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第4章:間引き(32)

 フランベルジュがエル・バタラへの関心を口にした時から、ファルシオンは一貫して結果への言及を控えていた。

 無関心という訳ではないだろうが、敢えて距離を置いているようにフェイルには見えていた。


 それだけに、ここに来てその質問をした事には驚きを禁じ得ず、フェイルは返答に詰まる。

 実際、厄介な問いかけだった。


「口を挟まないと言いましたから、今のフランのしている事にどうこう言う気はありません。ただ、現状でどれくらい腕を上げたのかは気になります」


「今後も踏まえて聞いておきたい、って事?」


「はい。試合を観ればある程度はわかりますけど……」


 本来の実力を本番で出せる保証はない――――と続く言葉を、ファルシオンは言い淀んだ。

 もし出せないのなら、地力とどれくらいの差があるのかも知っておきたいという訴え。

 フェイルはそう判断し、若干悩んだ末、心のままに答える事にした。


「対戦相手に恵まれるかどうかで大分変わってくるよ。極端に言えば、強敵と当たれば予選通過は難しい。相手に恵まれれば十分勝ち上がれる」


 トーナメント方式の大会は、得てしてそう言うもの。

 だからこそ、結果への言及はないものだとばかり思っていたフェイルは、若干の好奇心と共にファルシオンの対応を待つ。


「予選から厳しい相手に当たると思います」


 すると、想像以上に的を射た言葉が返ってきた。


「ああいった歴史ある武闘大会は、その格を守る為にも本戦出場者が出来るだけ豪華になるように対戦カードを組む筈です。当然、実力者が予選で消えないような組み合わせが好ましいと考えるでしょう」


「仰る通り」


「それなら、勇者一行であること以外に実績のないフランは、強者と組まれるのが自然の成り行きでしょう。もしかしたら、先のウォレスでの一件も影響するかもしれません」


「確実に影響するよ。少なくともギルドの副隊長クラスよりも格下って認識をされてるだろうね」


 フェイルもその点は懸念していた。

 以前、ラディアンスから見せて貰った参加者リストの面々はいずれもフランベルジュよりも実力が上。

 彼等の中の誰かと、予選で戦う事になる可能性が極めて高い。


「でも、実力者と一括りにされている中にも、実際には色々な人達がいる。手に負えない化物から只の天才まで」


「只の天才……ですか」


 その表現に興味を示したファルシオンは、解説を求める声色をフェイルへ向ける。


「うん。ただ天才ってだけなら、何とかやりようはあるんだ。才能に恵まれただけの人間は必ず心に綻びがあるから」


「それは……希望的観測では?」


「そうでもないよ。才能は得てして足枷にもなりやすい。周囲から天才って呼ばれる人って、気まぐれだったりムラがあったりするケースが多いけど、それはある種の自己防衛なんだ。そうする事で、周囲からの重圧を受け流してるんだよ。無意識に」


 実際には、フェイルの発言は極論だった。

 そうでない天才も少なからずいる。


 ただ、多くの天才と呼ばれる人間は、幼少の頃より周りから特別視され、孤独の中で生きているのも事実。

 仮にそうでなくても、過剰に持ち上げられ痛みを知らないまま育つ事が多い。


 人の精神は、適度に挫折し、適度に屈辱を経験して弾性を得る。

 負荷の一切かからない幼少期を過ごした彼等の中には、たった一度の躓きで心に致命傷を負う者もいる。 


「でも中には天才な上に健全に育った、全く死角のない人間もいる。そんなのと当たったら、運が悪かったと思って諦めるしかない」


「今回の参加者の中に、そのレベルの猛者がいると睨んでいるんですね」


「僕が知る限りは……最低一人。場合によっては三人」


 発言の直後、フェイルは余計な事を言ってしまったと気付き、こっそり後悔した。

 普段ならその痛点を的確に突いてくるファルシオンだったが――――今回は一切興味を示さず、話の流れを継続させた。


「その人数なら、よほど運が悪くない限りは勝算のある予選になりそうですね」


「うん。ただ……今のままだと、それでも予選突破は難しいかな」


「その現状は、あと一週間で覆せますか?」


 フェイルは立ち止まり、一瞬目を見開いた。

 ファルシオンの質問とは無関係に。


「……どうかしましたか?」


「いや、何でもない」


 そう返答しつつも、フェイルの頬には薄っすらと汗が滲み出る。

 それを親指で弾くと同時に、左目を瞑った。


 残った右目の視界に映ったのは――――二人の男女が並び歩いている、ごくありふれた光景。

 だが、問題はその組み合わせだ。


 香水店パルファンの主任、マロウ=フローライト。

 貴族コスタクルタ家推薦の騎士、プルガ=シュレール。


 極めて異色の組み合わせだ。


 二人は仲睦まじく会話をしながら、遥か遠方をフェイル達のいる方向へと歩いて来る。

 周囲に人気はない。


「フランベルジュに必要なのは、この一週間で男性恐怖症を克服する事。そして……自分を殺そうとするくらいの敵意を持った敵と一戦交える事」


 フェイルは会話を再開しながらも、右目への意識を強めた。

 そして、二人の口元を凝視する。


『どうですか? 久々のヴァレロンは』


『結構色々変わっていますね。時間の流れを嫌でも感じます』


 鷹の目は、彼等の唇の動きを一部始終、正確に捉えた。

 その動きから会話を読み、頭の中で声を再生させる。


 プルガの声は知らないので、架空の声色での再生となってしまうが、特に支障はない。

 裏の仕事を始めて、ずっとやってきた事だからだ。


『中にいると、余りその変化には気付かないものですね。地下に潜る時は、僅かな違いにも目が行き届くのですが……』


『地下、ですか。この私がいない間、メトロ・ノームも変わったのですか?』


『ええ、細部は。ですが大勢に変化はありません。でなければ、私達が存在する意味がありませんもの』


『良かった。あの場所は……あの葬地は、移ろってはいけない。決して、忘れてはいけない事なのです』


『はい。ですから、同じ思想を持つ者がこれだけ集ったのです。私達……』


 一瞬、暴風と錯覚するような風が、フェイルの耳元で唸る。

 実際には只のそよ風に過ぎなかったが。


「殺気を放つ相手……確かに、今まで私達にそこまでの敵意を向ける相手は格下ばかりでした。本当に危機的状況に陥った事はないかもしれません。その感覚が不足しているのは――――」


「……」


「フェイルさん?」


「あ、うん。そんな感じ。幾ら実戦を積んでも、楽に勝てる相手だけじゃ意味がない。格上に勝つ為には謙虚な心、致命打を受けない戦術、そして……次の瞬間には命を落としているかもって危機感が必要不可欠なんだ」


 左目を開け、フェイルはそう断言した。


 大会において、人を殺す事は許されない。

 実際、エル・バタラで対戦相手を死に至らしめた場合は、失格処分となる。

 その為に、木製の武器を使用している。


 だが、それなら殺気なんて誰も発しない――――などという甘い世界ではない。

 多くの参加者は、人生を左右するような夢を、野心を描いている。

 注目を浴びて富豪お抱えの用心棒になりたい者もいれば、実績をひっさげて騎士になろうと青写真を描いている者もいるだろう。

 

 皆、必死だ。

 倫理観ではなく、明確な規則で縛り付けなければならないほど。 


 そんな連中を相手に危機感なく挑めば、気圧されるのは明白。

 一度気後れした戦闘で心を立て直すには、相当な時間がかかってしまう。

 そして、立て直せないまま劣勢になり、負傷して恐怖心を抱いたならば、容易に心は折れてしまうだろう。


 格上相手にそれでは、勝てる筈もない。


「彼女に強くなって貰うだけなら、本当はもっと安全に、もっと的確な手順を踏めたんだけど……」


 そこまで呟いた後、フェイルは近距離まで近付いていたマロウに頭を下げる。

 向こうもほぼ同時に、笑顔で小さく会釈をした。


 そして、通りを挟んですれ違う。


「楽観視できる状況とは程遠いよ」


「……そうですか」


 フェイルの真意は、ファルシオンには伝わらない。

 だが、それは何の問題もなかった。


 問題なのはフェイル自身。

 彼の心中には、何種類もの冷や汗と、数奇な運命への皮肉めいた笑い声が渦巻いていた。









 その日の夜――――


「……寒」


 メトロ・ノームの中で、フランベルジュは初めての夜を迎えていた。


 地下なので、薪に使えるような細い枝や木は落ちていない。

 でも何故か真っ暗にはならず、星明かりよりも寧ろ明度が高いため、視界が閉ざされる事は今のところない。

 その意味では、以前ボスケ大森林で野宿した時よりはまだ気分的に楽だった。


 それを自覚すると同時に、フェイルの気遣いにも気付く。

 最初に最も辛い体験をさせ、その後徐々に慣らしていく事で、苦手意識を克服させようとしている。


 重要なのは、その最初の体験を『嫌でもそうせざるを得ない所に追い込む』という点。

 逃げ道がなければ、人間は覚悟を決める。

 そして一度耐性を作れば、少し劣る程度の過酷さならどうにか耐えられるようになる。


 ある意味、大事に大事に育てられているとも言えなくもない。


「……ったく」


 その扱いを不服に思い、フランベルジュはその場にいない師を半眼で睨んだ。


 六日間もの間、メトロ・ノームで生活するという指示について、フランベルジュは全面的に納得している訳ではない。

 苦手としている野宿を克服したところで、それが大会を勝ち上がる強さに直結するとは到底思えないし、何より大会までの残り一週間という貴重な時間を、ただ特定の場所で生活するだけに費やすのは余りに具体性がなく、恐怖すら覚える。


 それでもフランベルジュが文句を言わず従ったのには、明確な理由がある。


 ファルシオンが止めなかったからだ。


 勇者一行という仲間を得たフランベルジュは、その二人に対し、自分なりの見解を持っている。


 リオグランテは、精神面に関してはまだまだ子供。

 しかしその才能は間違いなく、自分を遥かに凌駕している。

 彼の成長を近くで目の当たりにすれば、自分も引っ張られていくような感覚を抱ける気がしていた。


 一方、ファルシオンには――――人として、ある種の尊敬すら抱いている。


 年下でありながら、常に冷静沈着。

 洞察力に優れ、判断が早く、そして的確。

 彼女曰く『私の尊敬する魔術士が、そんな人らしいので』との事。


 だが幾ら憧れていようと、実際に同じ能力を身につけられるかどうかは別の話。

 自分が目標としている人物に少しでも近付く為、たゆまぬ努力をした結果、今の彼女がある。


 女性剣士としての高い目標を持つフランベルジュにとって、ファルシオンはいわばお手本だった。

 それを本人に言うつもりはないが。


 そのお手本となる人物が、出会って間もない相手に信頼を寄せているのは知っていた。

 フェイル=ノート。

 薬草店の店主で、かつて王宮の兵士だった青年。


 ただしファルシオンは、彼の過去の実績をもって信頼している訳ではない。

 人間性と実力を認めているからこそ、一目置いている。


 前者については、フランベルジュにはやや理解し難い事だが――――後者に関しては認めざるを得なかった。


 実際、フェイルの指示通りにしてきた結果、明らかに以前よりしっくりくる戦闘スタイルが身についた。

 戦闘の中でも虚勢を張っていたフランベルジュは、本来の性格や性質に合わない、攻撃的な戦術を半ば強引に自分へと押しつけていた。

 フェイルはそれを見抜いていたのだ。


 彼は既に何度か、その少々特殊な肩書きの片鱗を見せてきた。

 自分の目で見てきたからこそ、認める事に躊躇はない。


 はじめは、フェイルが王宮で学んだ事を吸収しようと思い、師と仰ぐと決めた。

 他で得られる知識ではないし、そこに強さの秘訣があると思ったからだ。


 だが結果として、本当に師匠と弟子のような関係が、この僅かの間で構築されている。

 自分の目が節穴だった事に苦笑を禁じ得ない。

 同時に、強くなる実感をこの年齢になって得られた事への、確かな感謝の念も。


「……ま、柄でもないけどね」


 敢えてそう言葉にしたのは、他の誰でもない、自分自身へ語りかける為。

 やはり、まだ夜間に建物の外にいる事への苦手意識は払拭できていない。

 震えそうになる肌を叱咤激励するように、フランベルジュは愛剣とは異なる木製の剣を、鞘ごと抱いた。


 深く呼吸。

 一つ。

 二つ。

 

 こんな自分が、果たしてエル・バタラで何処まで勝ち進めるのか。

 仲間の二人、師と仰いだ男に胸を張れる結果を得られるのか。


 無数の不安が火の粉のように、舞い上がっては消えて行く。

 仄かに、そして儚く。


 小さく咲いた橙色が、宙を漂い、踊るように彷徨い――――


「……!」


 薄っすらと、人影を照らし出した。



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