第4章:間引き(26)
ヴァレロン総合闘技場には三つの特色がある。
一つは、地下闘技場の存在。
通常、地下に作られた闘技場というのは死刑囚や猛獣を戦わせる為に使用するのだが、ヴァレロン総合闘技場における地下闘技場の主な目的は娯楽であって、地下特有の陰暗さは余りない。
照明は過剰なまでに完備されているし、カビ臭い匂いも全くない。
数多くの戦士が集結する場として十分実用に耐え得る空間だ。
次に、その立地場所。
闘技場のような血生臭い施設は本来、民家のある住宅街は勿論、市街地からも離れた場所に建設するものだが、ヴァレロン総合闘技場はヴァレロン新市街地内に建てられている。
レカルテ商店街やアロンソ通りからは数千メロほど離れており、郊外といえば郊外だが、その直ぐ傍には商人ギルド【ボナン】の本部があり、孤立している感はない。
これは、市民や街中の宿を利用する観光客の動線を意識したもので、結果としてそれは功を奏し、闘技場で行われる催しは非常に客の入りが良い。
そして――――もう一つは、その規模だ。
メインとなる地上の闘技場は、実に二万人を超える収容を可能としており、中央部のアリーナは直径40メロという広大さを誇っている。
それ以上に目を見張るのはアリーナではなく、その外壁。
大理石で作られた円形の壁は、飾り円柱とアーチを織り交ぜた美しい造りになっており、まるでその建築物自体が芸術品であるかのように優雅な佇まいを見せている。
気高く、美しく、それでいて間口は広く。
それがエル・バタラの会場、ヴァレロン総合闘技場だ。
「わー、スゴいですね! こんな広い闘技場は初めて見ましたよ!」
「この闘技場には、お父様もたくさん出資していますのよ♪」
まるで遠足気分のリオグランテの後ろを、リッツ=スコールズが無邪気に付いて行く。
本日早朝、ヴァレロン総合闘技場の下見を行うとフェイルが宣言した時点で、リッツはリオグランテの隣にいた。
貴族令嬢がノートに来た理由は特になく、リオグランテに会いに来たというだけの事らしい。
先日の一件で、この新市街地で誰より過保護にされるようになったかと思いきや、どうもそうではない様子。
実際、彼女の護衛と思しき者の気配はなく、何処にも潜んではいなかった。
その事が引っかかったものの、同行を断る理由としては具体性に欠ける為、スコールズ家で世話になっているリオグランテの立場も踏まえ、彼女も連れて行く事になった。
「彼女はいいとして、私も来て良かったんですか? 臨時休業になんてしなくても、私が残れば良い話では」
フェイルの隣で、ファルシオンが怪訝そうに問う。確かに、勇者一行で唯一参加予定のないファルシオンを同行させる必然性はない。
「仲間外れは良くないからね」
だからといって、必然性だけを求めるのが正しいとも言えない。
借金の件があるとはいえ、ファルシオンにばかり店を頼むのは良くないと考えた上での結論だった。
ちなみに、アニスに店番を頼むという案は自発的に却下した。
「そんな事、気にしなくても良いですよ。私は店番を苦には思っていませんから。殆ど仕事はないので、時間の大半を魔術の勉強に充てられますし」
「前半は聞こえないフリをするとして……ちゃんと勉強してるんだ」
「当然です。オートルーリングでルーンは自動表示されるとはいえ、登録するルーン配列の最適化は必要ですし、最適な配列は日々進化しています。魔術士は生涯勉強です」
魔術に然程明るくないフェイルにとって、そのファルシオンの言葉は必ずしも正確に理解出来た訳ではないが、共感は覚えていた。
薬草もそうだ。
配合に最適解は存在しない。
あくまでも現時点における最良であって、より良い配合は必ず存在している。
「でも、ファルはもう少し体力を付けた方がいいんじゃない? 勉強も良いけどさ」
「足腰はそこまで貧弱ではないつもりです。心肺機能には自信がありませんが……」
「うーん……でも既に疲れてない?」
このヴァレロン総合闘技場まで4000メロの距離を歩いて来たフェイル達の中で、唯一ファルシオンだけが露骨に歩く速度を緩めている。
リッツですら全く疲労の気配はないというのに。
「心配ありません。ゆっくり歩いているのは施設をくまなく観察しているからです。問題なしです」
「出場しない人がくまなく観察する必要なくない?」
「なくない事ないです」
断固として認めない姿勢を貫くファルシオンを微笑ましく思いつつ、フェイルもまたこっそりと周囲を見渡していた。
目的は――――場内の死角となる箇所の探索だ。
裏のお仕事の期日は『エル・バタラ本戦一回戦前日 迄』となっている。
つまり、予選当日もまだ期間内だ。
本番当日、大人数が集うであろうこの場所で狙われるとは、誰も思わない。
それに加え、予選の最中なのだから当然、自身の戦いや体調、有力参加者の方に意識が集中している。
場合によっては、予選当日にこの場で標的に弓引く可能性も出て来るだろう。
だが――――それを可能とするような都合の良いスポットは流石になく、フェイルはこっそり溜息をついた。
「何? まさかアンタが緊張してるの? 参加もしないクセに」
そんな様子を勘違いしたフランベルジュが楽しげに笑う。
新たな戦闘スタイルに余程手応えを感じているのか、ここ数日の切羽詰まった感は一切なくなり、精神的な余裕が見受けられた。
「素直というか、バカ正直というか……」
「え? 何?」
「何でもないよ」
今度はまた危機感の欠如に頭を悩ませる事になりそうだ――――と心中で独りごち、フェイルはもう一度嘆息した。
「では、フラン。そろそろ参加の申請をしに行きましょう。リオは既に済ませているので、後は貴女だけです。お金、持ってきましたか?」
「はいはい。子供じゃないんだから、一人で出来るって言ってるのに……」
まるで保護者のようなファルシオンに連れ添われながら、フランベルジュは受付へと向かった。
一方、リオとリッツも気付けば不在。
二人で何処かを見学に行ったらしい。
「……さて」
いつの間にか孤立した格好のフェイルは、一人寂しく場内を散歩する事にした。
当然、狙撃スポットの探索も兼ねているが、それだけが目的でもない。
まるで引き寄せられるかのように――――地上の円形闘技場の観客席へと足を運び、アリーナに目を向ける。
「規模はこの十分の一くらいだったかな」
そして心の中で呟きながら、かつて自分が戦った場所を回想した。
大人数に見られる中での戦闘は、決して気持ちの良いものではない。
根っからの戦闘好きならば、それは寧ろ快感になると言うが、フェイルにはその気持ちは全くわからなかった。
だが――――
人生を賭け、その魂を焦がした灼熱の時間は今も尚、脳裏に焼き付いて離れようとはしない。
月並な表現だと前置きした上で、フェイルはその瞬間を自分の中の『黄金時代』と解釈していた。
輝ける時。
それは、その時には自覚しないもの。
輝きを発しているのは、他ならぬ自分自身なのだから――――
「思い出すな。もう二年以上も前になるのか」
続く回想。
だがそれは、自分自身の内なる声ではなかった。
思わず肩を震わせ、フェイルは恐る恐る視線を左隣へと向ける。
「尤も、あの時はここではなく向こうにいたのだがな、お前は」
「な……」
絶句。
それ以外、表現のしようがなかった。
驚愕を超える感情が出現する場合、得てしてそうなってしまう。
そんなフェイルの対応に満足したのか、銀仮面の異名を持つその男――――デュランダル=カレイラは無表情でありながらも口元を薄く緩めていた。
彼のもう一つの代名詞であるオプスキュリテも、普段身に着けている王宮騎士団の団服もなく、まるで一般市民のようなラフな格好。
周囲には部下の姿もなく、単独で行動している所為か、この青年が国内最強の剣士である事に気付く者はいない。
フェイルは暫く目を疑い、そして今度は目を擦り、そして最終的には引きつらせた。
「……ったく、趣味悪いな。元弟子を驚かせて喜ぶなんて、鬼畜だよ鬼畜」
「そう言うな。先に驚かされたのはこっちだ。まさか、お前がここにいるとは夢にも思わなかった」
ジト目を作りつつも、フェイルは昂揚を禁じ得ず、右手を強く握る。
全く、考えもしない再会だった。
二度と会う事はない――――そう思っていた人物だけに、平静を装う事など到底出来そうにない。
何より、記憶の中と一切変わっていない元師匠の声と姿に、フェイルは心をかき乱されていた。




