第4章:間引き(15)
ラディからの情報収集を終え、若干浴びた酒気を睡眠によって払い落とした翌日――――
「今日はエル・バタラのルールを確認します」
弟子となった剣士フランベルジュ、珍しくノートに顔を出した貴族お抱え勇者リオグランテ、今やノートの屋台骨となっている魔術士ファルシオン、特に用事はないが遊びに来たノノとクルル、そして暇人ハルが集まる中、フェイルは文字を記す為の巨大蝋板を倉庫から取り出してきた。
大勢に対し伝達事項を掲示する為の器具で、青空教室などでよく使用される。
エル・バタラに関する資料は、商人ギルド【ボナン】に置かれている為、入手そのものは容易。
ただし、基本的には観戦客用に作られた物のストックなので量は少ない。
その為、フェイルが蝋板にまとめる形で解説を行う事になった。
「先生!」
「はい、リオ。どうぞ」
「ノノちゃんが早くも寝てます!」
「くーすかー」
ノノは講義が始まる前から店内の壁にもたれ掛かり、健やかな寝息を立てていた。
「……」
その上ではクルルが目を瞑って丸まっている。
「まあ、子供と猫に聞かせる話でもないけど……」
「では、私が奥に連れて行きますので、先に始めていて下さい」
そんなファルシオンの申し出もあり、ドタバタしつつもルール確認の会は開催された。
「いや、先に『今日は大事な話し合いがあるから店には来るな』っつっとけば良かっただけなんじゃないか? それ以前に店閉めとけよ」
「嫌だよ。こんな店でも一応定期的に通ってくれているお客様はいるんだ。こっちの都合で閉める訳にはいかない。それに、最近外出が多くてノノともあんまり話せてなかったから」
「相変わらずお人好しだな」
呆れるハルに苦笑しつつ、フェイルは大きめの蝋板に金属棒を這わせ、説明文を描き始める。
「まず、基本的なところから。大会は今から半月後。あと二週間ちょっとしかない」
「二週間……」
これまでのフランベルジュなら、『十分よ』と虚勢を吐いただろう。
だが現実を直視し始めた彼女は、自分が大会で通用する力を付けるにはとてつもなく短い時間と認識したらしく、呟く声に緊張感が灯っていた。
「大会への参加申請は開催一週前まで。もう二人とも、エントリーは済ませてる?」
「はい。僕の参加料はスコールズ家が出してくれました」
「私は……まだ。お金ないし。っていうか無一文だもの」
経済面で困窮しまくっている勇者一行は、参加料の捻出さえ困難。
リオグランテが貴族を味方に付けたのはかなり大きい。
しかし流石に『仲間の分も出して』などと言える筈もなく、フランベルジュにとっては実力の底上げと並び目下の問題となっている。
「……ま、いざとなったら預かってる親書を質屋にでも預けるしかないね」
「ちょ、ちょっと! そんな事出来る訳ないでしょ!? 国王からの預かり物なのよ!?」
「冗談冗談。でも、装備品を売るくらいの覚悟はしておいて欲しいね。大会に出て賞金を獲得するって夢を見るのなら、その代償には現実的であるべきだよ」
「ぐっ……」
師弟関係が成立して以降、フェイルとフランベルジュの立場は完全に逆転していた。
フランベルジュの、それまでの偉ぶった態度は効力をなくし、代わりにフェイルの発言力が明らかに増している。
尤も、それは当たり前の事ではある。
年齢的にはフランベルジュが一つ上だが、フェイルは被害者であり、勇者一行は加害者。
まして、借金を拵えている身。
ようやく正しい関係性になったとも言える。
「それじゃ、申請はちゃんとやっておいてね。あ、それと申請ついでに会場の下見にも行っておこう。場所は、ここから北西に4000メロくらいの所にあるヴァレロン総合闘技場。割と近くにあるから、移動は徒歩でも大丈夫」
「馬車だと酔いますからねー。フランさんは」
「……ま、否定はしないけど」
乗り物に酔いやすい体質なのは、フランベルジュにとっては恥部の一つ。
彼女は幾つもの弱点を抱えている。
だが、その一つ一つに見栄を張るのを、フェイルは『出来るだけ表に出さないように』と注文付けている。
心の中で虚勢を張るのは構わない。
だが、それを表面化させない努力をするように、と。
虚勢そのものは反骨心にも繋がる為、決して悪い事ではない。
だが、相手に余裕のなさや弱点を露呈してしまうのは大問題だ。
致命的な愚行とさえ言える。
フランベルジュはフェイルのその説明に納得し、少しずつでも変えて行こうという姿勢を見せている。
その一端を垣間見たフェイルは、心中で微笑みながら頷いていた。
「参加者の正式決定は開催日の前日。その日の正午に闘技場に集合して予選の組み合わせ抽選会をやるから、遅れないように注意する事」
「はーい」
元気のいいリオグランテの返事で、一区切り。
「それじゃ、次は……大会のルール。ここからはハル、お願い」
「は? なんで俺なんだよ。ンなの予定にねーぞ?」
突然の進行役の交代宣言に、当事者のハルが困惑を隠せない。
そもそも、段取り自体全く把握していない様子だ。
「僕よりそっちの方が詳しいでしょ? フランに警告なんてしてたし。こういう説明は説得力が大事だからさ」
「まあ、そりゃそうだろうけどよ……ったく、しゃーねーなー!」
嫌々……といった様子は微塵もなく、ハルは鼻息荒くのっそのっそと蝋板の前に立った。
基本、彼は頼られれば良い気分になる。
「いいか、良く聞けよ小童ども。この大会は相当ハードだぜ」
「そんなに厳しいんですか?」
「おうよ。まずその日程が厄介だ」
ノリノリで聞くリオグランテとは対照的に、フランベルジュは明らかに不機嫌そうな顔でフェイルを睨み付ける。
だが、フェイルは『ちゃんと聞きなさい』と言わんばかりに小さく首を左右に振った。
「過密日程で一気に消化するのがエル・バタラの特徴だ。それは今年も変わらねーらしいぜ。予選から決勝まで、全て中一日での進行だ。つまり、どれだけダメージを受けても試合後に休めるのはたった一日だけだ」
「体力を温存しないと、次の試合に響きますね」
「そうだ。だが互角の腕のヤツや格上が相手だったらそうも言ってられねー。体力を削られるのは覚悟するしかないってこった。だが、それ以上に大事なのは……怪我をしない事。特に出血は体力も奪われるから、極力避けなくちゃならねー」
「防御が重要なんですね」
「おう、良いトコに気付くじゃねーか勇者君。その通りだ。ただしこの大会は、頑丈な防具は一切使えねー。大会側が用意した革製の防具で統一してっからな」
エル・バタラに多くの参加者が集う理由の一つとして、公平を期す為に武器と防具を統一している点が挙げられる。
武器は木製、防具は革製もしくは布製。
魔術士も参加可能で、魔術の使用も許可されているが、使用魔術は制限され、魔具も旧式の杖型のみ使用が許されている。
安全性を最大限に考えた上でのルール。
装備品による優劣が生じないため、本当の意味での技術が求められる大会でもある。
木製の武器によって受けるダメージは、その大半が打撲。
刀剣のような鋭利な部位がない為、出血する事は少ない。
ただし、制限付きとはいえ魔術は普通に使用可能だし、木の武器でも攻撃の質次第では切れる事もある為、出血の危険性は小さい訳ではない。
「大会形式は、出場者数に拘わらず予選で16人に絞って、そこからトーナメント戦だ。予選の試合数は参加人数次第だが……ま、大体3試合くらいが相場だな。それを一気に消化する」
「え? ちょっと待って。試合は一日おきじゃなかったの?」
「予選でまるっと一日。予選は客を入れねーからな。何日もかけてチンタラやるなんて許されねーのよ」
「でも、人数次第では凄い試合数になりますよね。会場は一つなんですか?」
怪訝な顔のフランベルジュの隣で、リオグランテは普段余り見せない真剣な顔で問いかける。
ハルは何処か関心した様子で、そんな勇者候補の姿を眺めていた。
「予選会場は闘技場の地下だ。この大会の為に作られた複合試合場でな、一つの広っれー空間に12の試合場があっから、進行は早いぜ」
元々、ヴァレロン総合闘技場は古代から行われている公開処刑の場として作られた施設。
制度自体は廃止されていないものの、処刑場は別の場所に作られており、ヴァレロン総合闘技場と名前を変えてからは、主に試合と娯楽を兼ねた施設として使用されている。
地下の複合試合場は、その役割をより円滑に行う為に作られた空間だ。
「つー訳で、予選はいっぺんに12試合が可能だから、仮に一日で200試合やるとしても問題ねー。一試合にそう時間はかからねーしな。他に質問はあるか?」
「賞金の額を教えて」
食い気味に、フランベルジュが目を見開きながらずいっと上体を前に突き出す。
実際、彼女にとっては非常に重要な情報だ。
「まー、欲望を隠さないその姿勢は嫌いじゃねーよ。優勝したら10万ユローが手に入る」
「10万……」
隣国への旅の路銀としては、余りにも多過ぎる額。
大型の馬車と市販されている最高の武具を人数分揃えても、まだかなり残るくらいだ。
当然、フェイルへの借金など問題なく全額返済出来る。
「準優勝で4万、ベスト4だと2万。ベスト8で5000、16……つまり、予選突破で1000ユローだ。予選突破しない限りは、賞金は出ねー」
「尚、私達の現在の借金額は18218ユローです」
奥から、ファルシオンが戻って来る。
「あれ? もうちょっとなかったっけ?」
「一応、これまでの私達の給仕分は差し引いていますので」
お給料の額まで勝手に決められていたが、フェイルは敢えて文句は言わず、視線を参加者二人の方に向けた。
「つまり、私とリオのどっちかがベスト4に入るのが、借金完済の条件って訳ね」
「ベスト4かー……厳しいですねー」
苦笑するリオグランテには、余裕とも諦観とも取れない表情が滲んでいる。
「……」
その顔に、フェイルは微かな変化を感じ取っていた。
スコールズ家と懇意になり、その貴族のお抱え勇者としてエル・バタラへ向けての特訓を行っているリオの身体付きは、若干ではあるが逞しさを感じられるようになっていた。
この僅かな期間で、服の上からもわかるくらい肉体の成長が顕著に見られる。
身体能力に関しては元々特筆すべきものを持っているだけに、その特訓によって才能が開花すれば、本当にベスト4に入るかもしれない――――そんな期待感さえある。
一方、フランベルジュの方は――――
「……ベスト4、ね」
過剰な自信を持ち、優勝すら視野に入れていた頃の面影は薄れ、何処か頼りない姿で佇んでいる。
フェイルはそれを良い傾向だと感じていた。
自信は必要。
だがそれは、実力より少し上程度のものが理想。
過信は毒にしかならないと、自身の経験から悟っていた。




