を防ぐ事は出来ない。

 簡単な理屈。


 余りに単純な結果だった。


「あっ……」


 アルマが絶句する中、フランベルジュの体勢が大きく崩れて行く。

 腰に掛けた木剣を手にする事も出来ず、そのまま何ら抵抗なく――――地に伏した。

 

 

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